第7話 面倒事は嫌いだ

 新しいクラスメイトが増えたことによって、教室がちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。転校生が来ることはわかっていたはずだから、その間に「どんなやつが転校してくるんだろう?」と、皆が少なからず興味をもっていたのだろう。


 その証拠に、休み時間になると、まずは女子グループの何組かが声をかけてくる。

 わたしからすれば、迷惑極まりない話だ。


 どこから転校してきたのか?

 前の学校は何が流行っていたのか?

 部活動には入る予定なのか?


 そんな質問が、次から次へとぶつけられる。

 わたしは、できるだけ声の抑揚を抑えて、まだ緊張して上手く話せない転校生を演じてその場を乗り切った。

 きっと、わたしをグループに入れようと目算したのだろうが、残念ながらわたしにその意思はない。

 わたしは、ただただ一人で、学校生活を静かに送りたいだけなんだ。

 ほっといてくれ、と叫びそうになるが、もちろんそんなことは言わない。

 わたしだって、いくら自分が社会不適合者だと認識していても、蔑まれたいわけじゃない。

 ちゃんと、馴染めないなら馴染めないなりに、ひっそりと生きていくつもりだ。


 かわいそうなやつ、なんて絶対に思われたくない。

 死にたくなる。

 クラスに友達はいないけど、浮いているわけじゃない。

 それくらいの立ち位置が、今のわたしが欲しているベストポジションだ。


 だから、何人かの女の子に「今日一緒に遊びにいかない?」と誘われても、「ごめんなさい。まだ引っ越し作業が終わっていなくて……」と、さも申し訳なさそうに辞退した。

 一回断れば、次は誘いにくくなるのが人間というものだ。

 そうやって、少しずつ、クラスメイトたちと距離をとろう。

 そんな感じで、クラスの子たちからの誘いを断ったところで、無事、放課後を迎えた。

 そして、わたしはこのまま近江家へと帰っていく。

 ――はずだったのだが。


「おーいまなみおねえちゃーん! いっしょにかーえろ!」


 教室から出た瞬間、廊下に響いたわたしを呼ぶ声。

 嘘でしょ……、と頭の中で呟いたが、そんなわたしの心の声が聞こえるはずもなく、わたしを呼んだ張本人、憂ちゃんがぴょんぴょんはねながら、わたしのところへやってきた。


「愛美お姉ちゃん! 一緒に帰ろうっ」

 わたしの前まできた憂ちゃんは、先ほどと同じ台詞を言った。

 唯一の救いは、今度は叫ばずに内容を伝えてくれたことだ。

「うっ、うん。そう…………だね」

「よーし、それじゃ出発!」

 わたしの手を引いて、憂ちゃんが廊下を走る。

 慌てるわたしなんて、完全に無視だ。

 そして、無邪気な憂ちゃんは、そのままわたしを学校の外まで連れ出した。

 この子、もしかして意外に体育会系? なんて言葉が頭に浮かんだところで、憂ちゃんが子供らしい無邪気な笑顔でわたしを見て、こう告げた。

「ねぇねぇ、愛美お姉ちゃん! プリクラ撮りに行こうよ!」

「プリクラ?」


 プリクラって……あれだよね? 

 お金を入れて写真とって、それをシールに加工するやつ。

 しかし、何故また急にこの子はそんなことを言い出したのだろう?

「あたし、愛美お姉ちゃんとツーショットのプリクラ欲しいんだー! ねぇーいいでしょー?」

「……うん、別にいいけど」

 ここで駄目って言っても、憂ちゃんは多分わたしが「いいよ」って言うまで解放してくれないことは火を見るよりも明らかだった。

 昔やった、選択肢があるにも関わらず『いいえ』を押し続けても、一向に場面が展開しないゲームを思い出す。

 正直、写真やプリクラみたいに、自分の姿を写させるという行為は、わたしにとってかなりのストレスなのだけれど(小学校の卒業アルバムを貰ったその日にゴミ箱に捨てるほど、わたしは写真が大嫌いなのだ)嫌なことは早めに終わらしておくべきだろう。


