第8話

 自宅に朝帰り(時間はすでに昼近いが)した俺は家族に咎められることもなく、家族に挨拶をして、手を洗い、部屋着に着替えてリビングでテレビを見る。聞こえてきたのは芸能人の不倫への非難だった。

 この頃、テレビから浮気だとか不倫だとかそういう話が良く聞こえてくる。


「なんか最近こういうニュース多いよね。誰に需要があるんだろ。」


 反抗期を過ぎた涼花がそんなことを言う。

 俺に向かって話しかけているのか、姉に対してか、両親に対してか、独り言か。誰も返さない。


 ここ最近だけの話ではないだろう。昔からそれを題材とした映画や小説があったり、大半の男は浮気しているなんていうことがどこかまことしやかに信じられていたり、文化だという芸能人がいたりしたということからも前々より、度々取り上げられてきた話ではあるのだろう。

 最近気になるのは、俺にいま彼女がいてそういう年齢になったからそのような話が耳に入ってきているだけかもしれない。

 それでもここ最近、言い方は悪いがブームのようになっている。もしくは上げ足取りのようにニュースが取り上げている。


 浮気をする男の心情とはどのようなものなのだろうか。俺にはまだわからない。

 でも、何か理由があって浮気をしたんだろうからそのような行動に出たわけだし、何の気なしにというわけではないだろうから思うところがあったはずだ。それが彼女より浮気相手の方に魅力を感じたとかそういうしょうもないものかもしれないがそれでも感じるところはあるはずだ。

 いずれ俺にもわかるのだろうか。わかりたいとは思わないが。


 少なくとも俺の周りでは浮気の話など聞いたことがない。学生という閉鎖的で情報が素早く回る立場にいるので浮気をする人が少なく、浮気をするか迷った場合に彼女と別れることを選ぶのだろう。

 まだ若い俺たちは別れるという事を次へつながることだと考えることができるかもしれないが、これが社会人になって出会いが少なくなってくると話も変わってくるのかもしれない。

 ましてや結婚しているとなるとそう簡単に別れるというわけにはいかなくなる。法的な効果のある関係になっている以上離婚には手続きも必要だし、何より社会的な信頼や立場というものが大きく関係してくる。

 不倫をして離婚ともなればそれは大きな信用問題だろう。ばれてしまっては元も子もないが、隠れて不倫するという事を選択肢として選びたくなることは考えれば俺でも理解できる


 だからと言って不倫や浮気を肯定するわけではないし、それに興味があるわけでもない。興味本位で行うものではないだろうが、行おうとか行いたいといった状態でもない。

 ただ、その過程に学術的に興味があるだけだ。なんていうと楓は冗談だと思ったのか笑ったが半分くらいは本気だし、男女に関する分野が社会学の中に昔からある分野であることも確かだ。


 ただ、その分野はなかなか進歩もせず解明が進むものでもない。

 人の心がわからないとか、理論として説明できるものではないとかそういう問題もあるかもしれないが、一番研究の妨げになっているのは資料の少なさだと聞いた。

 あまり自分の恋愛の記録だとか浮気の記録だとかを赤裸々に書いたものを残す人が少ないというのもあるが、あったとしても資料として公開していないのだ。稀に昔の人の日記として出てきたものが資料としては存在するが、それでも歴史的に見て資料が足りなさすぎる。

 誰もがそれを隠したがるから研究は進まない。みんながやっていることなのに恥ずかしいことかのように隠してしまう。『秘すれば花』というのは能に関する有名な言葉であるが恋愛に関して適応してしまえば厄介な言葉だ。隠すことの重要性というものはあるかもしれないが、それによってさも大事をしているかのように見えてしまうのだ。その実は誰しもが行っているようなこと、石を投げれば恋をしている人に当たる程度のもの。もしかしたら浮気や不倫に関してもそう。


 何度も言うが決して浮気を肯定しているわけではない。

 そう心の中で楓に言い訳をする。


 隠すくらいならしなければいい。するなら大っぴらにすればいい。そんなふうに考えてしまう。それも俺が子供だからだろうか。

 まあ、俺には関係ない。


「渚は楓ちゃんいるんだから浮気しちゃだめだよ。」


 今度は明らかに俺に向けて発言する。


「何それ、楓以外なら良かったってことにも聞こえるけど。」


 真正面からは答えない。


「馬鹿やな。楓ちゃんみたいな良い彼女もらっておいて浮気なんかするなよってことだよ。」

「お前よりは賢い。」

「何それ、渚よりも良い大学行けばいいんでしょ。というか今はそんな話じゃないじゃん。女心がわかってないから馬鹿だって言っただけで。」


 この妹と話すとろくなことがない。


「まあ、楓ちゃんをものにできてるんだからさ、渚だってある程度女心わかってるんじゃないの。」


 後ろからそうとだけ言って、菫はまた始まったと言わんばかりにため息をつく。

 親はいつものことだと無関心だ。


「菫まで渚の味方するとか何それ。」


 年上二人が組んだと思ったのか逆切れに近い文句を言い始める。


「せっかくの休みやって言うのに、土曜日の午前中から弟と妹の言い争いなんか聞きたくないわ。静かに過ごしてさ。」


 喧嘩を止めるように思いながらも菫はいつも火を注ぐ。


「菫は関係ないやん。今は渚と話してるんやから。」

「それ言ったら涼花だって渚と楓ちゃんのことには関係ないやろ。」

「兄の彼女やねんから関係あるやろ。もしかしたら二人目のお姉ちゃんになるかもしれないんやから。」

「それこそ渚と楓ちゃんで決めることであって涼花には関係ないやろ。もしかしたら、別れることになるかもしれないんやし、そんな先のこと話したってしょうがないやん。」

「何それ、楓ちゃんは渚と結婚したいって言ってるんやで。前に女子会した時にそう言ってたやん。両方の親も公認の仲やし別れるなんてことあるわけないやん。」


 姉と妹が喧嘩するのを横目に見ながら俺は自室へ戻る。関西弁をまき散らしながら言い争いだした二人を止めるのはめんどくさいし、また俺に矛先が向いてもめんどくさいので逃げるほうがよいのだ。

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