09 決意/期待
「じゃあ、君達は全員、図書室に閉じ込められているんだね?」
データパッドに向かって念を押す雅樹。
モニタの向こうでは、二重まぶたが特徴的なポニーテールの少女がこくんと大きくうなずいた。
『そう。みんなでアニメを見てたのに……地震の後、ドアが開かくなったの』
「彼女達は基地最下層にある図書室の視聴覚コーナーに閉じ込められてるらしいわ」
横からメイシャンが補足する。
少女の名前は
『ねえ、おじさんはどこから映話してるの? いつ助けに来てくれるの?』
おじさんと呼ばれたことに内心ショックを受けながら、雅樹は必死に考えを巡らせていた。こんな小さな子供に、ありのままの現実を伝えるのは適当でないような気がする。だが……
(……仕方ない)
さんざんためらった末、彼はウソをつくことに決めた。
「もう、基地のすぐ外まで来てるんだよ。でも、エアロックがなかなか開かなくてね。もうすぐ行けると思うけど、それまでみんな頑張れるよね?」
小さく首をかしげた少女は、それでも次の瞬間大きくうなずいた。
「じゃあ、久美子ちゃん。僕らは忙しいから一旦切るけど、君達を置いてどこかに行ったりしないから。またすぐ連絡するから、それまでみんなの事をまかせたよ」
『うん。大丈夫』
不安げな表情を浮かべながら気丈に答える久美子に小さく手を振ると、雅樹は回線を閉じた。
「どうするんです? 何かいい方法があるんですか?」
通信を切った途端、期待のこもったまなざしで聞いてくるメイシャン。
「ありません。でもあの子達に事実を言うわけにはいかないでしょう? こんなやり方、俺の流儀じゃないんですが……」
今度は「えー」とでも言いたげな表情で眉をひそめる。
「ですが、約束してしまった以上、彼女はいつまでも待ってますよ」
「約束を踏み倒すつもりはありません。何か方法を考えます」
「さっきはあんなに嫌がってたのに……」
雅樹は口をへの字に曲げた。
「……状況が変わりました。ほかに方法がありません」
大げさにため息をつきながらぼそりと答える。
「よかった……」
だが、彼女は見るからにほっとした表情で胸の前に両手を重ねた。
「メイシャン先生、子供がお好きなんですね。もしかしてもうお子さんが?」
「え?」
目を丸くして一瞬絶句したメイシャン。だが、次の瞬間ぎりっと眉を吊り上げた。
「私、そんな歳に見えますか?! まだ結婚もしてないのに!」
「冗談です。それより、あなたにやっていただきたい事があります」
いきり立つ彼女をかわして、雅樹は真剣な口調で切りだした。
「は、はい、何でしょう?」
「ええ、まず……」
「まず?」
「私に注射をしてくれませんか?」
「は?」
メイシャンの目が点になる。
「どうしてこんなにひどく腫れ上がるまで我慢してたんです! 相当辛かったはずですよ!」
エアロックの中に持ち込んだビバークテントの中。
下着姿で横たわる雅樹の腫れ上がった太ももに消炎バンデージを巻きながら、メイシャンは彼をしかりつけた。
「しかしこの場合……」
「言い訳はなし!」
荒っぽい手当てに悲鳴をあげ、必死に抗議しようとする雅樹を一言で撃退すると、彼女は少しだけ口調を和らげて続けた。
「ここで今あなたに倒れられでもしたら、あの子達が困ります……私も……」
「え?」
「さあ、これでいいわ。この包帯は体温でゆっくり固まります。かなり歩きにくくなりますが、添え木代わりにはなりますから多少は楽になるはずです」
「折れてますか?」
「間違いなく。あの時、与圧服を脱がせてきちんと診察するべきだったわ」
しかめ面で彼女は頷いた。
「痛み止めに局所麻酔を打ちました。気休めですけど、これ以上強いクスリを打つと頭までぼーっとなっちゃうから」
「それはまずい。考えなきゃいけない事がたくさんある」
「ですから、辛いとは思いますが痛みは我慢して下さい。あと、これを飲んで。即効性の解熱剤です」
言いながらメイシャンは白い小さな錠剤を申し訳なさそうに差し出した。
「ごめんなさい。このくらいしかできなくて」
「いえ、それより彼女達の素性は調べてくれました?」
「ああ、そうでした」
雅樹が薬を飲み下すのを待ってぱちりと診療バッグを閉じると、彼女はかたわらのデータパッドを差し出した。
「この記事に詳しく出てます。彼女達はサンライズタイムズとセラコム・ジャパンが共同で募集した『こども火星大使』という懸賞旅行企画の当選者ね。先週NASAの船でアズプールに入って、来週の頭に〝昭和〟で火星を離れる予定だったようです」
「運が悪い……。ところで、NASAの船というのは?」
「〝カール・セーガン〟の事ね。もう周回軌道を離脱して、地球に向けた軌道に乗ってるわ」
「それじゃ万一連絡がついたとしても……」
「救援は難しいでしょう」
「……他に近くを航行中の船は?」
「ちょっと待って」
そう言って彼女がふたたびパッドと格闘し始めたのを横目に、雅樹は汗臭い与圧服を痛みをこらえながら再びゆっくりと着込んだ。じっとりと汗で湿った内装が気持ち悪い。
「拡大ESAの輸送船が火星に到着するのが来月のあたまね」
「……やっぱり、自力でどうにかするしかないのか」
期待はしていなかったが、改めて認めざるを得ないのは辛かった。
「ちなみに、酸素の残りはあと五時間です」
「ここで見つけたミニボンベもあわせて?」
「……残念ながら」
メイシャンはそこで言葉を切り、雅樹に向かって静かに呼びかけた。
「辻本司令代理……」
驚いてぎくりと体を硬くする雅樹。
「あの……その仰々しい呼び名、どうにかなりませんか?」
だが、メイシャンは真顔で彼の顔をじっと見つめたままだ。
視線を避けるように顔を伏せて大きくため息をついた雅樹は、腕のクロノメータをタイマーモードで五時間にセットし、意を決してスタートさせる。
パラパラと減り続けるデジタル表示をきっと鋭く睨みすえると、頭をぶんと大きく振って顔をあげた。
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