第23話 友達として
近江家から、智子が指定してきた公園は、結構な距離がある。
歩けば三十分以上かかるし、普通に考えれば、もうすぐ暗くなるこの時間帯から出かけるのはかなり面倒くさい。
それにわたしは、智子とはもう何の関係もない、赤の他人なのだ。
だけど、わたしは行かなくてはいけない。
もう一度、あの子との関係を断ち切るために。
それに、理由をつけて家から出ていく言い訳もできた。
憂ちゃんあたりには、色々と詮索されてしまいそうなので、黙って出てきたけれど言い訳は帰ってきたときにでも適当に取り繕おう。
最悪、晩御飯もまた体調が悪いという理由で、久留実さんに別に用意してもらうことも考えておいたほうがいいかもしれない。
蓮さんと、どんな顔をして、会えばいいのか、今のわたしには全くわからなくて、それは蓮さんも一緒だと思うから。
あんなことがあった手前、冷静に顔を合わせながら食事なんて、とてもできそうになかった。
そして、わたしは智子の待つ公園へと一歩ずつ、確実に向かって行く。
目的地に到着するころには、わたしは小走りのまま彼女の待つ公園へとたどり着いていた。
制服姿のまま来たわたしとは違い、智子は、まだ肌寒い夜だというのに、うすい青色のTシャツに、ハーフパンツ姿だった。
そして、公園のベンチの隅で、縮こまったように座っていて、わたしの姿を見絵ると嬉しそうな、だけど目が潤んでいて、泣きそうな表情になっているように見える。
「愛美ちゃん……」
そして、彼女は電話で聞いた弱々しい声のままだった。
「ちゃんと……来てくれたんだね」
「……あんた、わたしが来なかったら、朝まで居そうな気がしたから。さすがにそれは、こっちも気分が悪い」
「あはは、相変わらず、愛美ちゃんは私に厳しいね」
発言の内容は、わたしを弄ってくるようなものだったけれど、どうしてか、その智子の発言を聞いて、ちょっとだけ嬉しくなる。
ずっと培ってきた、智子との関係。
だけど、この子とこうして二人っきりで話すのは、今日で最後だ。
そう決意して、わたしが、全てを話そうとしたとき、智子が告げる。
「愛美ちゃん……。私、全部知ってるよ」
知ってる?
この子が、いったい何を知っていると言うんだろう。
もしかして、わたしのことじゃあ……と、一瞬身構えたけれど、わたしの予想とはほんの少しだけズレているものだった。
「へへっ、最近のネット社会って、本当に怖いね。知りたくもない話が、どんどん入ってくるよ……どうして、急に愛美ちゃんが私を避けようなんて思ったのか、全部分かった」
「智子……」
智子の台詞で、わたしは全てを理解する。
この子はもう、わたしが今置かれている状況を細分に把握しているのだろう。
だからこそ、こうして、わたしの前に現れた。
「私のせい、だったんだね? 私を助けたせいで、愛美ちゃんが酷い目にあってるんだよね?」
その通りだよ。
あんたのせいで、わたしはこんなに苦労することになったんだ。
ついこの前までのわたしなら、冷たく冷静に、彼女を突き放すことができたかもしれない。
でも、もう無理だ。
認めるしかない。
わたしは、この子を巻き込みたくない。
誰も巻き込みたくない。
きっと、わたしも、限界だったんだろう。
いくら強がっていても、わたしは弱虫だから……。
誰かと、繋がりが持っていたかったから。
だからわたしは、今ここに居る。
でも、これ以上、わたしのせいで誰かを巻き込むのは、ごめんだった。
「智子、わたしはね。あんたが考えてるような、殊勝なやつじゃないんだよ。困っている人を助けたいだとか、そんなことを平気で言える人間じゃないんだよ」
でもね……と、わたしは話を続ける。
「どうしてか、あんただけは、わたしの事情に巻き込みたくないんだよ。わたしの不幸に巻き込まれちゃ駄目なんだ」
だからこそ、わたしは、あんたの友達を辞めるのだ。
