第4章 おでかけしましょう
第12話 休日の過ごしかた
わたしと智子の関係は、おおむね順調に進んでいた。
普通の友達のように、教室でおしゃべりするふりをしたり、お昼ごはんを一緒に食べることで同じ時間を過ごす。
智子は約束通り、わたしに干渉してこなかったし、余計なことを聞いてこなかった。
下の名前で呼び合うなんて、そんな大それたことを実行してしまう子だから、若干の契約内容とは異なる関係を築かれるのではないのかと危惧したりなんかもしたけれど、それは杞憂に終わってくれたみたいだ。
むしろ、この関係の利便さを、改めて思い知らされる。
わたしが智子と話すようになると、今まで休み時間に話しかけて来たクラスメイトたちの足が、自然と遠ざかっていくのを肌で感じた。
どうやら、もうわたしには友達ができて、自分たちのグループには属さないから、話しかける必要がないと判断したらしい。
面倒事が、ひとつ解消されたというわけだ。
ただ、わたしの予想外の出来事があったとすれば、智子との放課後の勉強会が日課となってしまったことだ。
「智子、あんたには、予定とかないの?」
毎日わたしの暇つぶしに付き合ってくれる智子に、そう問いただしたことがあった。
これは正直、あとから思えば、お互い余計な干渉はしないという、わたしが自分で言ったルールを無視している質問だったけれど、幸いにも、智子は機嫌を損ねることなく、その質問に答えてくれた。
「うん、大丈夫だよ。私も、あんまり家には帰りたくないから」
「そう……」
さすがにそれ以上、深くは追及しなかった。
それぞれの家庭には、それぞれの事情ってやつがあるのだろう。
わたしだって、家族のことを聞かれたら、黙秘権を行使するだろう。
ただ、家族と言えば、わたしにとってはまた違った形の問題を抱えていた
もちろんそれは、近江一家との関係だ。
つい先日、わたしの嘘が蓮さんにばれてしまっているんじゃないかと疑うようなやりとりがあった。
それ以来、一緒にご飯を食べているときなんかは、この家族がわたしをどう思っているのか気になってしまい、緊張した面持ちで食卓を囲まなくてはいけなくなってしまった。
だけど、そんな心配をよそに、憂ちゃんはこれまで通りわたしに嫌というほど付きまとってくるし(学校でも、勉強会をするといっているのに、教室まで迎えにくる)、由吉さんも久瑠実さんもわたしに対して、凄く優しく接してくれる。
そして、蓮さんもあれ以来、とくに何かを言ってくることはなかった。
そんな感じで、わたしの近江家での生活が一週間ほど過ぎたあたりで、これは当たり前の事象なのだけれど、学校もなにもない、世間で言う、休日がやってきた。
そう、日曜日の到来である。
日曜日。
それは、ほかの学生たちにとって、どういう時間なのかわたしは知らないけれど、少なくとも、わたしは大嫌いな時間だった。
大嫌いな家族の家に、一日中いなきゃいけない時間。
わたしにとって、苦痛の時間であったのは確かだ。
最悪だ。
思い出しただけで頭痛がしてきた。
だけど、もうわたしはそんなことも悩む必要なんてない。
――はずだったのだが。
「あー! 蓮め! また父さんばっかり狙ってるだろ!」
「父さん、これも作戦ですよ。相手の不安材料をつく。勝つための基礎中の基礎です」
「ちょ! パパなんでロブばっかり打つわけ! スマッシュ打たれちゃうよ!」
「ほらほらー、みんながんばってー」
わたしは、新たな悩みの種を抱えていた。
「よしっ、愛美ちゃん、今だよ」
「はっ! はい……!」
蓮さんの合図で、わたしは慌てて自分の右手を振り降ろした。
すると、画面の中のわたしのアバターは、見事なフォームでスマッシュを放った。
「あー、ほらっ、パパのせいで負けちゃったじゃない!」
ふくれっ面でそう呟いた憂ちゃんは、持っていたコントローラーをソファに投げて自分もそこに倒れ込んだ。元々座っていた久瑠実さんは、乱れてしまった憂ちゃんの髪を整えてあげていた。
「やったね。愛美ちゃん。僕たちの完全勝利だ」
満足げに眼鏡の位置を整えながら、蓮さんがわたしを見てくる。多分、今のわたしはどんな反応をしていいのかわからず、苦笑いを浮かべていることだろう。
いったい、わたしは何をやっているのだろう……。
「くそー。お父さんだけまだ一回も勝ってないぞ!」
「つまり、父さんが敗因ってことじゃないですか?」
「そうだよー、パパが全部悪いッ!」
結構、辛辣なことをいう蓮さんと憂ちゃんだった。
そんなわけで、近江家では日曜日の朝からゲーム大会が開幕されていた。
わたしは、ゲームなんてするのは随分と久しぶりだったけれど、それでも、あまり複雑な操作を必要としなかったので、すぐに慣れた。
それに、蓮さんが的確な指示を出してくれるので、先ほどのテニスゲームの試合は一方的なノーサイドゲームだった。
というか、さっき蓮さんと憂ちゃんも言っていたけれど、蓮さんが勝因なのではなく由吉さんが敗因であることは誰が見ても明らかであった。
由吉さんはわたし以上にゲームに不慣れなのか、めちゃくちゃ下手なのである。
さすがのわたしも、怒っている憂ちゃんの味方をしてしまいそうな程だった。
「う~ん。本当のテニスなら負けない自信があるんだけどなー」
「……って言ってるけど、実際のところ、どうなの、ママ? たしかパパってあまり運動神経良くないよね?」
憂ちゃんがそう問いただすと、
「それは、憂ちゃんたちの想像にお任せね」
という久留実さんの答えが返ってきた。
うん、その返答でだいたいわかった。
「やっぱり、パパって運動ダメダメじゃん。よかった、あたそ、パパに似なくて」
「そんなこと言わないでっ! お父さん地味にショック!」
憂ちゃんからの追い打ちに、本気で凹んでいる様子の由吉さん。
全く、この家族は、休日でも、相変わらずだ。
つき合わされるわたしの身も考えてほしいものだ。
そう考えた瞬間に、チラッと、蓮さんを見る。
蓮さんは、端正な顔立ちを綻ばせながら微笑を浮かべていた。
――あの日、わたしを問いただした鋭い目つきなんて、想像できない笑みだった。
だけど、油断はできない。おそらく、蓮さんにはもう、わたしの正体がばれてしまっていると考えたほうがいいだろう。
別に、ばれてどうなるというわけじゃないけれど、それでも、自分を知られるというのはどうしようもない、ストレスだ。
「よし! それじゃ、ゲームはこの辺で終わり!」
そういって、由吉さんが、ゲームの電源を切ってしまう。
一瞬、自分が勝てないから腹いせとばかりにゲームを強制終了(言葉通り、電源を切るという、蛮行と非難される強制終了の方法だ)を行使したのかと思ったが、そういうわけではないらしい。
もしや、あの誰も守らないであろう『ゲームは一時間したら、休憩を挟みましょう』という、メーカー側からの忠告を、由吉さんは律儀に守ったのだろうか?
なんて考えていると、由吉さんは「愛美ちゃん!」と、わたしの名前を呼んだあと、こう告げた。
「みんなで買い物に行くよ!」
……買い物?
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