07 爆破/解錠
「いいですか。ぽろっと外れないようにしっかりセットして下さいよ」
岩山に取り付いているメイシャンの頭がかすかに頷くのが見える。それを確認し、雅樹は即席の松葉杖から手を放し、腕のクロノメーターをのぞき込む。
酸素残量はあと七時間と少し。
足元には、彼がバギーから取り外した都合十四個の高密度バッテリーが無造作に並べられている。
さらに、がれきをひっかき回してようやく見つけた二本ひと組の高圧ケーブル。長く伸ばした片端はメイシャンの手元にある。
メイシャンの作業を待ちながら、サバイバルナイフで慎重に被覆を剥き、二本とも導線をむき出しにした。
「セットできました。次はどうしますか?」
インカムには緊張気味なメイシャンの声が響く。
「この先は特に慎重に頼みます」
「わかりました。指示して下さい」
「まず、足場を確認して、すぐに逃げられるように準備して下さい」
「……できました。次は?」
「次に、バッテリーにケーブルを繋いで、ドライバーで締め付けます」
「ドライバー? 何ですか、それ?」
(ああ! この機械オンチ!)
思わず舌打ちが出る。
「さっき渡した柄の付いた棒です。先っちょがプラスの形に――」
「ああ! 〝ルオシチーズ〟! 日本では〝ドライバー〟と言うのですか?」
「……すいません。俺が不親切でした」
言葉があまりにも流暢なので忘れていた。彼女は生まれついての日本人ではない。半日も経たずにに忘れてしまうなんて、どれだけテンパってるんだと自分が恥ずかしくなる。
「言い直します。バッテリーのプラスと書かれている端子とマイナスの端子にケーブルの先、皮を剥いた部分をそれぞれ差し込んで、ネジを根元までしっかり締めます。繋いだらすぐに戻ってきて下さい。いいですか?」
「……OK、理解しました」
作業を済ませ、メイシャンは大股で飛び跳ねるように駆け戻ってきた。
ひざに手をついて大きく肩を上下させる彼女に小さく頷きかけ、雅樹は手元のケーブルの端を両手で持ってがしっと突き合せる。小さく火花が散り、十秒も経たずに彼女の背後で岩山の一部がはじけ飛んだ。
「ど、どういう事ですか?」
振り向きながら目を丸くするメイシャンを横目に、雅樹は次をどこに仕掛けようかと思案する。
「あの、どうしてあれで爆発するんですか?」
「あ、ええ、まあ、バッテリーというのは電気エネルギーの塊ですから。そのエネルギーを一気に開放してやるんです。新型の高密度タイプですから、
「でも、どうしてそんな妙な事を知っているんですか?」
彼女の発した素朴な疑問に、雅樹はぐっと言葉に詰まった。
「あ、あのですね、実は前に潰したランドバギーのうち一台は、メンテナンス中に配線を繋ぎ間違えて……」
「まさか!」
彼女の目が大きく見開かれるのがバイザー越しにもはっきりと判る。
「……さあ、次を仕掛けましょうか」
目をそらしてすっとぼける雅樹。
「……最低ですね」
冷たいメイシャンの視線に、今度は彼が首をうなだれる番だった。
それから三時間。
即席のバッテリー爆弾すべてを使い果たし、エアロックを覆い隠していた瓦礫と岩はおおむね取り除かれた。
目の前では、少し凹んではいるもの、ほぼ無傷のままのエアロックが夕暮れの弱い太陽光を反射してオレンジ色に輝いている。
「基地内部の気圧はゼロコンマ85、だそうです」
エアロック脇の変形したソケットボックスをこじ開け、ようやく見つけだした情報表示板をためつすがめつしていたメイシャンが口を開く。
「……通常は一気圧のはずです。表示が狂っているのか、それとも空気が漏れているのか」
「つまり、どういうことですか?」
「このまま下がり続けるようだと生存者の命が心配になります」
「壁にヒビでも入っているんでしょうか?」
「……さあ。それより、エアロック内の気圧はどうなっていますか?」
彼女は情報パネルをさらにのぞき込み、思案顔でうーんと首をひねる。
「えーっと、信用していいのかどうか判りませんが、一応ゼロです。それ以上は判りません」
雅樹は自分でも、データパッドの画面を指でトンとタップする。
「こいつもダメですね。コネクトできません。エアロックの中にある有線インターフェースに直結するしかないか……」
「では、早く基地内に入りましょう!」
メイシャンはうながすように雅樹の顔を見つめる。
答えのかわりに、彼はエアロック脇の赤枠部分を拳で勢いよく殴り付けた。赤い樹脂カバーが砕け散り、中から真っ赤に塗装されたごついハンドルが姿を現した。非常用の手動開閉装置だ。
雅樹は持ち手部分を引き起こし、右手でしっかりと握りしめる。
「私も……」
メイシャンも彼の手に自分の両手を添え、一緒になってハンドルに力を込めた。
最初はギシギシと引っかかるように抵抗していたハンドルも、二人分の力には抗いきれず、次第に滑らかに回り始める。
気密ハッチに生まれた髪の毛ほどの隙間から一瞬空気が噴き出して二人をヒヤリとさせたが、それだけだった。隙間はゆっくりと広がり、人がひとりすり抜けられる幅になったところで彼らはハンドルから手を放した。
「主任、先にどうぞ」
「先生こそお先に」
「「……それでは」」
お互いに譲り合った後、結局二人同時に入ろうとしてヘルメットをぶつけた二人は、顔を見あわせて小さな笑い声をあげた。
これでもう大丈夫。基地の中に入りさえすればどうにかなる。
湧き上がる安堵感で、二人とも自然にほほが緩んでしまうのを抑えることは出来なかった。
「メイシャン先生、お先に」
ここまで来ればもう焦ることもない。雅樹はそう確信した。
基地内には酸素も食料も大量に備蓄されているし、空気漏れさえ補修すればこの先数カ月に渡って救助を待ち続けることも可能だろう。
生存者と協力すれば、壊れた通信機器だって修理できるかも知れない。
与圧服を装着してすでに半日以上。なれない重労働とケガによるあぶら汗で、服の内側はひどくべとついている。それに、腫れてふくれ上がった右足と左肩を与圧服がひどく締めつけるため、痛みはそろそろ限界に達しようとしていた。一刻も早く与圧服を脱ぎ捨て、熱いシャワーを浴びてベッドでゆっくりと休みたかった。
だが、それももうすぐだ。
落ち着きを取り戻した彼は、メイシャンの背中を押すようにエアロックに送り込み、腰のポーチからハンディライトを取りだして後に続く。
だが、なぜかメイシャンは扉のすぐ内側で立ちすくんでいた。雅樹は彼女のバックパックに鼻面をぶつけそうになって慌てて立ち止まる。
「先生、なんでこんなところで……?」
彼女は答えない。無言のまま、震える指で奥の暗闇を指さすばかりだった。
「だから一体どうしたって言うんです? 早く中に……」
いぶかりながらライトを奥に向けた雅樹だが、次の瞬間、彼もまた発すべき言葉を失った。
エアロックの一番奥、丸い光に照らし出されたチタン製の気密ドアは、ごつごつと不規則にせり出した巨大な岩塊に〝内側から〟突き破られていた。
無言のまま立ち尽くす二人の周囲に、宵闇が刻々と迫る。
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