桜木くん あふたー
「困りますよ先生、生徒に変なことを吹き込まれては」
「申し訳ありません……」
桜木くんの相談から一週間後、俺は教頭先生に注意を受けていた。それというのも――。
「彼から相談を受けたとおっしゃっていましたね。一体どんなやり取りをすれば生徒が毎日ボディービルダーのように筋肉をアピールしながら通学するようになるんですか」
ストーカー被害に悩んでいたマッチョな桜木くんが俺のアドバイスを忠実に実行して、筋肉を周りへ見せつけるように生活し始めたからだ。
さすがに他の先生方も桜木くんの異変に気付いたようで、彼が俺の元へ相談に訪れたことを知り、この度教頭先生から事情聴取を受けることになったわけだ。
「いいですか先生。我々教師の言葉は時として生徒達に想像以上の影響を与えることがあるのです。それを改めて認識し直して頂きたい」
「はい。本当に、返す言葉もありません」
教師先生はかなり呆れた様子だった。時々頭をポリポリと掻きながらため息を吐き出している。
「まったく、きちんと反省してもらいたいですね。そもそもですよ」
あー。これは長引きそうだな。
……厄介だなあ。とりあえずはいはい返事しとくか。
「何より根本的な問題がありますよね」
「はい」
「分かりますか先生」
「はい」
「そうです。あの筋肉はまだボディービル向きの筋肉ではないのです」
「はい。……はい?」
「まだ脂をしっかり落としきれていない。あれでは芸術的な筋肉とは言えません。ただマッチョなだけだ。もっとストイックに負荷をかけていかないと、ボディービルダーなんて夢のまた夢ですよ!」
「あの、教頭?」
何か様子がおかしいぞ。教頭がヒートアップしてきた気がする。
「大体彼の筋肉はスポーツ方面でこそ活きる筋肉なのです。強者揃いのボディービル界へ飛び込むにはもっと早い段階からそのためのトレーニングを積まないと」
「教頭。顔が近いです」
熱を帯びながら鼻息荒く近づいてくる教頭の顔面に、ビンタを入れて止めた。
「おっと失礼」
教頭が一歩後ろへ下がり、黒縁の眼鏡をかけ直した。
「とにかく、彼の筋肉をいつも見守っていた私が言うんです。間違いありません」
何の話だよ。
……。
……ん、待てよ。今この人「いつも見守っていた」って言ったよな。
「あっ」
教頭が何かに気付いたような反応をした。慌てて俺から目線を逸らす。
まさか桜木くんのストーカーって……。
「あ、そ、そういえば校長と行事の打ち合わせがあるんでした。では私はこれで」
「おいストーカー」
「ストーカーじゃないもん! 筋肉に見とれてただけだもん!」
教頭はクルッと振り返り、そのまま一心不乱に走り出していった。
「もう大丈夫だぞ桜木くん……」
俺はたまたま採点途中だった桜木くんのテストの解答用紙を見て呟いた。
そして一通り桜木くんの解答をチェックし終わったあと、用紙の右上に赤マルを一つだけ記入し、次の生徒の採点へ取りかかった。
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