「わーい! やった! それじゃ早速、ゲームセンター行こう!」

 わたしの気分とは正反対の憂ちゃんは、上機嫌で手を握ってきて、再び走り出した。


 やっぱりこの子、体育会系だ。

 

〇 〇 〇

 

 繁華街にやって来たわたしたちは、プリクラ専門店に入って、写真を撮影した。

 しかし、プリクラ専門店なる店があるなんて驚きだ。

 わたしの以前住んでいた街にも、こんなものがあったのだろうか?

 プリクラなんて全く興味のなかったわたしが知るはずもない話なのだけれど。


 初心者のわたしは、とにかく呆然と憂ちゃんの指示に従うだけで、ただその場にずっと立ち尽くしていただけだ。

 気付いた時には、あっという間に撮影会は終了していた。

 言われるがままに、ピースサインなんていう、屈辱的なポーズまでしてしまったけど、それは不可抗力ということで自分を納得させた。


「わぁー、可愛く撮れたね! 愛美お姉ちゃん!」

 嬉しそうにする憂ちゃんとは裏腹に、わたしは疲労感で倒れ込んでしまいそうだった。

 この子の相手は、正直肉体的にも、精神的にもキツイ。

 幸いなのは、本人である憂ちゃんが楽しそうにしていることぐらいか。

 実際、憂ちゃんはプリクラの出来栄えが相当気に入ったらしく、早速、自分の手帳のようなものにペタペタと貼り付けていた。


「ねぇねぇ、次は二人で衣装も借りて撮影しようよ。このお店、可愛い洋服をレンタルして撮影もできるんだよ~」

 マジか。絶対にやりたくない。

 瞬時にそう思ったわたしだったけど、ウキウキな憂ちゃんの心に傷をつけるのも嫌だったので、適当な言い訳を取り繕うことにした。


「う~ん。そっか……」

 わたしの返事を聞いて、残念そうにする憂ちゃんだったが、すぐに別のアイディアを提示してきた。

「じゃ、せっかくだから今日はいっぱい遊んで帰ろうよ! ここらへんはあたしの縄張りだから、色々紹介してあげるよ!」


 そう言って、プリクラ専門店を後にしたわたしに待っていたのは、憂ちゃんによる街ぶらロケだった。

 憂ちゃんは、とにかく行動派というか、迷いがない。

 洋服店に入ると「絶対に似合うよ!」と豪語して、わたしを試着室に連れて行っては色んな服を着せたり、有名なアイスチェーン店で呪文のような商品名を頼んだり、とにかく自分の欲望に正直な子だった。


 そして、現在滞在しているこの可愛らしい文房具店では、一目見てお気に入りになったのか、兎のキーホルダーをわたしとお揃いで鞄に付けようなんていってくる。

 その行動はまるで、わたしを楽しませようとしているようだった。

 その気持ちは正直、わたしにとっては迷惑なのだけれど、何故かわたしは、楽しそうにする憂ちゃんの笑顔を見てしまうと、彼女を拒絶することができなくなってしまっていた。


 こんな不思議な気持ちは、生まれて初めてかも知れない。

 そんな風に思ってしまったから、わたしは兎のキーホルダーを持ってきた憂ちゃんに、こんなことを聞いてしまったのだろう。


「……憂ちゅんはさ、わたしと一緒にいて、楽しいの?」


 すると、憂ちゃんは一瞬、何を言われたのかわかっていないように首を傾げたけれど、すぐににこっと満面の笑みをして、こう言った。


「うん! すっごく楽しいよ!」


 その言葉に、一切のお世辞がないことくらい、馬鹿なわたしでもすぐにわかった。


「あのね、前も言ったけど、あたし、お姉ちゃんがずっと欲しかったの! 蓮お兄ちゃんは勉強で忙しそうだし、パパとママは仕事や家事で忙しいし。だからね……こうして学校の帰りに家族の人と遊びに行くのって、すっごくすっごく憧れていたんだ!」

