11 疑念/疑問

「と言うことは……どういうことです?」


 きょとんとした表情でメイシャンが問い返す。その間にも光点は着実に近づいてくる。


「実はずっと気になってたんです。激しい揺れでしたから、基地が落盤に襲われたのは納得できます。でも、船が堕ちた理由がよくわからない」


「……って、太陽嵐で航法機器が一斉にダウンしたのでは? ほら、ランドバギーが動かなくなったのと同じ理屈で……」

「だったら、そもそもどうして火星震と〝まったく同時に〟電磁バーストが発生したんでしょう?」


 メイシャンの顔がわずかに青ざめた。


「どちらも、とても珍しい現象です。ならば、どうしてそんな二つの災害がまったく同じ瞬間に発生するんでしょう? 先生は、そんな偶然を信じられますか? 変だとは思われませんか?」

「それは……」


 雅樹は、言葉を失ったメイシャンの肩を抱くようにエアロックに引き返し、彼女をテントの側に座らせて続きを口にした。


「先生はとりあえずここにいて下さい。さいわい夜だし、ここは奥まっていますから簡単には見つからないと思います。俺、とりあえず様子を見てきますから」

「だめです! それは私がやります。あなたは司令……」


 だが、雅樹は有無を言わせない厳しい表情で首を横に振った。


「あなたは医者です。俺みたいな現場ガテン系の技師とは違います。屋外活動の経験も知識もない。あなたでは、あの正体不明の連中が何物で、何を目的に近づいて来るのか、見当がつかないはずです」

「そ、それは……」


 悔しそうに絶句するメイシャン。


「それに、俺のことを本当に司令官として認めてくれているのなら、ここは素直にしたがって下さいよ。これは命令ですよ」


 卑怯な殺し文句だった。たった二人で司令官も命令もあったものではないのだが、メイシャンがそれ以上反対の口実を見つけられないでいるうちに、雅樹は逃げるようにエアロックを出た。


「……あとで絶対仕返しされるな」


 手ごろな岩陰に座り込み小さくつぶやきながら、雅樹はバイザーに赤外画像を呼び出す。

 近づいてくる車両が四方に放つサーチライトの明るさで一瞬真っ白に過飽和したスクリーンはすぐに自動調整され、ライトの向こうにある何かをうっすらと映し出した。

 ぼやけた輪郭はコンピューターで補正され、次第にくっきりとした画像が浮かび上がる。


「あれ、どこかで見たような……」


 彼が思い出せないでいる間に、近づいてきた火星車は彼の目の前を腹に響く鈍い振動と共に通り過ぎた。

 だが、車のボディには、火星条約で表示が義務づけられている識別記号も、国旗のマーキングもない。それどころか、迷彩塗装が施されているようにさえ見える。

 少なくとも、外国基地からの救援部隊であるという線はこれであっさり消えた。


「ほら、やっぱりあやしいでしょう」


 必死に記憶を掘り返していた雅樹は、背後から呼び掛けられて慌てて振り向いた。


「わあっ、先生! どうして出てくるんです!見つかりでもしたら取り返しがつかないじゃないですか! まだ連中の正体もわからないのに……」

「私一人が残った所で何もできないでしょう」


 メイシャンは雅樹の言葉を遮るように平然と答える。


「それじゃあの子達はだれが助けるんです?」

「そのセリフ、のしを付けてそっくりお返しします。考えなしの無茶をしてるのはあなたの方だわ!」


 無責任な言葉を非難する雅樹に向かって、メイシャンは腕組みをして一歩も引かずに言い返す。


「私言いましたよね。あなたがあの子達の生命線なんだって。自分の命が自分だけの物だと軽く考えるのは良くないわ」

「……すいません」


 言い争いをしたところで勝てそうにない。素直に矛をおさめた雅樹に、メイシャンも少しだけ表情を緩めた。


「で、あの車の正体は?」

「ええ、前にどこかで見たような気がするんですけど……」


 首をひねる雅樹。その間に二台の火星車は管制塔の跡地そばに並んで停車し、中からぱらぱらと十人ほどの人影が降り立った。

 人影は輸送船の残がいを取り囲むように機敏に広がり、それぞれがハンドライトを地面に向け、何かを探すようにしきりに行ったり来たりし始めた。


「彼らは何者? 一体何をしに来たの?」

「さあ。それよりやばいですよ」

「何が?」

「奴ら、俺たちのランドバギーのわだちに気づくでしょう。それに、広場には拾い集めた隊員の遺体がそのまま並べてあります。だから……」


 雅樹の言葉が終わらないうちに人影の動きが慌ただしくなった。


「どうやら、遺体を見つけられましたね」

「どうなるの?」


 不安そうにささやくメイシャン。


「判りません。でも、あの動き、どうも軍人ぽいんですよね。ますます見つかりたくなくなりました」

「圧倒的に不利だわ。私たち武器なんて持ってないし……」

「先生、護身用に使えそうな医療器具は持ってないですか?」

「え、外科用のレーザーメスとかなら……」

「それじゃ相手を瞬殺しちゃいますよ。もう少し穏やかなやつ」

「うーん」


 メイシャンが考え込んでいるうちに、人影は素早く二人体制ツーマンセルに体制を変化させ、着実に捜索の範囲を広げていた。

 その動きにはまったく無駄がない。与圧服を着ての活動に慣れている上に、火星の重力にもまったく戸惑っている様子は見えない。

 しかも、闇に沈む黒い与圧宇宙服。軍人以外にそんな地味な宇宙服を着たがる連中がいるとは思えなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る