第14話 初めてのスマホとメッセージ

 結局、わたしが買ったのは、シンプルな白を基調したスマホで、料金プランも一番安いものにした。これは、これ以上近江家の人たちの迷惑にならないようにという、わたしなりの妥協点だった。


 憂ちゃんには、彼女らしい派手なピンク色をした多機能なスマホを推奨されたけれど、もちろん断った(結構強めに)。

 っていうか、親戚名義でも携帯電話って買えるんだ。保護者扱いになるのかな?

 いや、別に今はそんなこと知る必要はないか。

 とにかく、携帯を買うときに、両親に連絡しなくてはいけないという最悪のシナリオだけは勘弁してほしいところだったので、わたしはホッとした。


「よーし。それじゃ早速、連絡先を交換しようか!」

 店員さんが丁寧に初期設定をしてくれたスマホをわたしが受け取ると、由吉さんが子供のようにはしゃいでわたしにそう告げる。

 日曜日なので、店はそれなりに人がいたので、恥ずかしい。

 まるで、わたしがナンパされていて、連絡先を聞かれているみたいじゃないか。

 ……いや、さすがにそれは無理があるか。

 如何せん、携帯電話というものを持ったことがなく、ガラケーという類のものですら触れたことがないわたしは、操作に手間取ってしまったけれど、隣で蓮さんが丁寧に教えてくれたので、なんとか連絡先の交換が完了した。


「ふふふ、私もこれで、安心だわ」

 久瑠実さんも、嬉しそうに微笑む。

 本当に些細なことでも、何でも楽しそうにする人たちだ。

 わたしには、その感情がさっぱりわからなかったけれど。

 それから、しばらく店のなかで憂ちゃんからのレクチャーを受けて、一通りスマホの操作を学習した。

 智子の勉強の教え方と比較するのは少しおかしいかもしれないが、憂ちゃんは典型的な知っていることを教えるのが苦手な子だった。


 なんだよフリックって。

 専門用語混ぜないで。


 あと、憂ちゃんに連絡ツールアプリをほぼ強制的にインストールさせられた。

 そのアプリでは『グループ』といった、多人数で共有できるチャット? のような機能があって、わたしはそのグループに登録させられた。


 グループ名は『近江家』


 うん、非常にわかりやすいし、誰がメンバー登録されているのかも、確認しなくてもわかった。

 そして、わたしが登録し終わると、一斉にメッセージが表示された。


『よろしくね~愛美お姉ちゃん♪』

『よろしく』

『よろしくお願いしますー』

『宜しく! 愛美ちゃん!』


 目の前にいる近江一家が、スマホを握りしめながら、にこっとわたしに微笑む。

 直接言えばいいようなものを、時代の変化を感じてしまう……というのはやや大袈裟か。

 わたしは、その視線から逃げるように買ってもらったばかりのスマホに、たどたどしく文字を打って返信した。


『よろしくおねがいしまさ。。』


 ……わたしはこの時、ちゃんと文字打ちの練習をしようと決意した。

 そして、スマホを買ったあとは、せっかくだからとみんなでお昼ごはんを食べて、駅の近くで展開されているショッピングモールで買い物をした。


 憂ちゃんは嬉しそうに服をたくさん買っていたし、蓮さんはCDショップで色々なバンドの曲を試聴していた。

 わたしも、憂ちゃんの服選びに付き合ってあげたり、蓮さんの隣で音楽を聞いた。

 でも、憂ちゃんの選ぶ服は、女の子らしいヒラヒラした可愛らしいものが多くてとてもわたしが似合うようなものではなかったし、音楽は、相変わらず『俺たちが世界を変えるんだ』とか、普遍的なメッセージが込められたものばかりで、わたしの心には全く響かなかった。

 ホント、自分の感情が死んでしまっていることを、改めて確認させられた気分だった。


 そんなわたしを見て、由吉さんと久瑠実さんは、しつこいくらいに「何か欲しいものはないの?」と聞いてきたけど、そのたびに、わたしは「スマホを買ってもらえただけで十分です」と答えた。

 それが、由吉さんたちには、わたしが謙遜していると思ったみたいで、深くは追及してこなかった。でも、最後に憂ちゃんが大好きだというクレープは、みんなの分を買って食べた。

 わたしは二回目だったけれど、やっぱり、このクレープが美味しいのかどうかは、わからなかった。


 こうして、わたしの近江家での初めての日曜日は幕を閉じた。

 休日って、こんなに大変なのか……と、ベッドの中に入ったときに深いため息をついて、眠った。


 やっぱり、明日なんて来ないでくれ、と願いながら……。

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