第16話 しつけーんですよ
◆
絢理の時計では、時刻は20時を5分過ぎていた。
タビタへ納品された魔法陣のうち一枚を借り受け、絢理とオルトは馬車を走らせていた。砦の門を潜り抜け、エックホーフ領の外へ。
「このペースで行けば、一時間もすればフォークリフトまで辿りつけると思う」
御者台に並ぶオルトの推測に、絢理も頷く。
「フォークに乗り換えて21時半に工場へ到着。そこからスキャンして印刷、化粧までで3時間強ってところですね。フォークで戻って適当なところで馬車へ積み替えても朝には余裕で間に合います」
「それにしても君が積極的に人助けとは、少し意外だったよ」
「人を鬼畜みたいに言うんじゃねーです」
むかつくんですよ、と、絢理は腹の底から言葉が漏れるのを自覚する。
「恩返しもですけと、グーテンベルクの行いは、要は悪質なパワハラじゃないですか。モラハラにセクハラ、枚挙に暇がない程の役満で労基一発アウトです」
「久々に何言ってるか全然わからないんだけど……」
「許せないことがあるってことです」
社畜・戸叶絢理は燃えていた。
恐らく絢理が、グーテンベルクの鼻を明かすことのできる唯一の人物だ。まずはタビタを勝利させる。王の動揺を誘う。そしていつの日にか、一言直接、グーテンベルクに文句を言ってやるのだ。
「そしたら――」
刹那、視界の端に何かが閃いた。
それが何か、正体を確認する術はなかった。なぜなら次の瞬間、馬車が激しく横転したのだ。
「な……っ!?」
悲鳴や疑問の声を上げる暇もない。
御者台からは観測のしようもなかったが、馬車の車輪に攻撃が加えられたのだ。
脱輪した馬車は勢いのままに横転、絢理とオルトを投げ出した。
派手な音を立て、夜の荒野に転がる二人。
絢理は俯せになりながら、全身に走る痛みに苦悶する。
脳を焼く激痛に、意識が遠のきそうになる。
が、持てる全力をもって、何とか顔を上げる。
霞む視界に見えたのは、黒装束の人影だった。
半壊した馬車の幌に手をかけ、何かを探しているようだった。
やがて目的のものを探り当てた人影は、こちらを一瞥する。
顔は判然としない。しかしその脇に抱えていたのは、間違いない、絢理の魔導書だ。
「また……テメーですか……」
悔しい。油断した自分が悔しかった。
昨夜の襲撃を回避したからといって、敵が諦めたわけではなかったのだ。
だがその悔しさすら、激痛で霞んでいく。
絢理の視界が黒く塗りつぶされていく。
「……しつけーんです、よ……」
昏倒する寸前、こちらへと歩み寄ってくる影に、絢理は悪態をついた。
<続>
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