第11話

「ところで、この前の話って渚君にもしてくれたの?」

「どの話?」

「来週あたりにご飯でも食べに行かないかって話。」

「したかも。」


 同じ大学の学生たちが一斉に降り、俺たちもその流れに乗って歩いていた。

 改札を出てから構内までの距離はそう遠くない。むしろ、校内に入ってから授業の行われる教室までの道のりの方が遠いくらいだ。学生数がとても多いというわけではないが、総合大学である以上ある程度の学生数と敷地をもっており、授業開始の二十分前には駅についていないと間に合わない。


「いや、そこまでは聞いてないよ。」

「言ったよ。今度遊ぼうって話があるって。」

「確かにそれは聞いたけど、具体的にいつとか全く聞いてないよ。」

「そうだっけ?ごめん。」


 隣を歩く楓は可愛らしい表情で誤魔化そうとした。

 彼女が真ん中になるように歩くのは、俺の隣に他の女の子を歩かせたくないという楓のこだわりゆえだ。


「急な話になっちゃうけど、来週は渚君の予定はどんな感じ?」

「バイトは行ってる日以外は今のところ空いてるかな。あとは楓と会うくらい。」

「じゃあ、楓とのデートの予定でも削ってもらおうかな。」

「いやいや、その予定は最重要だよ。くれぐれもデートの日以外でお願いね。」

「友達より彼氏ってわけですか。」


 友達と一緒に居るところを見たことがないわけでもないが、彼女とは特に仲が良いのか俺の前では見せない楓の仕草に面白味を感じる。

 平均身長より低い楓と女性にしては背の高い沙智ちゃんが並んでいる様は仲の良い姉妹ようにも見えた。


「渚を優先してるわけじゃなくて、ただ単に先約優先ってだけ。それに、私と約束した時間は私のために使ってほしいの。別に四六時中一緒に居てほしいとか、空き時間は全部私に当ててくれないと嫌とかそこまで言うつもりもないから。二人で過ごす時間を大切にしてくれたらそれでいいの。」

「えっーと、――」


 楓の持論に沙智ちゃんが言葉を詰まらせる。

 何か言いたいことがあったが飲み込んだように思えた。

 こちらを楓に合わせていた視線を上げ、俺を一瞥すると言葉を続ける。


「二人がそれで幸せならいいんじゃないかな。ただ、それが独りよがりになっちゃうと危険だからよく話し合うことが大切かな。」

「大丈夫。これは私と渚のルールだから。」


 熱のこもった声でそう宣言する。

 そう。俺たちの間での取り決めだ。

 言葉にして約束したものもあれば暗黙の了解によって成り立っているものもあるが、二人の間には多くの約束が合った。


 相手を信じているから、相手のことが好きだから、お互いを縛っている。

 ルールのほとんどは楓が作ったものだが、俺だって彼女に求めることもあった。

 沙智ちゃんから見れば楓は「愛の重い女の子」に見えてしまうかもしれないが、この束縛が愛の証と信じているから。


「そっか。」


 どこか遠い何かを想いながら呟いたような声だった。

 おそらくそこには理解とは遠い感情が込められている。


「そういうわけだからさ。候補日くれたらこっちから行ける日連絡するよ。」

「わかった。できれば早いうちがいいかな。考えてるだけで話が流れちゃったらもったいないし。」


 少しおかしくなった空気を換えるように話を引き戻す。


「楓に伝えたらいい?」

「それでもいいけど、今後のこともあるしもしよければ連絡先教えてくれないかな?あっ、もしかしてこれも楓の許可必要なやつ?」

「異性と連絡先交換したら報告。それは当たり前でしょ。」

「じゃあ、目の前で交換したら問題ないのね。」

「でも、今はあれだから後で私から二人に送っておく。沙智は法学部等の方に行くんでしょ?なら、向こうじゃない。」


 法学部等のある方向を差しながら彼女は言う。

 文系各学部棟があるのは俺たちの向かうLA棟とは別のブロックなので、ここで別れる必要がある。


「あー、そうだね。一限間に合わなかったら不味いし、私はこっちだから。またね。連絡待ってるから。」

「連絡するように渚に念を押しておくね。」


 そう言って別れ、二人で教養地区の門をくぐる。

 沙智ちゃんが去ってから黙っていた楓が口を開いた。


「渚。浮気しないでね。」

「しないよ。当たり前じゃないか。」


 たったそれだけの会話だったが彼女は少しだけ機嫌が良くなった。



 その日の晩、沙智ちゃんからメッセージが届いた。


『なんとか連絡先教えてもらいました。これから宜しく。』


 可愛い猫のスタンプが添えられたなんとも女の子らしいものだった。


『楓説得するの苦労したんだ(笑)。』

『あの時はすんなりと教えてくれそうだったのに、いざ聞いてみたら色々と質問されたり、「私も見るから」なんて牽制されたりしたよ。』

『そういうこと直接行ってしまえるくらい仲が良いってのは、俺としても嬉しいよ。これからも楓と仲良くしてくれたら嬉しい。』

『なんか渚君が保護者みたいに見えてきた。』


 あまり連絡を取りすぎると楓の機嫌を損ねることが目に見えているので、ほどほどなところで話を切り上げた。

 お互いの携帯電話の中身は相手が求めた場合、拒まずに見せなければならないため下手なことはできない。何より彼女を悲しませたり不安にさせるようなことはしたくない。


 その後、楓ともメッセージのやり取りをし、寝ようかと思った頃にもう一度、沙智ちゃんから連絡があった。


『これはただのお節介だけど、楓のことで何か悩みがあったら相談してほしい。今の楓見てると何だか不安になっちゃって。あの子、少し変わってたり、束縛とか重かったりとかするかもしれないけど良い子だから。渚君より私の方が詳しいなんてことはないかもしれないけど、大切な友人のために私にできることがあれば何時でも言って。力になるから。同性だからわかることもあるし。おやすみ。』


 その文面からは楓への想いが伝わって来た。ただの社交辞令ではなく、友人の力になりたいという彼女の気持ちが詰まっているようだった。


 ただ、沙智ちゃんがそんなことをわざわざ俺に言った意味を、どうしても考えずにはいられなかった。

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