第3話 由吉さんとの出会い

愛美まなみちゃん! 僕のことは由吉ゆきちさんって呼んでくれていいからね!」

「はぁ……、ありがとうございます、ユキチさん」

 わたしが由吉さんの名前を呼ぶと、彼はとても嬉しそうな顔で笑った。


 そして、わたしの手には由吉さんが買ってきてくれたクレープが握られている。

 たくさんのストロベリーがいっぱい包まれた、実に女の子とが好きそうなクレープだった。

 やっぱり由吉さんは、わたしを普通の女の子だと思っているみたいだ。

 わたしは甘いものがあまり好きではないのだけれど、ここでそんなことを言えば空気が悪くなることくらいは理解できるので、精一杯のわたしなりの演技で美味しそうに頂くことにした。


「どう、愛美ちゃん? 美味しい?」

「はい、今まで食べた中で一番美味しいです」

「えっ! そんなに美味しかった! いやー、さすがは憂が見つけてくれたお店だなー」

 わたしの感想を聞いて、また一段と上機嫌になる由吉さん。

 なんだか、ちょっとだけ悪いことをした気持ちになってしまった。


「一番美味しい」なんて言ったけれど、わたしは今日初めてクレープという食べ物を口にしたからだ。

 だから、一番もなにも、ただ比較する対象がないだけで、いわば暫定一位のようなものなのだ。

 嘘ではないのかもしれないけれど、限りなくグレーに近い。


 罪悪感に苛まれながらも、由吉さんの後ろに付いていくと、駅から少し離れた駐車場に白いミニバンが駐車してあった。

 中学生のわたしには知識がなくてはっきりとは断言できないけれど、多分海外メーカーのものだ。


「さぁ、助手席座って座って。あっ、荷物は後ろに置いてくれてかまわないからね」

 車の扉を開けて、私をエスコートする由吉さん。

 本音を言えば、後部座席でゆっくりしたかったんだけど、あまりにも由吉さんが隣に座ってほしそうにするものだから、言われた通り、荷物だけを後ろに乗せて助手席に乗りこむことにした。

 そして、きっちりシートベルトを締めたところで車は発進した。


「愛美ちゃん。あまり緊張しなくていいからね。僕ってこの通り、あまり頼りになるって感じの大人じゃないけど、気軽に話してくれると嬉しいなぁ」

 あまりしゃべらないわたしに気を遣ってくれているのか、由吉さんは明るい声で話し続けてくれる。

 わたしの周りの大人は、いつも不機嫌そうな顔で話しかけてきていたので、由吉さんのこの態度は、わたしにとって、とても新鮮だった。


 ――だからこそ、わたしにしては珍しく、自分から話題を振ってしまったんだと思う。


「あの……、由吉さんは、どうしてわたしなんかを居候させてあげようと思ったんですか?」

「ん?」

 わたしの質問の意図が伝わらなかったのか、不思議そうに首を傾げる由吉さんに、もう少し言葉を付け足して、再度質問する。


「えっと、わたしの家って、親戚付き合いとか全然していませんでしたし、わたし自身も由吉さんとは面識がなかったはずなんですけど……、そんな子をどうして一緒に住まわせてくれるのかなって……」

 さらに言えば、お金を貸した親戚の子供なんて、普通居候させようとは思わないだろう。それに、あの両親のことだ。

 借りたお金なんて、一銭も返していないに違いない。


「あー、成程ねー」

 だけど、そう呟いた由吉さんは、得心がいったといわんばかりにうんうんと何度も頷くだけで、わたしの質問には答えてくれず、代わりにこんな言葉を投げかけてきた。


「それじゃあ逆に聞くんだけど、愛美ちゃんはどうして、僕に手紙を送ってくれたのかな?」

「それは……」

 意外な質問に、わたしは、言葉を詰まらせた。

 だって、わたしはその質問に対して、「別にどんな人でも、わたしみたいなやつを引き取ってくれるなら誰でもよかった」なんて、言えるわけがない。


「まぁ、愛美ちゃんが答えづらいなら、無理に答えなくていいよ。その代わり、僕が愛美ちゃんを迎え入れようと思った理由も教えてあげないよ」

 そう言って、いたずら好きの子供のような無邪気な笑顔を浮かべた由吉さんは、話を打ち切ってしまった。


 由吉さんがわたしを引き取った理由には、ほんの少しだけ興味があったのだけれど、こちらのことを詮索させる事態になるよりも、由吉さんの言うように、ここはお互いに黙っておくことが正解なのかもしれない。


 楽しそうに鼻歌を唄いながら、車の運転をしている由吉さんの横顔をちらっとみて、それからはずっと窓から流れていく景色を見つめた。


 やっぱり慣れないことをするもんじゃないな、と思いながら、窓ガラスに映る不機嫌そうな自分と目が合って、憂鬱な気分になるのだった。

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