「……もう、こんな関係、ここできっぱり止めよう。それで、あんたは見て見ぬ振りをすればいい。そうすれば、元通りになるから……」
わたしの覚悟を、智子に伝える。
「だから、あたしはあんたとは……」
友達なんかじゃない。
そう、はっきり言ってしまえば、それで終わりなんだ。
なのに、言葉が発せられない。
自分でも、驚くくらいに声が震えているのがわかった。
その言葉を智子に伝えてしまえば、本当に、二度と彼女に会えないような気がした。
しかし、智子は、首をブンブンと横に振った。
「いやだ……」
か細い声で、智子は訴える。
「嫌だよッ! こんな風に……こんなことで愛美ちゃんと別れなきゃいけないなんて絶対に嫌なのッ……」
智子は、もはや動揺を隠そうとはせず、ボロボロと涙を流しながら、わたしに訴えかける。
「私は愛美ちゃんに助けてもらったのに、何も愛美ちゃんの為にしていない! これじゃあ私が、本当に迷惑かけちゃっただけじゃない……」
智子は、馬鹿なわたしを必死で説得するように、声を張り上げて訴えかけてくれた。
そうだ。この子は、こういう子だ。
全て自分の責任だと思って、抱え込む。
ああ、やっとわかった。
智子は、わたしのことを自分と重ねて見ていたと言っていた。
でも、それはわたしも同じだったんだ。
わたしも智子も、自分は幸せになれないと勝手に思い込んで、これからの人生も、諦めてしまっている。
だけどね、智子。
わたしとあんたとは、決定的に違うところがあるんだよ。
「智子、わたしは、あんたのせいで、こんな状況になっているとは思ってない。あとやっぱり、何度も言うけど、あんたがわたしに恩を感じる必要は、ないよ。でもさ……」
ここから先の言葉を口にすれば、もう後戻りはできない。
だけど、この子の為を想うなら、言わなければならないことだった。
「本当に、わたしのことを心配してくれるのなら、もう関わらないで。それが、わたしの友達としての、最初で最後のお願いだから……」
今度こそ、わたしは彼女を拒絶した。
昨日とは違い、状況を把握したうえでの契約破棄宣言。わたしはもう、独りでも大丈夫だからと伝えたつもりだった。智子もわかってくれると思った……。
「い……やだ」
だけど、智子の答えは変わらなかった。
「愛美ちゃんが苦しんでいるのに、私だけ傍観者だなんて、絶対に嫌ッ!」
座っていたベンチから、バッと立ち上がった。握りしめた拳は、ブルブルと震えていて、奥歯をかみしめている。
わたしはこのとき初めて、智子が怒っている表情をみた。
「私が……なんとかする」
「なんとかって……」
「だから、愛美ちゃんは、心配しないで。ごめんね、私、愛美ちゃんに嘘をついてるの」
「嘘?」
「うん。もう、その人たちとコンタクトはとってあるの」
「なに……言ってんだよ、智子? あんた、まさか霧島たちと……」
「行ってくるよ、愛美ちゃん。もう、愛美ちゃんに酷いことなんてさせない」
わたしの質問には答えず、智子はわたしに鋭い視線を送り、この場から立ち去ろうとする。
マズイ! と思って、わたしは智子に手を伸ばそうとした。
「……くっ!」
だけど、わたしは、全身が固まってしまうくらいの激痛を、お腹の部分に感じてしまう。それで、腕をあげることもできなくなってしまう。
どうして、こんなタイミングで。
まるでわたしは呪いが発動してしまったように、その場に蹲る。
霧島から受けた傷が、疼く。
しかし、すでに背を向けている智子は、わたしの様子に気づいていない。どんどんと、わたしから遠ざかっていく。
だけど、わたしは、彼女を止める術がなく、結局わたしは、智子が公園から去ってしまったあとは、ベンチに蹲って、痛みに耐えるだけだった。
そして、傷の痛みが治まったころには、息が切れて、全身が汗だくになってしまっていた。
もう、智子の姿はどこにもなかった。
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