第6章 ちかづかないでください
第18話 先輩との対面
「ねぇ、遠野さん。なんかあの先輩たち、君に用があるみたいだけど……」
月曜日、智子との昼食を終えたわたしは、次の授業の準備をしているところに男子生徒からそんな風に声を掛けられた。
ちなみに、智子は委員長としての仕事のため、職員室に用事があるみたいで、今は教室にいない。
男子生徒に「誰よ、あんた?」と問い返そうかと思ったが、なんとなく見たことがある顔だったので、多分クラスメイトなのだろう。相変わらず、名前は全然覚えていないけれど。
えっと、それで、その子がなんて言ったんだっけ? 先輩がどうとか言ったような……。
「ほら、廊下で待っている人たち」
わたしがピンと来ていないのが伝わったのか、廊下を指さすジェスチャーをする。
そして、その先には目つきが鋭い二人組の女子生徒がいた。
わたしよりも背が高く、明らかに校則違反だと思われる制服の着こなしをしていて、はっきり言ってあまり関わりたくない感じの人たちだった。
だけど、この距離からでもその二人組の女子生徒が、ずっとわたしに鋭い視線を送っていることが伝わってきた。
「ねぇ、遠野さん。何かやったの?」
「……何かって、なに?」
「いや、あの人たち、悪い人たちっていうか……不良というか……あまり評判のいい人たちじゃなくて……」
言葉を濁しながらも、彼女たちのプロフィールを必死にわたしに伝えようとしている限り、彼はクラスメイトを慮るくらいには優しい人なのかもしれない。
まぁ、別にわたしはその優しさに感化されるなんてことはないのだけれど……。
しかし、不良、ねぇ。
そう呼ばれる人たちが現代にも存在しているのかと思うと、恐ろしいを通り越して、時代遅れで笑ってやりたいところであったが、そこはぐっと我慢して、わたしはクラスメイト(多分だけど)の男子生徒にお礼を言った後に、廊下まで向かった。
案の定、わたしが教室から出ると、明らかに不満そうな声で尋ねてきた。
「あんた、ついこの前転校してきた遠野愛実で間違いないわよね?」
耳にピアスの穴を空けた跡が残っている女子生徒が、わたしにそんな質問をする。
おいおい、こういうときはまず自分から名乗りをあげるものなんじゃないんですか? と言いたかったけれど、口には出さずにしておいた。
「はい、そうですけど……」
わたしが彼女に質問に答えると、
「ツラかしなよ」
と、もう一人の女子生徒、不自然なくらいに唇が紫色になってしまっている香水臭い女がわたしに指示してきた。
うわー、マジで不良みたいな言い方だ、と、ある種の感動を覚えたところで、がっちりと腕を掴まれてしまった。
制服の上からでも、跡が付くんじゃないかと思うほどの強い力だった。
「あの……痛いんですけど……」
「うるさい。いいから来なよ」
そう言うと、香水女は、ずんずんとわたしをひきずるような形で校舎外に連れてきた。
その間、すれ違う生徒たちに不穏な目で見られることが多かったけれど、みな我関せずという形で、わたしたちから距離を置いて、話しかけることもなかった。
それを無慈悲だと思うほど、わたしは人間に希望を持ってはいない。
うん、君たちは大正解だよ。
余計なことに首をつっこむのは、馬鹿のやることだ。
優しさなんて、生きていく上では、全く必要のない感情だから。
そんな皮肉を頭に浮かべたわたしが連れてこられたのは、いつも智子と昼ごはんを食べている体育倉庫の前だった。
この場所は、人目に付きにくい。
それは、二週間程利用させて貰っているわたしが一番よく知っていた。
人目に付きにくい場所か……。
ややこしい事態になりそうな気がした。
そして、わたしのそういう勘だけは、当たったりする。
「あんた、この前、チクったでしょ?」
「……はい?」
ピアス耳女が、頭の悪そうな質問をしてきた。それじゃあ何言ってんのかさっぱりわからないじゃないか。
「あんた、何か文句あるわけ?」
香水女が、ドスの利いた声でわたしを脅す。おまけに握られている腕にも、力を入れられてしまう始末だった。
どうやらわたしの不満が露骨に顔に出てしまっていたようだ。
だが、わたしの立場になったら文句のひとつも言いたくなるだろう。
わたしは何も説明されないまま、ここまで連れてこられたのだ。不満の一つや二つを口に出していたっておかしくないじゃないか。
あと香水くさいからさっさとわたしから離れてくれないかな?
