第20話 加勢
「ぐ……ぅッ」
刹那、タビタは鋭利な衝撃に襲われた。
迸るのは、背中側――天頂からの風の刃。一つ一つは矮小だが、無数の斬撃となればその衝撃は大きい。
魔法による跳躍が解け、タビタは真っ直ぐに落下していった。
その落下地点にオーヴァンが待ち受けているのを発見し、タビタは瞠目する。この軌道では、彼の剣の餌食だ。
「勝ち誉れ、テアートロン!」
咄嗟に詠唱したのは、光条を放つ魔法陣。
それも二枚。
一つはオーヴァンへ向けて、一つは明後日の方向へ放たれた。
オーヴァンを襲う光条は容易に躱されてしまったが、そもそもが目くらましだ。
明後日の方向へ向けたもう一つの光条が推進力となって、タビタの落下軌道を変えた。
敵から離れた位置に着地する。
受け身を取って転がりながら素早く姿勢を戻し、剣を構える。
彼我の距離は10メートル程度。
「接近戦に持ち込まないと不味いな」
タビタの内心を代弁するようにそう言ったのは、オルトだ。
隣で固唾を呑むエルマが首肯する。
「剣の腕ならお嬢様も引けを取りませんが、魔法による力差となりますと」
「悔しいけど歴然だね。オーヴァンの使う魔法陣は、宮廷書士によるものだ。僕の描いた魔法陣じゃ歯が立たない……」
オーヴァンの駆使する魔法陣は、効力の大きさ、影響範囲の精度ともに最高級品だ。
だから魔法を行使しやすい遠距離戦では不利。
接近戦に持ち込んだ方が、まだ勝ち目はある。
だが、敵とてそれを十全に理解している。
タビタはしなやかに身体を駆使し、オーヴァンの魔法をかいくぐりながら肉薄する。
剣を交えようと、刃を振るう。
だが、オーヴァンは戦術を完全に切り替えていた。剣で切り結ぶのは必要最低限に留めている。それこそ、距離を開けるための手段としてしか剣を使わない。
タビタは苛立ち交じりに鋭い声を放つ。
「卑怯者……ッ!」
「君は本物の戦場でも同じことを言うのかね?」
貴族の憎まれ口に、宮廷騎士は眉一つ動かさない。
あらゆる戦場に対応できるよう、あらゆる戦略と戦術を究めた者だけが、宮廷を守護する騎士としての名誉を授かることを許される。
オーヴァンは勝利への最適解を実践しているに過ぎない。
それこそ、数多の戦場を生還した騎士に言わせれば、
「未熟者」
「こっ、のぉ……ッ!」
攻撃の間隙を縫いながら接近せねばならないタビタ。
後退しながら魔法を放っていけばいいオーヴァン。
時間が過ぎるにつれて、両者の疲労には明確な差が出てきていた。
そもそも、絶対的な体力量が違う。
タビタの全身には滝のような汗が流れ、咽喉からは痛々しい喘鳴が聞こえていた。
戦況を見守るオルトは、いつの間にか強く歯噛みしていた。
流れを変えられなければ、タビタの敗北は時間の問題だ。
望まぬ決着を思い描いてしまうのは、観衆も同様だった。試合開始直後には上がっていた歓声も、いまは鳴りを潜めている。
皆、オーヴァンの実力に気圧されてしまっている。
「絢理君はまだなのか……」
周囲を見やるが、望む人影はない。
本来ならとっくに到着しているはずだった。
大量の魔法陣を与えることで、タビタを勝利させられるはずだった。
意想外の事故があったことは間違いない。
様子を見に行った方がいいだろうかとの考えがよぎるが、これから馬車で往復していては、戻ってきたころにはとっくに決着しているだろう。
「もう、我慢できません……ッ!」
エルマが絞り出すような悲痛の声を上げたのは、オーヴァンの魔法によってタビタが壁に叩き付けられた瞬間だった。
エルマは涙の滲む目をオルトに向ける。
その無言の訴えに、オルトは観念したように頷いた。
「そうだね。もう、それしかない」
「では……!」
「加勢しよう」
オルトの言葉にエルマは力強く頷き、バッグの中をまさぐった。
壁に背を預けたタビタはずるずると身を沈め、遂に尻餅をついた。
彼女の瞳はまだ光を放っている。
諦めてはいない。
が、全身に走る傷は数えきれない程になっていた。
すぐにオーヴァンの追撃が来る。
その前に、エルマは叫ぶ。
「お嬢様……ッ!」
身を乗り出す。
振りかぶる。
全力で投げる。
主人のもとへ、それを届ける。
投擲したのは、バッグから取り出した一冊の本。
魔導書だ。
<続>
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