 そう言うと、憂ちゃんは急にぎゅーとわたしを抱きしめた。

 驚いたわたしは、ただただ呆然とするだけだったけれど、同時に納得できることもあった。


 この子を喜ばせているのは、わたしじゃなくて、ただ、今のわたしの立ち位置、ポジションが彼女の欲しかったものだっただけなんだ。


 わたしという個人ではなく、『お姉ちゃん』と呼ばれる立場にいるからこそ、この子はわたしと一緒にいても、こうして楽しそうにしていられるのだ。


 やっぱり、そういうことなのだ。

 わたし個人を好きになる人間なんて、この世にはいない。


 自然と、自分の気持ちが冷めていくのが実感できた。


「だからさ、愛美お姉ちゃん、これから毎日私と一緒に遊ぼうね」

「……毎日は少し困るかな?」

 どんな拷問だ。

 しかし、わたしのその言葉を、憂ちゃんは、全然違う解釈をしてしまったようで、

「そうだよね。さすがにパパにお小遣い増やしてもらわないと毎日は無理だよね」

 なんて、見当はずれなことを言ってきた。

 由吉さん、わたしのためにどうか、しばらくこの子にお小遣いをあげないで下さい。


 そんな届くわけない切実な願いを頭で祈ったところで、わたしに抱き着いていた憂ちゃんが離れたかと思うと、どこかに彼女の視線を向けていることに気が付いた。

「愛美お姉ちゃん、アレ、なんだろう」

 アレ? と、わたしも憂ちゃんと同じ視線をたどっていくと、そこには何やら店員と揉めているらしい女子中学生の姿があった。

「あの人、私たちと同じ学校の人だよね?」

 憂ちゃんの言うとおり、その中学生はわたしたちと同じ、宿木中学校の制服を着ていた。

 鞄も学校指定のものだったが、その鞄を店員に取り上げられて、何やら口論をしているようだった。


 その様子を見て、「あー、なるほど」と、ある程度、事態を把握したわたしは、憂ちゃんにこの場から離れようと提案しようとしたのだが……。

「愛美お姉ちゃん、ちょっと待っててね」

「……ちょ、ちょっと憂ちゃん」

 なんと彼女は、その店員と口論している女子中学生のところまでトコトコと歩き始めたのだ。


 おいおいおいおい。

 わたしの動揺なんて全く気付いていないであろう憂ちゃんは、果たして、その女子生徒に声をかけた。


「あの、どうかしたんですか?」

「えっ!?」

 いきなり後ろから話しかけられたからなのか、その女子生徒が、驚いて振り返った。

「いや……その……」

 女子生徒は、蒼白な顔をしていた。

 ショートカットのヘアピンを付けた髪型で、気弱そうな顔立ちが、今の状況でより一層際立っていた。


「ん? あれって……」

 ただ、わたしは、その顔に少し見覚えがあった。

 そうだ、この子。多分、わたしと同じクラスの子だ。

 窓際の席で、ずっと本を読んでいたような気がする。

 いわゆる、クラスでも目立たないという感じの、そんな女の子。

 ただ、その女の子の今は、酷く動揺していて憂ちゃんの質問にも答えられない状態だった。

 代わりに眉間に皺を寄せた女の店員さんが、憂ちゃんに事情を話してくれた。


「この子、うちの商品を万引きしたんです!」

 面倒くさそうにそう呟く店員さん。

「ちっ、違いますっ!」

 すぐさま否定の言葉を口にした女の子だったけれど、それが店員さんをより一層、不機嫌にさせてしまった。

「違う? 違うってなに? こうやって実際にあなたの鞄から商品が出てきたのよ」

 女子生徒の鞄を持っていた店員さんが、乱暴に中身をまさぐると、確かに値札がついたままのシャープペンシルやキーホルダーが出てきた。

 このお店では、購入したときに値札は取ってくれるはずだから(さっき憂ちゃんが買い物をしているときに確認した)、つまりはレジを通していないということである。

 決定的な、物的証拠だった。


「しっ、知りません! 私、そんなことしてません!」

 しかし、女子生徒は必死に弁解を試みていた。

 正直、見ている側からしたら、店員さんの言い分が通っているように思っても不思議じゃない。

