第9話

「『別れるかもしれない』か。」


 椅子に深く腰を掛けて先ほどの菫の言葉について考える。

 確かに学生の頃の恋愛なんてそうかもしれない。実際俺の周りにも結婚だとか嫁だとか旦那だとか言ってたのに一年くらいで別れたやつがいる。学生のうちは所詮その程度の言葉だ。浮ついた気持ちから発せられる言葉にあまり信用性と実効性はない。


 幸いなことに、今まで俺と楓の間には別れ話はなかった。俺も楓もお互いのことを考えて過ごしているのでお互いにそういう気がなかったのだろう。

 お互いの嫌がることはしないし、お互いのためになる行動をする。

 そんなことを続けていて疲れないのかと、友人に聞かれたことがある。確かに疲れるだろう。実際に俺も楓のことを考えながら生活するのが少し難しいくらい忙しい時もあったし、楓もそういうことがあっただろう。


 それでも、俺がそういう方針を貫くのは、彼女に依存してしまっているからかもしれない。楓もまた同じような理由だろう。相手のことを考えていな良ければ不安で、考えていれば幸せ。そんな状態になってしまっているのだろう。

 恋人同士は多かれ少なかれそんなものだろう。それほどまでに相手のことを想っていても別れてしまうかもしれないのだ。

 不満がないといえば嘘にはなるが、一つ二つの不満で別れていては話にならないだろう。大人ではないけど、そこまで子供でもない。だからといって、すべてを割り切れるわけでもない。今後、どこかで不和が生じてしまう可能性はゼロではない。それもわかっているつもりだ。


 なのに、先ほどの菫の言葉が気にかかる。

 あの二歳年上の姉はなにを経験してきたのだろうか。身内の色恋沙汰に興味がなかったので知らないが、とんでもない大恋愛でもしてきたのだろうか。

 少し考えてその可能性を否定する。

 身内びいきが入っているが、姉は見てくれだけは良いかもしれない。しかし、涼花以上に性格に難のある人物だ。あれに付き合ってくれる男というのはなかなか珍しいのではないか。

 かといって大学の四回生にもなって恋愛の経験もない、ましてや彼氏すらいたことがないといいうのもなかなか考えづらい。中にはそういう人もいるかもしれないが、うちの姉に限っては考えづらい。


 ともすれば先ほどの言葉は本人の経験からくるものだろう。

 自分との差は二年だ。その二年でできる恋愛というのは精々一つ二つだ。その短い恋愛の中で得た経験を踏まえてそう言っているのか。

 いや、考えすぎかもしれない。ただ単に一般論として語っているのかもしれない。

 そもそも、先ほどの涼花ではないが菫が何を言ったところで関係はない。結局は俺たち自身の問題であり、他の人に首を突っ込まれては困る。


 そういう点では俗にいうガールズトークというのはとても迷惑で的外れなものなのかもしれない。恋愛なんて第三者がああだこうだと語り合うものではないのだろうし、外側から見えるものだけでわかるものではない。

 よくわからない姉のことをこれ以上考えても仕方がないと思い思考を切り替える。


 体をベッドへと投げ捨てる。


 うちの兄弟を全員知る人からは変人ぞろいだと言われるが、そういわれる原因は涼花だろう。彼女の言葉をいちいち真剣には取っていられない。菫に関してもそうだ。


 ふいに、メッセージが届いたことを知らせる音が鳴る。

 楓からだ。


『今日は椛が変なこと言ったみたいでごめんね。また泊まりに来てね。』

『こっちこそありがとう。椛ちゃんには毎回迷惑かけてごめんって言っておいて。』

『渚が気にする必要なんてないよ。椛には私からきつく言っておきました。』


 姉妹仲は悪くない。だからこその会話だろう。

 気まずい現場を見られた時だって、当日はかなり言い合っていたが、翌日には元通りだった。

 うちの姉妹もそうだ。先ほどのように言い合っていたと思ったら、夕食を食べる頃には普通に会話していたりする。女性と言うのは気持ちの切り替えが早いものなのだろうか。それとも感情に流されやすいのだろか。


『そういえば、沙智が今度一緒に遊ばないかって言ってたけどどうする?』

『沙智ちゃん以外には誰が来るの?』

『わからないけど、花穂は来るんじゃないかな?あの二人はよく一緒に居るし。他に男の子来なかったらハーレムだね。』

『さすがに肩身狭いから呼んでくれた方がありがたいけど。もし、他に誰も来ないって言うなら池ちゃんにでも声かけようか?あいつ、顔は良いから。』


 俺が気軽に呼べて、場をちゃんと理解する人間を考えたところ、楓との共通の知人である彼が真っ先に思い浮かんだ。高校の頃からの付き合いなのでよく知っているという点もあるが、一点を除けばとても良い奴だ。


『沙智は面食いだから池田君は好みかもね。』

『池ちゃんの方は対象外かもしれんけどな。』

『そうかもね(笑)。まあ、詳細決まったらまたこの話はするね。』


 俺たちのやり取りは放っておけばいつまでも続いてしまうため、どちらかが止めることになっている。合図はない。

 彼女と付き合ってから、会わなくてもメールなり電話なりで連絡を交わさなかった日は一日もない。どちらが強制したわけでもなく、お互いがそうしたいと思ったからそうしている。


 ここまで通じ合っている俺たちが破局するなど今まで考えたこともなかった。


 いや、それは嘘だ。

 なぜ自分にそんな嘘などついた。


 思い返せば喧嘩した時に頭に過ったことくらいはあるし、受験期には一度別れることも考えたが、それらはどこかで別れることなどないと思っていたから考えたことだ。


 だが、先ほど考えたそれは少し異なった。

 何故だろうか。

 彼女との別れを想像してしまったのは。

 楓ではなく、詩音しおんの顔が浮かんだのは。

 もう四年も前の事なのに。


 心がいつもよりざわついた。

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