第19話 契約破棄宣言
次の日から、彼女たちのわたしに対する『報復』が始まった。
「愛美お姉ちゃん? どうしたの?」
朝の登校時、下駄箱の前で呆然とするわたしに、憂ちゃんは心配そうな声で話しかけてくる。
「うん……別に何でもないよ。それよりわたし、ちょっと用事を思い出したから、先に行ってていいよ」
「えっ? ……うん、わかった」
憂ちゃんは、怪訝そうな顔をしたが、特に詮索することなく、自分のクラスの教室へと向かった。
そして、憂ちゃんの後ろ姿が完全に見えなくなったところで、わたしは下駄箱から自分の上履きを取り出した。
もはや原型を留めていない、上履きを……。
なるほどね、こういうことをしてくるのか。
昨日のうちにやったのか、それとも早朝に来てやったのか、そんなことはどうでもよかったが、誰がやったのかは、一目瞭然だった。
やりかたもスタンダートすぎて、思わず笑みがこぼれてしまう。こんなわたしを笑わせることができるなんて、大したものだと思う。その点に関しては、あの二人を評価してあげてもいいな、なんて下らないことを考えていると、ボロボロの上履きの下に、一通の手紙が置いてある。
「ラブレターなわけ、ないよね」
そんな皮肉を呟いて、ご丁寧に便箋に入れられたその手紙を確認する。
殴り書きの文字で、こう記されてあった。
『あんたの学校生活を、無茶苦茶にしてやるから覚悟してね』
「……ほんと、ひねりがなさすぎ」
わたしはその手紙をその場でビリビリに破く。もしかしたら、霧島や伊丹がどこかで見ているかもしれないが、そんなことはお構いなしだ。
わたしの奇行に、何人かの生徒が不審な目を向けてくる。だけど、そんなことはどうでも良かった。
ただ、もし霧島や伊丹がこの場に居るのなら、彼女たちに言ってやりたい。
わたしの学校生活を、滅茶苦茶にしてやりたいだって?
冗談はよしてくださいよ、先輩。
わたしは学校生活どころか、生まれたときから、人生なんて滅茶苦茶なんですよ?
だから、あなたたちが介入してきたところで、わたしの生活は変わらないんです。
変わらない、はずなんだ。
そう自分に言い聞かせて、わたしはボロボロの上履きに足を通して教室に向かう。
まだ新品だったはずの上履き。
これも、由吉さんが買ってくれていたものだ。
そう思うと、いくら周りからこれが上履きではなく『ボロボロの得体の知れないナニカ』だと説き伏せられても、わたしは頑としてこの上履きを履き続けるだろう。
「おい、ちょっと待ちなさい。なんだ、その上履きは?」
と、思っていたのだが、そんなわたしの宣言はすぐに撤回されることになった。
教室にたどり着く前に、たまたま廊下ですれ違った先生(名前は知らない)に気付かれて、最終的に学校の予備の上履きを用意してもらう流れになってしまったからだ。
わたしに上履きを渡してきた先生は、特にわたしに事情を聞かなかった。
「しばらくはこれを使いなさい。君、名前と学年とクラスは? あとで担任の先生に私からも事情を説明しておくよ」
一体、何の事情を話すというのだろうか? 特に、わたしのことを聞いたわけでもないのに。
もしかしたら、薄々はわたしの置かれている状況に気付いていたのかもしれないが、深く関わらないようにしたのだろう。
別にわたしは、その先生を責めるつもりもないし、むしろ清々しくもある。
わたしは、最後にその先生に「ありがとうございました」と伝え、教室に向かった。
HRが始まるギリギリの時間で、わたしの姿を見た智子が席から立ち上がろうとしたが、チャイムがなってしまったので、結局、智子はわたしに微笑みかけるだけで自分の席に留まった。
その瞬間、わたしのお腹の部分が、ズキズキと痛んだ。
昨日、霧島に殴られた箇所だった。
まるで、わたしに警告を与えているようだった。
痛いなぁ……、そんなことしなくてもわかってるんだよ。
わたしがこれからやらなくてはいけないことは、ちゃんとわかっている。
〇 〇 〇
「えっ、それって、どういうこと……?」
智子は、すぐにわたしの言ったことを理解できなかったらしく愕然としていた。
昼休み、いつものように体育館裏に来たわたしは、一緒に来た智子に向かって開口一番にこう告げた。
『もう、わたしの友達じゃなくていいから』
そんなことを言われるなんて、全く予想していなかったのか、智子は呆然と立ち尽くしている。
わたしは腕を組みながら、できるだけ抑揚のない声で、智子に先ほどいったことと同じ言葉を口にする。
「だから、もうあなたとはご飯も一緒に食べないし、図書室で勉強もしない。休日に映画も見に行かないし、勧めてくれた本だって読まないって言ってるの」
「どうして……急に……」
元々、智子とは、わたしが学校生活を円滑に進めていくために必要な存在だっただけだ。最初からいっているが、わたしは本気で、智子と友達になりたかったわけじゃなくて、ただ彼女を利用しようとしただけだ。
だけど、もはや彼女の存在は、わたしにとってマイナス要因にしかならない。
必要が、なくなってしまった。
だから……。
「もう、このお遊びはおしまい。もう、わたしに構わないで」
そういって、教室に戻るつもりだった。
だが、立ち去ろうとするわたしの腕を、智子が掴んだ。
伊丹とは比べ物にならないくらい、弱々しい力で、わたしを引っ張ろうとする。
「……どう、して……」
掠れた声で、智子が問いかける。
「どうして、そんな急に、わたしから離れようとするの? わたし、愛美ちゃんに変なこと、しちゃったかな?」
わたしは、返事をしない。
「きっと、わたしが愛美ちゃんの気に障るようなこと、しちゃったんだよね……。わたしっ……ちゃんと、直すから! 愛美ちゃんが嫌だって思うところ! だから……」
もう、わたしの胸の中の何かが暴れて、限界だった。
乱暴に、わたしは、智子の腕を振りほどく。
「もう、終わりだから……。さよなら、倉敷さん」
そう呟くと、智子の嗚咽のような声が聞こえてきた。
わたしは、逃げるようにその場から立ち去った。
これでいい。
これでいいはずなんだ。
ただ、わたしは、最後に智子がどんな顔をしていたのか、振り返ってみることができなかった。
わたしは、体育館裏から帰ってきて、教室で独りさびしく、お弁当を食べる。
だが、久瑠実さんが作ってくれたお弁当は、何故か今日は塩辛くて、わたしは半分以上残してしまった。
午後の授業は、全くといっていいほど、頭に内容が入ってこなかった。
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