「
「それはあたしも同じだけど、人違いだったら可哀想でしょ、
「ケッ、嘘つけ、お前が誰かを可哀想なんて思うかよ」
ケラケラと、わたしの腕を握る香水女は笑う。
この香水女の名前は伊丹というらしい。
そして、わたしを見下すように先ほどから腕を組んで立っているピアス耳女が、霧島ということか。
別に、覚えたくもない個人情報だったけれど、一応頭に残しておいた。
そして、霧島は、面倒くさそうにわたしを睨みつけながら、こう言った。
「あんたのせいで、あたしたちの友達が警察にお世話になったの」
「警察?」
「文房具店のこと、って言えば、分かってくれるかしら?」
「……ああ、なるほど」
そこで、わたしにはひとつ思い出す出来事があった。
憂ちゃんと買い物に行って、万引き犯と間違われている智子と出会った光景が想起する。
「やっとわかった? あんたが店の人にチクったせいで、あの子たち、学校にバレて警察に連れていかれたんだよ」
「そうだぞ、お前のせいだ」
ピアス耳の霧島の言葉に助長されるように、わたしを罵る化粧女の伊丹。
霧島は、やっとわたしに詳しい事情を話すことにしたのか、聞きたくもないことを淡々と話し出した。
話を整理するとざっとこんな感じだ。
わたしが、万引き犯に仕立て上げるというあいつらを店に報告したことによって、店員さんが警察に報告し、結果、警察に犯行がバレて、捕まってしまったらしい。
これだけ聞けば、犯人も無事捕まって、智子の疑いが完全に晴れたと喜んでいい場面なのだろう。
でも、この二人にとっては、そうではなかった。
どういう情報網を辿ったのかは知らないが、その店に報告をしたというのがわたしだと、彼女たちにばれてしまったらしい。
「……よかったじゃないですか。悪い奴が捕まるのは、当たり前……グッ!!」
ドンッ、と鈍い音が響くと同時に、お腹の部分に激痛が走り、胃液が逆流する感覚が襲ってきた。
思わずわたしは、その場にへたり込んで、お腹を押さえる。それでも、わたしの腕を握る伊丹は手を離してくれなかった。
「あんた、余計なことは言わなくていいの、わかった?」
そして、わたしのお腹を殴ってきた霧島は、鋭い目つきのまま、ニヤリと笑っていた。
おいおい、こいつら、暴力にも躊躇がないのかよ……。
おまけに、人が話しているところなんだから、最後までちゃんと聞いてほしかったね。
まぁ、最後まで聞いてくれていたとしても、結果は同じなんだろうけどさ。
「あたしたちはね、別にあんたに謝ってほしいとか、そういうわけじゃないの。ただね、あたしたちの友達がややこしいことになっちゃったっていうのは、ちょ~っと許せないんだよね」
「……報復ってことですか?」
「そう受け取ってもらって構わないわ。まぁ、あたしたちにとっては、ただの暇つぶしなんだけどね」
満足したのか、霧島は最後にわたしの頭を髪の毛ごと乱暴に撫でると、「行くわよ」といって、伊丹がわたしから手を離した。
「今日は挨拶ってことだけど、これからの学校生活、あたしたちが卒業するまでは、覚悟することね」
そんな言葉を言い残して、二人はわたしを置いて去っていく。
しばらく地面に膝をつけていたわたしは、昼休みのチャイムが鳴ってようやく、動けるくらいには苦痛が和らいでいた。
「まったく、何年前の不良ドラマよ……」
そんな呟きも、誰も聞いてくれなくて、わたしが独りであることを実感する。
ほんと、駄目だなぁ。
ここでは上手くやっていくつもりだったのに……。
わたしの人生って、どうしてこうも駄目な方向に進んでいくのだろうか……。
そんなこと、考えたところで結論を出せるわけがなかった。
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