第5話
「……シロタロウ」
葵のスマートフォンを覗き込みながら、楓が呟いた名前に葵は驚いた。確かに小さな画面にはシロタロウが映っている。
「もしかしてお兄ちゃん、帰りが遅かったのはチヒロちゃんのイベント行ってたから?」
「な、っなんでチヒロさんのこと知ってるんだ!?」
風呂上りに居間でテレビを見ながら今日撮った写真を整理している途中で割り込んできた突然の出来事に葵はおろおろするばかり。チヒロが喫茶店で歌って踊る、ライブと言っていいのかよく分からないアレは、そんなに有名なのだろうか。
「楓のクラスにチヒロちゃんのファンがいるの」
有名らしい。もしかしたら葵の友人やクラスメイトにもチヒロを知っている人がいるかもしれないと思うと少し怖かった。
チヒロとの関係をどう説明すればいいのだろう。なぜ出会い、なぜ親しくなったのか。どう頑張ってもアレな印象が付きまとう予感しかない。
タイミングよくチヒロからのメッセージが届く。画面に表示されたアイコンはチヒロの笑顔。楓が葵の顔を覗き込んできた。
「これ、えっ……チヒロちゃんだよね……?」
知り合いなの? お友達なの? 重ねて訊ねてくる楓は興味津々だ。
どう説明したものかと思案した葵は喫茶店の老婆を思い出した。少し恥ずかしいが、数年前の闇の声を思い出せば今更のことだ。変に気にしたり隠れる必要がなくなるのだから、恥ずかしいのは我慢しよう。
「実は、架空のキャラを演じる遊びをやっててさ。ヒーローごっこの延長みたいなもんなんだけど、俺もチヒロさんも世界の救世主なんだよ。ソラが俺を担当する使い魔的なやつで、チヒロさんの使い魔がシロタロウ。仲間内での遊びだから大っぴらにはできないんだけど、そういう仲間として知りあって、時々遊んでるんだ」
楓は目を丸くしたが、すぐに笑った。いいなあ、楽しそう。楓の表情は屈託がない。葵はほっとした。
「俺は架空のキャラじゃねえよ。ごっこじゃねえよ。使い魔じゃねえよ。どっちかっつーと俺がお前らのご主人様だよ」
不服そうに見下ろしてくるソラの文句は当然ながら無視した。
「じゃ楓は救世主の家族だね。悪い奴に狙われたりする? 一緒に戦う? 楓にできることがあったら何でも言ってね、頑張るよ!」
頼もしい言葉に、葵は微笑んだ。楓はいつだって葵の味方なのだ。葵も楓の味方でありたいと思った。
チヒロからのメッセージは、今度の日曜に動物園に行こう!というもの。共通の友人知人は御厨さんしかいないが、まさか同行はしてくれないだろう。
家庭優先で引退したのに大事な日曜日を家族以外との動物園に費やすはずがない。本日のライブイベント(?)も仕事の合間に顔を出したそうで、来てから一時間も経たずに帰って行った。
御厨との話で動物園の触れ合いコーナーが補給に有用であることは把握しているが、それにしてもチヒロと二人きりで動物園というのはハードルが高い。
実態がどうあっても、見た目にはどう足掻いてもデートだ。
見知らぬ人に見られるだけならカワイイ彼女つれてるんだぜという優越感に浸れるかもしれない。しかし、この世界には葵の友人知人が生息しているし、チヒロの友人知人とファンが生息している。
知られたくはない。女装した男と二人きりで動物園を歩く姿など!
葵は不意に思いついて顔を上げた。見つめられた楓が首を傾げる。
――そして、日曜日。
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