遺伝

 おれの身の中には恐怖が住んでいるのだ。心臓の隣に恋人気取りで肩を寄せて肺の影に隠れて、いざとなれば思いきり心臓をぶっ叩いて血管中を走り回るのだ。それが頭蓋の内から爪の先までみっちりと浸透すると、おれは乾いた喉を唾で潤そうと何度も何度も虚しい嚥下を繰り返す。生温い己の肌を掻き毟り、爪の間に詰まった汚らしい血混じりの皮や脂がまたおれの恐怖の成長を加速させるのだ。やめろと言ったおれの声さえ虫の形を取っておれの目を抉ろうとその細毛に覆われたおぞましい関節の脚をばらばらに動かして迫り来る。やめろ、やめろ、おれは怨むぞ、先祖代々この恐怖を血管を繋いで受け継いだおれの根を怨むぞ。耳介を噛じるようなところで「ヒコメヤナノーリ」と延々と呟き続けるのをやめろ。おれの舌へ虹色に照るダイヤを埋めようとするのをやめろ。おれの理解らないことをおれの生涯繰り返すことをやめろ。

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