 むしろ自然なことだと思う。

 だから、このまま我関せずという立ち回りでその場を去ろうとしたのだが、


「もしかして、あなたたちも、この子とグルなんじゃないんでしょうね?」


 という、離れているわたしにさえも軽蔑の眼差しを向けてきたので、少しばかり、反抗してみたくなった。


 有り体に云えば、カチンときた、である。


 いやいや、わたしも沸点が低いものだ。


 わたしは、一歩一歩、気持ち的には地面を蹴り飛ばす勢いでその女の店員さんのところまで近づき、言ってやった。

「別に、鞄から商品が出て来たからって、その子が盗んだって限らないでしょ?」

 わたしがそう言うと、明らかに店員さんは怪訝そうな顔をした。

「愛美お姉ちゃん、それって、どういうこと?」

 一方、憂ちゃんは不思議そうな顔でわたしを見る。

 あーあ、面倒くさい、と思いつつ、わたしは店員さんに質問した。


「あのさ、この子が万引きしているところ、ちゃんと見たんですか?」


 やや乱暴な口調になっているのは、この際許してほしいところだ。

 しかし、わたしの質問に対して、店員さんは少しだけ怖気づいたような態度で言った。

「それは……、見ていないけれど、でも、実際にこうして商品が出ているんだから、関係ないでしょ?」

 確かに、店員さんの証言は尤もだったけれど、わたしは、その言葉を聞いて、自分の考えに確信を得た。

「それじゃあ、やっぱり直接見たというわけじゃないんですね?」

「だから、それが何だっていうのよ」

 やれやれ、といわんばかりの態度をとって、わたしは、あることを店員さんに問いただした。


「それならどうして、この子が万引きしているなんて、わかったんですか?」


 わたしの指摘に、店員さんが表情を引きつらせる。

 その反応をみて、わたしの考えが確信に変わった。

「犯行現場を見ていないのに、お客であるこの子の鞄の中をチェックするなんて、余程のことがない限りありえないですよね?」

 少しだけ店員さんを追い詰めるような物言いになってしまっているけれど、それくらいは許してほしい。

 このお店では、商品に防犯用ブザーがついていることもないので、犯行現場を直接見られない限り、身体検査なんてしないはずだ。


 

 ――誰かが、店員に報告をしない限りは。



「一体、なにが言いたいの?」

 しかし、そんな態度が店員さんには気に喰わなかったようで、わたし以上に邪険な態度をとった。

「いや、もしかしたら、別の可能性もあるんじゃないかなーって、思っただけです」

「愛美お姉ちゃん、別の可能性ってなに?」

 わたしにそう尋ねてくる憂ちゃん。

 憂ちゃんのアシストを受けて、わたしは店員さんに告げる。

「もしかしたら、この子の鞄に、他の人がいたずらでこのお店の商品を鞄に入れたって考えられませんかね?」

 わたしがそう言うと、店員さんは目を大きく見開いた。


 そう、こんなの、子供の遊びだ。

 わたしが以前通っていた中学校でも、そんな馬鹿な遊びをして楽しんでいた奴らがいた。


 他人に罪をなすりつけて、それを喜んでいるようなやつら。

 わたしはそんな奴らが、自分の家族の次に嫌いだった。

 だから、そんな奴らが近くにいれば、すぐにわかってしまうのだ。


「それで、あなたに報告して無実の子が慌てふためくのを面白がっていたってところかな? ねぇ、そうでしょ? さっきからそこでジロジロ見ている、誰かさんたち」


 わたしは、店の入り口付近にいた三人のグループに目をやった。

 わたしたちと同じ、中学生くらいの子たちだ。

 全員女の子で、わたしや憂ちゃんとは違う制服を着ていたから、別の学校の人たちなのだろう。

 そして、その女の子たちは、わたしが視線を向けたと同時に、ぎょっとしたように固まってしまったのだが、一人の女の子が、「ヤバいわよ!」と口にすると、それが合図だったかのように、全員が一斉に、店から出て行ってしまった。


