第19話 剣士・タビタ・エックホーフ
「刻限となった。ではここに、ヨハネス・グーテンベルク王の名のもとに、愚者の裁定のため、宮中試合を開始する!」
最初に仕掛けたのはタビタだ。
一歩を踏みこみながら、交差したオーヴァンの剣を弾く。
身を屈め、一気に懐へと飛び込む。
剣を突き込む位置は右肩部の関節だ。
装甲の薄い関節部を確実に狙う。
それも右を獲れば、敵は剣を使えなくなる。
「はあッ!」
予め決められたかのように理想的な軌跡を描いた剣閃は、しかし空を切る。
オーヴァンが身を引いたのだ。一歩、二歩と後退しながら大剣を引き寄せ、彼我の境を区切るように振るう。
体重の乗らない、とりあえずの一撃だ。
それはつまり、
「距離を開けたいってことね……ッ!」
そうならば、タビタは更に距離を詰める。
だが一直線に向かっては敵の大剣に斬首される。
タビタは踏み込んだ左足を軸に一回転、刺突を横薙ぎの一閃へと変えた。
狙いは下段、膝関節。
オーヴァンが息を呑む気配が伝わってくる。
オーヴァンは大剣を振り抜くことで迎撃。
互いの剣がぶつかり合う音――は、聞こえてこない。
「……ッ」
期待した手ごたえがなく、オーヴァンは戦慄。
一瞬、タビタの姿を見失う。
自らの大剣が徒となった。
視界を塞いでしまったのだ。
剣を振り抜き、ようやく眼下に発見する。
タビタは剣を引き寄せ、身体を丸めていた。
大剣が通過するのを待っていたのだ。
地を這う如き低位置から、タビタは獲物を狩る眼光でオーヴァンを射る。
「ふ……ッ!」
鋭く息を吐きながら、バネのように身体をしならせ、今度こそ細剣を閃かせる。
大剣を振り切ったオーヴァンの胴はがら空きだ。
タビタの剣がオーヴァンの重鎧を捉える。
金属がぶつかり合う鋭い音が、闘技場を駆け巡った。
だが、浅い。
鎧を斬りつけたが、オーヴァン自身には傷一つつけられていない。
オーヴァンが剣を構え直すのを見て、深追いは避ける。
タビタもまた付かず離れずの距離で剣を構え、改めて敵を見据えた。
一瞬の攻防。
知らず息を止めていた観客たちが、一斉に歓声を上げた。
「す、すげえ!」
「姫様、本当に強かったんだ!」
「これは勝てるぞ!」
「やっちまえ!」
タビタへの声援に熱が入る。
無論、彼女の武勇伝は領民にも周知の事実だ。
しかし、今回に至っては相手が宮廷騎士。
精鋭中の精鋭と謳われる存在を相手に一歩も引かないその健闘ぶりは、タビタ・エックホーフという戦士の評価を大幅に更新する。
タビタの練度を称えたのは、領民ばかりではなかった。
騎士・オーヴァンもまた、対峙する少女への見解を改めた。
「辺境のじゃじゃ馬かと思っていたが、成程、剣の覚えは目を瞠るものがある」
「それはどうも」
応じるタビタの表情には、しかし余裕がない。
タビタは戦況を冷静に見極めていた。
「並の相手なら、あの一撃で仕留めてるんだけどね」
速度と手数の多さには自信があった。先手必勝が彼女の信条だ。
だが、相手が健在であるという事実そのものが、難しい相手なのだとタビタの気を引き締めさせる。
「それこそ、名折れというものだろうッ」
言って、オーヴァンは背後に跳躍。
距離を開けながら、素早くホルスターから魔法陣を引き抜いた。
「痛苦をもって炎舞を成せ、ドリーミュ」
掲げた魔法陣に光が灯り、刹那、逆巻く炎がタビタを強襲した。
タビタもまた、魔法陣で応じる。
「賑やかせ、アゴラー!」
襲い来る炎を迎え撃つのは豪風だ。
不可視の壁にぶつかった炎は対象を捕らえることなく、その場で爆ぜる。
大量の空気を取り込み、火柱を上げた。
その火柱を囮に――両者ともにそう打算していた。
「勝ち誉れ、テアートロン!」
「深淵をもって暗礁を成せ、イポブリキオン」
タビタの放った白き光条が、オーヴァンの形成した大波とぶつかり合う。
光が波を貫くが、オーヴァンには届かない。
一方で、大波は勢いを減退することなくタビタへと迫った。
呑まれる寸前、タビタはホルスターから追加の魔法陣を引き抜く。
「跳べ、ケローネー!」
垂直方向に数メートルを跳躍し、波を逃れる。
眼下を見下ろせば、火柱が轟音と共に波に呑まれて鎮火していくところだった。
剣から魔法へとシフトしたことに、タビタは舌打ちする。
そしてその苛立ちという間隙を、宮廷騎士が見逃そうはずもなかった。
「嗅覚をもって迎撃を成せ、パンテル」
その詠唱は、タビタの耳朶を打たない。
跳躍により距離が開き、そもそもが地上は大波による轟音が戦場を席巻している。
彼の呟きはかき消され、タビタへの奇襲となる。
「ぐ……ぅッ」
刹那、タビタは鋭利な衝撃に襲われた。
迸るのは、背中側――天頂からの風の刃。
一つ一つは矮小だが、無数の斬撃となればその衝撃は大きい。
魔法による跳躍が解け、タビタは真っ直ぐに落下していった。
その落下地点にオーヴァンが待ち受けているのを発見し、タビタは瞠目する。
この軌道――彼の剣の餌食だ。
<続>
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