第16話 友達との約束
それから、学校内外でも、智子から時々連絡が届いた。
『今日は楽しかったね』
『愛美ちゃん、さっきの授業、うたた寝してたでしょ?(笑)』
『夜も暑くなってきたね。湿気が強いから、もうすぐ梅雨なのかな?』
本当に、雑談というか、どうでもいい話ばかりだった。
だから、わたしは「うん」だとか「そうだね」とか、曖昧な返事しか送らなかったし、盛り上がる話なんて一度も展開されなかったと思う。そういう時に便利なスタンプという機能もあるみたいだけど、それはそれでなんだか恥ずかしいので、当たり障りのない文章で返答することに徹した。
正直、学校の外でまで智子の相手をするのは、わたしたちが築きたい関係とは離れてしまっているような気がする。
だけど、近江家にいるときのわたしは、疎外感というか、どうしようもない居心地の悪さのようなものを感じてしまっていたので、いい暇つぶしにはなったし、学校でもスマホを触っていれば、誰かに話しかけられることもなかった。
本とか読んでる人に話しかけるのって何だか憚られるあの感覚。あれのスマホ版を実装したわけだ。
こういうこともあって、わたしは智子と友達のフリをすることに、それなりの利点を見出してきていたところで、次の日曜日の朝、智子からこんな連絡が入っていた。
『今日、どこかに遊びに行かない?』
「マジか……」
朝一番、ため息とともにわたしの口から出た言葉は、そんな呆れた台詞だった。
どこかに遊びに行くだって?
このわたしが、クラスメイトと遊びに行くなんて、絶対にありえない。
もうこれは、確実に契約の範囲を超えている。
わたしはすぐに画面をタップして文章を作成する。
そういえば、わたしも随分と文字を打つのが上手くなってきた。最初に買ったときに比べれば、文字入力を失敗することもなくなっている。
そう……智子はせいぜい、スマホ初心者のいい練習相手になってくれただけの存在だ。
智子はこれ以上、わたしと関わるべきではないのだ。
――わたし自身のためにも。
――そして、智子のためにも。
『ごめん。今日は用事があるからまた今度ね』
一応、あの子が傷つかないような文章を作成して、返信をしようと思った。
しかし、わたしはその文章を、智子に送る前にハプニングが発生する。
「愛美ちゃーん! おっはよー!」
そんな大声で、わたしの部屋に入ってきたのは、もうこれは説明も不要なのではないかと思ってしまうのだが、一応念のため、わたしの挨拶とともに紹介しておこう。
「おはようございます。由吉さん」
「うん、おはよう。愛美ちゃん」
由吉さんは朝だというのに、いつもと変わらずのハイテンションぶりだった。
ただ、今回は残念ながら(残念なのか?)わたしが着替え中ということはなかったので、久瑠実さんに怒られるということはないだろう。
でも、部屋に入るときは、やっぱりノックはしてほしい。
単純に、びっくりするんです。
しかし、由吉さんにも悪気がないというのも、短い付き合いだがわかっているわたしは、余計なことは聞かずに、次なる由吉さんの台詞を待った。
そして案の定、由吉さんはわたしに用事があったらしく、にこやかな笑顔のままで、わたしにこう告げた。
「愛美ちゃん! 今日はどこに行きたい?」
「……はい?」
怪訝な表情をしているであろうわたしに構わず、由吉さんは話を続ける。
「いやね、今日、蓮は塾の試験らしくて帰ってくるのは遅いし、憂のやつも友達とカラオケに行くらしくて、僕を相手してくれる人がいないんだよね~」
へー、そうなんですかー、と、微妙な態度をとるわたしだったが、次なる由吉さんの提案は、わたしを震え上がらすには十分なものであった。
「と、いうわけで! 今日は愛美ちゃんとデートをしようと思ったわけなんです!」
「………………えっ?」
さっきよりも長いタメをつくって、わたしは素っ頓狂な声を上げた。
デート? 今デートって言ったかこの人?
「いやー、今日は愛美ちゃんをひとり占めできちゃうなー。あっ、でも最初にあったときも二人きりだったから、久しぶりのデートってことになるのかな?」
いやいやいやいや。
勝手に初対面のあの日をデートと表現するのは止めてほしい。
って、そんなことは問題ではなくて、おかしなことになってる!
何があって、わたしは由吉さんとデートなどしなくてはいけないのだ。そんなのは絶対にごめんだ。
しかし、ここでストレートに「嫌です」なんて言えば、下手をしたら泣いてしまうかもしれない。子供みたいにわんわん泣く由吉さんの姿が簡単に想像できてしまうことが空恐ろしい……。犬のおまわりさんの気持ちなど知りたくもない。
何かいい断り方はないか、と考えていると、先ほどまで見ていた文面を思い出し、わたしに選択の余地が残っていることに気付く。
さて、どうするか……。
逡巡するが、どちらのほうが一緒に気を遣わなくて済むのかと考えれば、明白であった。
「ごめんなさい、今日は友達と会う約束があるんです」
由吉さんが来なければ、今まさに断ろうとしたところですけどね。と、余計なことは言わずにしておいた。
「……そっかー。友達と約束があるのなら仕方ないね」
由吉さんは、ちょっとだけ悲しそうな表情をしたあとで、いつものように屈託のない笑みを浮かべていた。
でも、その表情が物悲しさを帯びていたことも、わたしには分かってしまった。
「存分に楽しんでおいで! あっ、そうだ。必要ならお小遣い渡すよ。久瑠実さんには内緒にしてくれるのが条件だけどね」
「いえ……、この前貰ったもので十分ですから」
わたしは以前、近江夫婦からお小遣いとして一万円を受け取っていた。まだそのお札はきれいに残っているので大丈夫だ。
とにかく、わたしの予定を聞いた由吉さんは納得してくれたようで、そのままリビングへと戻っていく。
「……結局、智子の思い通りってことになるのかな」
わたしは、先ほど作成した文章を全て消して、「別にいいよ」とだけ返事をした。
休みの日くらいは、ひとりでいたいものだと悪態を吐きつつ、わたしはクローゼットの中にある服を選ぶことにした。
まぁ、わたしには、お出かけ用の服だとか、お気に入りの服なんてないんだけどね。
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