ぽつっと。彼女の手首の内側にあったのだ。それは、と僕が尋ねる前に視線に気が付いた彼女は「虫なの」と微笑んだ。「小さい頃に小さな切り傷を作ったの。虫が入り込んだまま綴じてしまったの」ほら、此処に足が見えるでしょう。青い血管が樹の根のようにすばやく走る白い膚は、傘先から滴る雨水を艶々と弾いている。僕に見えるのはただの黒い点だった。黒子とは少し違う、薄皮の下に入り込んだかすかな異物、しかし僕の知っている虫には見えなかった。「ああ、もうすぐバスが来るわ」彼女の指がそっと雨に濡れた時刻表の数字をつつく。あら、と僕は目を瞬かせた。「文字が好物なのよ」振り返った彼女の口元が微笑んでいるのが傘の下から覗いていた。確かにあったはずの数字が一つ分、ぽっかりと空白を開けている。駄目だろう、他人に迷惑の掛かる摘み喰いは。飼い主よ。

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