第15話 チーレム撲滅委員会


「あっしらは商人! ここを通るにゃあ、通行料が必要ってもんよ!」


エックホーフ領内への進入を許されたゴブリンは、しかし真っ当な商売を行ってはいなかった。

隘路に複数人で陣取り、露店へ勧誘する。

勧誘するまでは百歩譲るにしても、通行するだけで金額を請求するというのは明らかに違法だった。


通報されるのは時間の問題だが、ゴブリンはそれ自体を問題にはしていない。

要は通報されるまでの時間でどれだけ稼げるかが肝要なのだ。


警備がやってきたら逃走する。そして明日はまた別の場所で商売を行う。鼬(いたち)ごっこは問題ではない。追われるまでは稼げるという事実に対して、じきに追われるなどというリスクは問題ではない。


商売にリスクはつきものだ。ゴブリンはそう考えていた。


だがその狡猾なゴブリンも、今日ばかりは商売相手を間違えていた。しかしその事実に、彼らが気づく様子はない。


「通行料!」「通行料!」


快哉を叫ぶように繰り返すゴブリンは全部で五体。そのいずれもが刃物で武装している。牙をむき出しに威嚇する相手はたった一人だ。

先程までは複数人で連れ立って歩いていたにもかかわらず、自分から一人になった。


馬鹿なのだ、とゴブリンは思った。


見れば上等な服を着ている。襟口には、魔法陣を印章としたバッジが輝いている。

貴族だ。貴族は外に出ない。だから世間を知らない。だから馬鹿なのだ。馬鹿は上玉なのだ。


「でくの坊!」「金!」「命乞い!」


男は沈黙を続ける。その様子を、恐怖に身を竦ませているのだと判断したゴブリンたちは調子を良くして、金を落とせとキイキイ叫ぶ。

テンションを上げたゴブリンが、勢いをつけて刃物を振りかざした。

その段に至ってようやく、男は低く呟いた。


「私への侮辱は、我が王への侮辱と知れ」


精悍な顔つきをした三十代後半と思しき男である。

筋骨隆々とした体躯を躍らせたかと思うと、一瞬で決着していた。

ゴブリン達は何が起きたのか自覚できなかっただろう。そして永遠に自覚することはない。五体のゴブリン――その首は胴体と分離し、二度と繋がることはない。


刹那の瞬間に五度の剣閃。


男は剣を振り払い、ゴブリンの血脂を落とす。眉一つ動かさないまま、剣を鞘に納めなおすと、小さく息をついた。


「治安が悪いのは、領主のお転婆娘に似たものか――」


宮廷騎士・オーヴァンは、決闘を控えた少女の住むエックホーフ邸へと、鋭い視線を投げた。


   ◆


勝気なタビタに、しかしオルトは釘を刺す。


「負ける気がないからって、そもそも宮廷騎士が用いる魔法陣はそれそのものが最高級品だ。僕の書いたものじゃ太刀打ちできないよ」

「自分で言ってて悲しくなりませんか」

「僕だって頑張ってるんだよ……」


オルトは諦念交じりに肩を落とす。

魔法陣の品質や強弱について、絢理にはその知見がない。

しかし魔法書士である彼が言うのだから、少なくとも一理ある見解ではあるのだろう。

タビタ自身も敵が強大であることは理解しているようで、その表情は固い。


絢理は少し、話の角度を変えることにした。


「そもそもですが、どうして婚姻を嫌がっているんです? 側室とはいえ王室に入れるのなら、名誉なのではないですか?」

「……噂があるのよ」

「噂?」


緊張を帯びた声に、絢理は怪訝に眉をひそめる。


「王に嫁いだ女性は全員、王室に入ったが最後、二度とその姿を現していないの」

「……何ですかそれ」


物騒な噂に、絢理は全身が総毛立つのを感じた。

タビタの言葉の否定先を見つけるように、オルトへ視線を転じる。


「……本当ですか?」


言い難そうに、オルトは目を伏せる。


「今まで二十名以上が嫁ぎ、その後全員が公の場に姿を現さなくなった。それは確かだよ。娶られた女性の家族が再会を強く望んでも、王は現在に至るまで、一度も許可していない」

