第12話
付き合っていることを知っていたとしても、外出先で友人が恋人といる場面に遭遇してしまうと気まずいものだ。意気揚々と歩いていたら誤ってぬかるんだ場所を踏んでしまったような感覚に似ている。
二人だけの空間で見せる彼ら彼女らの態度は普段目にする対外的なものとは異なり、時に他人に見せることが憚られることさえある。当然、外なので他の人もいるはずだが、赤の他人の存在は抑止力としては弱い。
恋人とイチャついているところを見られたくない相手として、不動の一位は親、時点は親友だろう。自分のことを知っているからこそ見られたくない。
惚気話をする分には自分が話しても良いと思った部分だけを切り取って語るので、聞いている側はともかく話している側の羞恥は知れている。
逆に友人には隠したい一面などは見られると恥ずかしい。
例えば、デート中の幸せいっぱいオーラをまとった姿など仲の良い友人こそ見せたくない。
つまり、
「めっちゃ恥ずい。えっ、ちょっと待って、待って。どこから見られてたん?いや、あかんって、それは。恥ずかしすぎるやろ。なんでおんの?よりによってさ。」
会話が成り立たないくらいに隣で悶えている恋人は今まさにそういった状況に置かれていた。普段はそこまできつくない関西弁も柄になく全開だ。
「なんでと言われてもこんなところでデートしてたら見かけてしまってもおかしくないんじゃない?それともこれだけ人いたら見つからないと思った?私たちも『なんかめっちゃイチャついてるカップルおるな』って思ったらそれが良く知った友人だとは露ほども思っていなかったわけで。」
「大学から近いところでデートしてたらこうやって会うこともあるでしょ。今までもきっと見つかってたことなんて何度もあるんじゃないの?彼氏に夢中で気が付いてなかっただけでさ。」
楓の様子を堪えられないかのように声を上げて笑いながら見つめる沙智ちゃんと表情を変えずに淡々と指摘する花穂ちゃん。正反対の反応だが二人とも楓のことをここぞとばかりに弄っていた。
ゴールデンウィーク初日、正午を少し過ぎたあたりの商業施設は確かに知り合いが来ている可能性も高いだろうが、人が多いからこそ逆に見つからないと油断していた。それもまさか真後ろで会話を聞かれることになるとは全く想像していなかった。
「二人は何か目的があって来たの?」
「花穂が服買いたいって言うから、とりあえずここに来たって感じかな。楓たちは何か目的があって来たの?」
「特に何か目的があったわけじゃないけど、お店ふらつきながらデートして夕食でも食べて帰ろうかなと思って。家からの距離とか定期とか考えたら、自然とここになっちゃうだけ。大学から近いとかそんなこと考慮に入れてなかった。」
未だに恥ずかしさに悶えている彼女は顔を覆いながら答える
楓はこれ以上恥ずかしいことを聞かれたくないからか本当のことは言わなかった。
テキトーではなく割と考えてから来ているとか、本当は今日帰る予定がないのだとか、そういった墓穴を掘らない程度には彼女は落ち着きを取り戻していた。
「そうなんや。たまたまとはいえ、こうやってあったわけやから一緒に昼食でも食べない?二人のデートの邪魔はしたくないけど、どこか行こうって話が決まらないまま連休に入っちゃったわけだし。それとも昼はもう食べた?」
「いや、まだだよ。」
「それなら一時間くらいデートの時間もらってもいい?」
あの後、花穂ちゃんも交えたグループチャットで、休み前に何度か日程の話はしたが最終的に日程は決まっていなかった。このまま流れていってしまうと思っていたので沙智ちゃんの提案は悪くないと感じる。
隣にいる恋人の様子を伺う。
楓は唸りながら少しの間考え込んでから口を開く。
「いいよ。本当は渚との時間を削るのは惜しいんだけど、その話は私も気になってたからさ。私居ない所で渚と会って進められるよりはこっちの方が良いし。」
「心配しなくてもそんなことしないって。花穂はもいい?」
「もちろん。それにしても相も変わらずにラブラブなんですね。」
皮肉の込められた視線に思わず顔を背ける。
楓もそうだが、仲が良いからこそできる言い草だろう。
「今、花穂のこと可愛いって感じて照れたから視線外したでしょ。」
「違うよ。」
「ふーん。ならいいけど。」
思わぬところに飛び火したのを見て沙智ちゃんが再び声を出して笑う。
休みの日という事もあってどこも混んでいたので、近くにあったチェーン店のカフェに少し並んで入った。
男一人に女三人という奇妙な組み合わせを店員さんに不思議そうに見られた気もしたがいちいち気にしてはいられない。
俺の隣には当然楓が座り、俺の前には沙智ちゃんが座った。
メニューの都合なのか俺より早く注文したのに一番遅くなった花穂ちゃんが座ったところで話が切り出される。
「それでどうする?」
「前に集めた日程からすると――来週くらいかな?」
「ほんとだ。そこくらいしか被ってない。」
「うん、うん。」
「楓もその日なら空いてるみたい」
ホットサンドを頬張りながら隣で頷く彼女の補足をする。
友達が話始めた矢先に食事を始めるあたり楓らしいマイペースさだ。
「じゃあ、それでいいんじゃない。」
「直接顔合わせて話したら早いね。メッセージだとあれだけ進まなかったのに。話し始めてから五分足らずで終わっちゃったよ。」
ココアを一口飲んで、笑いながら沙智ちゃんが語る。
「いや、でもどこ行くか決まってないじゃん。」
「なんか雰囲気良い場所で食事したい。」
口の中のものを咀嚼し飲み込んだのか楓が口を開いた。
「あーわかる。いつもの楓の思いつきだろうけどええやん。」
「私も折角行くなら落ち着いた場所が良いかな。」
「じゃあ、それで。渚、どこかいいとこ知らない?」
「探してみるけど、行きたいとこある人いたら言ってくれたら助かるかな。あと、メンバーはこれだけ?他にも誰か誘う予定?」
「私には連れてこれる彼氏がいないからね。花穂がどうか知らないけど。」
「いないよ。」
「寂しい大学生活だよね。」
そう言う二人が何か意味を込めた視線で俺を見つめる。
訴えかけるようなその目で伝えたいことは予想ができた。
「えーっと、誰か紹介しようか?」
「そう言ってくれるならお願いしようかな。花穂にも合う人いたら是非。」
「私はいいって。今の生活だけで忙しいのに恋人なんて考えられないよ。」
「花穂はそういうけど、まあ、今回じゃなくて別にそういう機会作ってもらえると嬉しいかな。あまり男の子の知り合いいなくてさ。渚君の力を貸してもらえたらと。別に恋愛だけが学生生活の全てじゃないと思ってはいるんだけど、こう楓が楽しそうに恋人の話するの聞いてると影響されちゃってさ。」
来週の予定を立てていた時よりも楽しそうに語りだした沙智ちゃんを見て、思わず苦笑いが漏れそうになったが何とか耐えれたと思う。もしかすると花穂ちゃんにはバレていたかもしれない。
そこからはしばらく沙智ちゃんの理想の男性像とか元カレの話とかガールズトークに分類される話題ばかりになった。
たまに相槌を入れながらもちゃっかり食事をしていた楓と花穂ちゃんは食事を終え、それに気づいた沙智ちゃんが急いで自分の分を食べ始めてようやくその話は落ち着いた。
数えるほどしか会っていないのに話がここまで盛り上がるのは彼女の人柄だろうか、それとも恋人に近い友人だから気が合うのだろうか。そんなことを考えさせられた。
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