第14話
「今日はお一人なんですね。」
突然降って来た聞き覚えのある声に驚きながらも本から顔を上げると、見知った黒髪の少女が立っていた。
「付き合っているからってさすがに四六時中、楓といるわけじゃないからね。今日はあの子バイトだし。栃原さんこそ今日は沙智ちゃんと一緒じゃないの?」
「私もいつも沙智と一緒ってわけじゃないですよ。それに今日はサークルがあるから来ただけです。その前にご飯食べる約束してるので沙智とは会いますけど。あと、花穂でいいですよ。渚さん。」
名字を知ったのは連絡先を交換した時だったが、楓のこともあってどう呼ぶかは迷っていたところだった。
五連休の中日ということもあって大学の図書館は何時もに増して人がおらず、この四階まで来ると人の気配もなく、会話OKのオープンスペース席はガラガラだった。
「もしかして読書の邪魔しちゃいました?」
「いや、そんなことないよ。ちょうどキリのいいところだったし。」
読んでいた作品を閉じる。
本当はキリなど良くなかったが、初めて読む本いうわけでもないのであまり気にしなかった。
持っていたリュックサックを机の上に置き、彼女は隣の席へと座る。
楓に見られたら一言二言言われそうな距離だが幸いにもここには居ない。
「それなら良かったです。ところで、渚さんはどうして大学に?」
「俺も午後からサークルがあるから早く来て本を読んでだけだよ。サークルのためだけに来るのも勿体ないなって思ったから。」
「わかります。家からそんなに近いわけじゃないですから一つの用事とか少しの時間だけのために来るのってもったいないですよね。沙智みたいに大学の近くに住んでるならそれでもいいのかもしれませんけど。」
「沙智ちゃんは下宿なの?」
「そうですよ。あの子、愛媛の出身なんです。今はそうでもないですけど、去年は割と方言入ってましたよ。それはそれで可愛かったんですけど、本人は田舎者みたいで嫌だって言ってました。」
そう言って柔らかく笑いながら口元を隠す仕草は花穂ちゃんのイメージにとても似合っていた。
二人で話すのは初めてだったので距離感を掴めていないのか、彼女の話し方や所作がいつもと違って見えた。席に余裕があるのに隣に、それもこちらに少し近づいて座っていることを考えると警戒されているわけではないだろう。
「方言を話すとこ見てみたかったかも。」
「油断した時とかはまだ出ますよ。自然体の時とかだとぽろっと零れるみたいに。」
「それは仲良くならないと難しいかもね。二人はサークルで知り合ったの?」
「はい。サークルの話しましたっけ?楓ちゃんから聞いてたりします?」
「いや、何も。さっき一緒のサークルって言ってたからさ。」
深い理由はないのだろうが、楓から友達の話がでることは少ないし、彼女の友達のことを俺から尋ねることもほとんどない。
彼女が喜ばないことを俺はしない。
「私たち競技かるた部なんです。知ってます?」
「そうなんだ。あるのは知ってるけど、入ってる人初めて会ったかな。」
「知ってるだけでもいい方だと思いますよ。マイナーですし、サークルがあることも知らない人多いので、『えっ?』って聞き返されること少なくないですし。比較的最近できたサークルですし、そんなに本気でやっているわけでもないので仕方ないですけど。」
彼女の服装に目をやるが当然和装ではなく、ライトグレーのスウェットにブラック系のチェックの入ったスカートという普通の大学生のような格好をしていた。
机の上に置かれたベレー帽はかるたからは程遠い印象を覚える。
「どうかしました?」
「いや、当たり前だけど和服ではないんだなと思ってさ。」
「練習の時はあまり和服着ないんですよ。というより、大会でも和装が義務付けられてないことも多いので、みんなTシャツにジャージとかだったりしますよ。それに着てたとしてもここまでその恰好で来ないですよ。」
「それは知らなかった。思ったより自由なんだね。」
「そうなんですよ。」
会話が止まる。
誰もいない図書館に静寂が響き渡る。
初対面ではないからこそ途切れる会話。
恋人の友達、友達の恋人という微妙な関係故の気まずさを感じる。
こちらを見て待つ彼女もどうすればいいか
「そういえば、花穂ちゃんはサークル前に何かしようと思って図書館まで来たんじゃないの?そっちは大丈夫?」
「あー、資格の勉強でもしようかと思って来たんですよ。せっかくなので沙智との待ち合わせまでここで勉強して良いですか?」
「別に良いよ。邪魔したみたいでごめんね。」
「いえいえ、渚さんがどんな人かは割と気になるので話す機会があって嬉しかったですよ。こちらこそ読書の邪魔をしちゃったので。」
「気にしないでいいよ。」
鞄から筆記用具や本を取り出すのを見て、俺も再び本を開く。
法学部のはずの花穂ちゃんが簿記の勉強をしていることを不思議には思ったが邪魔をしないように口を開かなかった。
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