「公式の声明じゃあ、王妃だけが集められた離宮で幸せに暮らしてるそうだけど――信じられる?」


鋭く睨まれ、絢理は返す言葉を持たなかった。

そんな声明、怪しむなという方が無理な話だ。とても無事でいるとは思えない。


「つまり、結婚は死刑宣告に等しいと……」


応じれば安否不明の消息不明に陥り、拒否すれば宮廷騎士との勝ち目のない決闘が控えている。

どちらにせよ声がかかった段階で詰んでいるのだ。

それならば決闘を選択するのは自明の理だった。


「いくらチーレムだからって、それは無しでしょう」

「チー……何?」


聞きなれない単語を訊き返すタビタへ、絢理は言い募る。


「でもそんな無茶な話、ご家族はどう思ってるんです」


ふっとタビタが目を伏せる。自嘲するような笑みで、


「仕方ないことなの」

「そんなの……」

「――私ね、孤児なのよ」


なおも言い募ろうとする絢理を遮るように、タビタは唐突に出生を明かした。

言葉を探す絢理を待つことなく、タビタは罪を明かすような口調で続けた。


「街の人たちも皆知ってることよ。奥さんを早くに亡くしたお父さんが、私を引き取ってくれたの。子供を育てるのが奥さんの夢だったみたい。お父さんはその遺志を継いで、私を大事に育ててくれた」

「それなら、尚のこと……」

「今回の婚姻も凄く反対してくれたみたい。自分の立場を危うくしてまで。本当の娘じゃないのに」


だからさ、とタビタは一転して、毅然とした表情を向けた。


「これ以上、迷惑かけたくないの。私は私自身で、自分の生きる道を斬り拓く」


その瞳に宿る覚悟に、絢理は気圧される。

これが17歳の眼だろうか。自らの命だけでなく、親の悲嘆さえ背負い、それでもなお、その意志の威信は揺らがない。

銭湯での一件を思い出す。この少女が領民に好かれる理由が分かる気がした。


一息。


「決闘はいつです?」

「明日の朝、10時からだけど……」


腕に巻いた時計を見やれば、現在時刻は18時半。

絢理は胸中で時間の算段をつける。

まだ間に合うと判断。

オルトへと声を投げる。


「ノッポさん、今すぐ工場へ帰りましょう」

「え……あ、まさか」


咄嗟には意味を呑み込めなかったオルトだが、すぐに得心したように目の色を変えた。

絢理は力強く頷く。


「ええ、必ず勝ってもらいます」


絢理は立ち上がって、向かいに座すタビタへと手を差し出す。


「恩返しですタビタさん。私が貴女を勝たせます」


タビタが目を白黒させる。彼女の自信の意味も分からず、その小さな手を握り返していいものかと戸惑う。オルトに視線だけで問うと、彼は苦笑しながらも、頷いて見せた。

絢理の眼を見る。その眼に宿るのは、どうやら虚栄ではない。

タビタもまた立ち上がり、おずおずとではあるが、絢理の手を握った。


「何か、考えがあるのね?」

「それはもうとびっきりのが」

「――信じるわよ、お嬢ちゃん」

「誰がお嬢ちゃんですか私23ですよ」

「は? 年上ええ!?」


素っ頓狂な声を上げるタビタに、絢理は腰に手を当てふんぞり返る。


「少しは敬ってくれてもいいんですよ」

「君も少しは貴族を敬うべきだと思うけどね……」


オルトが忠言を述べたが――無視した。

絢理は鼻息荒く、力強く宣言する。


「鼻を明かしてやりましょう。我らチーレム撲滅委員会で!」



<続>

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