12 被弾/籠城
「くそ、やっぱりあいつらプロだ」
これ以上身をさらしていては発見される。こちらが赤外線画像で相手を 〝視る〟事ができる以上、相手も条件はほぼ同じだ。
雅樹はメイシャンを身振りで促し、岩陰から撤退する。
「あ、そうだ。ECSはどうでしょう。てんかん発作の患者なんかに使う電気ショック装置です。使えませんか?」
無言のまま、そろそろと四つん這いで後ずさりしている最中に突然提案され、思わず足を止める。
「……何の話です?」
「司令代理は先ほど、武器の代わりになるもので心当たりを尋ねられましたよね?」
「ああ……」
多分ずっと考えていたのだろう。その生真面目さに、こんな緊迫した状態なのに、と思わず苦笑いしたくなる。
「さっきとは状況が変わりました。とりあえず結構です。あの人数には立ち向かえそうにない」
「うまく使えば相手の心臓だって止められますが。どうですか?」
冷静なのか状況を把握していないのか、物騒なことを言い出すメイシャン。
「いざという時にはお借りします。それよりもエアロックに戻りましょう。ここにいちゃ危ない」
途端、背後の岩が弾けた。
「見つかったの?!」
「銃です。撃ってきた!」
言葉を交わすいとまも与えず、敵は猛烈な一斉射撃を加えてきた。意図を確認するまでもない。
生存者は、見つけ次第殺す。ただそれだけだ。
相手がここに来た狙いはなんにしろ、生存者に救いの手を差し伸べてくれる優しさはまったく持ち合わせがないらしい。
痛む片足をかばい、下手なスキップのようにぴょこぴょこと飛び跳ねる。傍から見ればさぞ滑稽に見えるだろう。
「っ痛っ! ちくしょう!」
跳弾が肩をかすめた。
エア漏れを感知した与圧服のコントローラーが鋭いアラート音を響かせる。与圧服の自己融着ジェルが素早く裂け目を塞ぐが、傷口から赤い霧のように噴き出した血液がバイザーの側面に付着して視界がさらに悪化する。
「早く、さがって!」
メイシャンに肩を借りながら、それでもどうにかエアロックに逃げ帰った雅樹は、内側のハンドルに飛び付いて猛然と回す。だが、扉はじれったいほどゆっくりとしか動かなかった。扉のすき間から飛び込んできた弾丸がチタンの壁に弾かれ、派手な火花と共にエアロック中を跳ね回る。
「早く! 早くっ!」
メイシャンが叫ぶ。
「くそっ! やっと思い出した!」
雅樹がハンドルを回す手はそのままで悔しそうに言葉を吐き出した。
「あの火星車、どこかで見たと思ったら……」
雅樹の目の前にグリーンのランプがともる。閉鎖完了のサインだ。彼は手早くハンドルを元の場所に押し込むと、右手のロックペダルを勢いよく底まで踏み込んだ。
気密扉に掛け
「あ、あいつら! グレネードランチャーまで。無茶苦茶だ!」
「大丈夫でしょうか?」
「無理です! これ、ただの気密扉です。室内側のドアに比べればそりゃ多少は丈夫にできてますけど、果たしてどこまで耐えてくれるか……」
言葉が終わらないうちに再び爆音が響く。ドアの下部がぎしりと変形し、歪んだ天井パネルが足の上に落ちてガシャリと耳障りな音を立てた。
「あいつらの乗ってた火星車、来月の宇宙産業見本市で発表されるはずのほやほやの新製品です。俺、技術者向けの非公開コミュニで見たんです。まだ試作車が完成したという話もなかったはずなのに……」
「……ということは、彼らは重機メーカーの人間なの?」
「ええ。でも何でこんな重装備で俺たちを襲うのかわからな――」
最後まで言い終わらないうちに三度目の爆発が起きた。
エアロック内を青白く照らし出していたELランプが不安定に点滅したかと思うとふっと消えた。チタニウム製の気密ドアは内側にベコリと大きくたわみ、中央部にはムチが鳴るような鋭い破裂音と共に三十センチを越える亀裂が走る。
「限界だ! もう持たない!」
そんな事をしても意味はないと頭では思いながら、雅樹は本能的に爆発の衝撃から相棒を守ろうと、扉を背にしてメイシャンを抱きすくめた。
が、しかし。
予想された最後の瞬間はいつまで待っても訪れなかった。
「あれ?」
雅樹の腕の中で硬く縮こまっていたメイシャンは、小さく身震いするとゆっくり顔を起こし、小声で彼に呼び掛ける。
「あの、司令代理……?」
「あ、え、あれ?」
慌ててメイシャンから飛び離れる雅樹。
エアロック操作盤のパイロットランプがぼんやりと照らし出す二人の顔は、心なしか赤く火照っているようにも見える。
「どうして?」
メイシャンが誰ともなくつぶやく。
だが、雅樹に答えられるはずもない。あれほど激しかった銃撃もなぜかぱったりと途絶え、今や不気味なほどの静寂と闇が二人を包んでいた。
五分、十分。身動きもせずに待つ。それでも状況は変わらない。
「一体何だってんだ、まったく!」
雅樹は小さくグチり、裂けたドアに張り付くと、顔だけを慎重に外をのぞこうとした。
「うわっ!」
その瞬間を狙ったように、ハンドライトのまばゆい光が室内に差し込んで来た。雅樹は思わぬ目くらましを受けてのけぞり、そのまま姿勢を崩して倒れ込む。
『……おい!』
だが、続いて二人のインカムに響いたのはまぎれもなく日本語だった。
『聞こえているか? 俺の予測が正しければ、そこにいるのは雅樹とリー先生だろ? 無事か? 一体何があった!?」
「班長!」
その声に聞き覚えがあった。その独特のイントネーションの持ち主は、彼らが昨日訪れた地質調査隊のリーダー、山崎に間違いない。五百キロも彼方にいるはずの彼がなぜここに。
あまりの驚きに、二人とも目を丸くしたまま顔を見合わせるのが精一杯だった。
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