第7章 ゆるしません
第21話 わたしが孤独に戻った日
次の日も、わたしに対する嫌がらせは続いていた。
上履きは学校からの厚意(というのも変な話だが)で貸し出してくれたものをそのまま鞄に入れているので、前みたいにボロボロにされるということはないのだが、問題はそれだけでは留まらなかった。
まず、移動教室があった次の時間、わたしの机の中の教科書が何冊か、ビリビリに破かれて机の上に置いてあった。
おそらく、わざわざ放課後誰もいなくなった時間を見計らってやったのだろう。教室の鍵の管理といっても、職員室の管理場所から日直の振りなどをして、取っていくこと容易なので、教室の潜入自体は簡単なものだ。
幸い、わたしは教室に帰ってくるのが早かったので、クラスメイトの数人にしか目撃されなかった。
そして、わたしがさも当たり前のようにその残骸を片づけている間も、わたしに誰も話しかけてこなかった。
さわらぬ神に祟りなしってことを、このクラスメイトたちはよくわかっているのかもしれないし、もしかしたら、こういうことをした犯人に心当たりがあるのかもしれない。わたしが霧島と伊丹に呼び出されている様子は、結構目立っていたし……。
うん、でも同情されるよりも、こういう扱いをしてくれた方がよっぽどいいのかもしれない。
そう思った矢先、わたしがこうして孤独になるのは、久しぶりなことに気が付く。
登校初日は憂ちゃんに色々世話をしてもらったし、次の日からは、成り行きで智子がわたしの傍にいてくれた。
だけど、朝の登校は憂ちゃんに適当な理由をつけて先に出てきたので、一人で学校に行って、たった一人で教室の席に座り、時間が過ぎるのを待っている。
嫌がらせを受けていることはさて置いて、わたしにはぴったりの学校生活のはずなのに、どこかにぽっかりと穴が空いたような気持ちになる。
その苛立ちをぶつける様に、わたしは窓からバラバラになった教科書の残骸を散りばめた。
これが奇行に移ったのか、数人のクラスメイトが明らかに嫌悪感を抱いた目でわたしを見ているのが肌でわかった。
そうだよ。わたしは、あんたたちとは、違うんだ。
あんたたちみたいな、幸せ者に、わたしの気持ちなんてわかるわけがない。
あの子にも、こういう風に、ちゃんと言ってあげればよかったのかな……、と考えながら、わたしは何事もなかったかのように、机に座って、次の授業の準備をしようとしたけれど、もう準備する教科書は捨ててしまったのだった。
これは先生に怒られるかも。まぁ、どうでもいいけどね。
しかし、次の授業の担当の先生は、わたしが教科書を机に出していなくても咎めるような言動を口にしなかった。
わたしにとっては、面倒事が増えなくて助かったけれど、霧島たちにとっては面白くもない展開なのかもしれない。
おそらく、あいつらの息のかかったクラスメイトはいるだろう。わたしが狼狽えているところを聞いて、楽しもうとしているに違いない。
でもお生憎様。わたしはこんなことで動揺するほど、心が小さい人間ではない。
もし、本当に報告をしなければいけない子がいるとしたら、ちょっと不憫ではあるけれど。
いや、そんなこと、今はどうでもいい。
わたしはせめてもの抵抗として、あいつらの嫌がらせなんて何ともないと、お前たちのやっていることは無駄なんだと訴えるような態度を見せつけてやりたかったのだが、おそらくそれも無駄骨に終わってしまうだろう。
ちょっとだけ、悔しい気持ちもする。
だけど、ひとつ、わかったことがある。
あいつらは、わたしに直接、暴力を振るったりするつもりはないらしい。想像していたより、ずっと理性的な人間だったらしい。
最初に殴った一発は、たまたまカッとなって殴ってしまったという感じか。
だとしたら、あんな大袈裟な言動を吐いていたが、わたしに対する嫌がらせなんて、すぐ終わらせるのかも知れない。
新しいおもちゃを見つければ、馬鹿みたいに飛びついて、昔のことなど忘れてしまう。
あいつらは、そういう人種だ。
だから、あとちょっとの時間が過ぎれば、わたしはただの、クラスにあまり馴染めていない転校生に戻れるはずだ。
それまでの我慢。
――そうすれば……もう一度……。
わたしは、智子の座っている一番後ろの席を振り返る。
彼女は、委員長らしい模範的な様子で、黒板に書かれた文字を必死にノートに写していた。
普段と何も変わらない、彼女の姿。
それが酷く悲しく思ってしまったのは、どうしてなのだろうか……。
この時すでに、わたしは、壊れかけていたのかもしれない。
自己の破滅は刻一刻と、わたしの背中に迫っていた。
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