「ねぇ、店員さん。追いかけなくていいの?」

「……あっ、ちょ、ちょっと待ちなさい! あなたたち!」

 そんなわたしの指摘に我に返ったのか、店員さんも店から飛び出していった。

 持っていた鞄が、乱暴に通路に落とされてしまって中の教科書が散乱する。

 わたしは無意識に、その教科書を拾い集める。


「はい、コレ。面倒なことに巻き込まれたね」

 お互いさまにね、という言葉は言わずに、わたしは彼女に鞄と拾った教科書を渡した。

「あっ、ありがとう……」

 まだ状況を理解していないのか、その女子生徒はオドオドしながら、わたしから教科書を受け取った。

「すっ、凄いよ愛美お姉ちゃん!」

 一方、憂ちゃんは目をキラキラさせながら、わたしを見ていた。

 どうやらこの子の中で、またひとつ、意図せずに好感度があがってしまったらしい。


 勘弁してよ、全く。

 わたしがため息をついたところで、他の店員さんがやって来て(おせーよ)わたしたちは事の顛末を話すことになった。

 結局、店の防犯カメラなどで確認した結果、わたしたちが助けてしまった女子生徒は、わたしの予想通り、悪質ないたずらに巻き込まれてしまっただけのようだった。

 そして、逃げられてしまったものの、商品を鞄に入れたとされる中学生グループの姿もばっちりカメラに収められていたし、犯行現場らしき場面も残っていたらしい。

 一応、参考人として残ったわたしたちが警察やお店の人から聞かされた事件の内容は、こんな感じだった。

 解放されたときは、すでに時刻は七時を回っていて、日が沈みかけていた。


「あの、本当にありがとうございました!」

 憂ちゃんとともに近江家に向かおうとしたとき、女子生徒が声を掛けてきた。

「えっと、転校生の、遠野さん、だよね?」

 うげっ。

 やっぱりこっちの素性は知られていたか……。

 まぁ、転校生なんて目立つ存在であるわたしが、同じクラスの人たちに気付かれないわけがない。

 わたしも相手がクラスメイトだと気づいたのだ。その逆もさもありなん、である。

 なので、わたしは、そのあとに言われる彼女の告白を遮って、言い放つ。


「べつに、気にしなくていいし、感謝するなんて絶対にやめてね。わたしはただ単に、自分が腹を立てて首突っ込んだだけだから」

 別に、初めからこの子を助けようなんて思っていなかったし、憂ちゃんが気付いていなければ、我関せずの態度を貫き通すつもりだった。

 だから本当に、感謝されるのだけは、まっぴらごめんだ。


「助けて貰ったって思うなら、この子に感謝して。あなたの騒動を見て、最初に動いたのは、この子だから」

 わたしはそう言って、隣にいた憂ちゃんの頭をポンポンと叩いた。

 余計なことに巻き込んだのだ。憂ちゃんには面倒な役割を押し付けよう。

 そう、わたしには面倒なのだ。

 誰かから感謝されることなんて、面倒くさいし、わたしには必要ない。


「わっ、私! 倉敷くらしき智子ともこって言います! 遠野さん、今日は本当にありがとう!」

 しかし、女子生徒は、わたしの話はあまり耳に入っていないようだった。

 ――本当に、こういうのが迷惑なんだ。

 わたしは、これ以上この場所にいるのが嫌になって、無理やり憂ちゃんの手を引いて「行こう」と呟いた。

「いいの?」と、憂ちゃんは少し心配そうな顔をしたけれど、わたしはそれに気が付かない振りをして、その場を立ち去ったのだった。

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