第4話

 その後も会話中心の授業が進み、最初に行っていた通りいつもよりも少し早めに、一時間ほどで授業は終了した。


「渚は今日、この後どうする予定?」


 終わった途端、楓に声をかけられる。

 昼休みにも同じことを聞かれて、その際に答えた気もするが、彼女のためにもう一度答える。


「四限に独文学入門の授業があるから、どこかで三十分くらい時間つぶそうかなって思ってるけど。」

「私もその授業取ってるから、一緒に本館に行こうよ。沙智たちはこの後、どんな予定?」


 履修登録も一緒にしたので知っているのだが例によって口にはしない。

 彼女たちに話を振るためにもう一度聞いたのだと気づく。


「私は民法五部の授業が本館であるから、少し時間つぶしてから移動しようかと思ってるけど。」

「私も沙智と同じ。」

「なら少しおしゃべりしようよ。沙智にちゃんと渚を紹介したことなかっただろうし、紹介したいなって。」

「いいじゃん。私も楓の彼氏のこと知りたいし。」


 おそらく、楓がそう口にしなくてもこの流れに自然となってはいただろうけど、彼女はそこらへんをはっきりと口にして話を変えたがる。よくわからないこだわりなのだ。

 とにかく、俺ついていじられることが決定したわけではあるが、(文学部と法学部の合同授業なので、男子学生も少なくはないのだが)俺の友人は一人としてこの授業にはいないので楓たちと一緒にいることに反対する理由がないため俺も当事者として話に加わることになる。


「さっそく渚のことを紹介していきたいと思います。さあ、改めて二人に自己紹介をどうぞ。」

「えっと。文学部国文学専攻の野田渚です。」


 促されるままに名乗る。

 彼女の友人に対してどこまで自己紹介をするかは迷いどころだ。沙智ちゃんのように仲の良い子の場合は、楓の方から情報がいっているかもしれないので最低限のことだけ伝える。


「えっ、それだけ?なんか他にもいう事あるでしょ。サークルとか、楓のこととか、楓のどこが好きだとか、楓とはどれくらいの頻度でデートしてるとか。」

「そうだよ。もっと私のこと話してくれていいんだよ。」


 思いのほかずけずけと踏み込んでくる沙智ちゃんに乗っかるようにして楓も俺を煽る。


「楓から説明してくれてもいいのに。」


 投げやり気味にそう言うと、楓は少し拗ねたような表情をして、軽くこちらをにらんだので諦めて楓のことを話すことにした。


「楓とは高校が一緒で、二年生の時にクラスも一緒になって少しずつ話すようになって、付き合うようになったかな。それから、同じ大学を目指して勉強をして、なんとか楓と同じ大学に入れたってところ。」

「という事は、もう三年くらい付き合ってるんや。長いね。」


 ニヤニヤしながら沙智ちゃんが絡んでくる。


「そうだよ。でも、大学は渚が私に合わせたというより、渚のレベルに追いつけるよう渡すが頑張ったって感じかな。」

「そうなん?恋人と一緒に勉強するってなんか憧れるけど、実際にやったら勉強に手が付かなさそうだけど。」

「まあ、最初のうちは勉強するはずがお互いくっついてたり、ちょっとイチャイチャしちゃったりしてたね。」

「それでどうしたん。」


 照れながらも話を続ける。


「最初は家だったんだけど、途中から図書館に行くことにした。家でやったら集中できないけど、図書館とかだとさすがにそうでもなかったし。見てしまいはするけど気になりすぎて集中ができないというほどではないかな。」


 楓は嬉しそうに昔の話をする。彼氏本人の前でその惚気話をすることができるのが楓らしい。俺には恥ずかしくて到底無理なことだ。


「さすがに外ではそんなにいちゃつかないか。」

「むしろ一緒に勉強した方が成績上がったかな。目標も明確になるし、わからない所をある程度聞けたりしたから。」

「いいなぁ。羨ましい。そんな高校生活送ってみたかったわ。青春やね、花穂。」

「えっ、そうだね。憧れはあるけど、私なんて女子校だったからそんなこと無縁すぎて想像もつかなかったな。」


 話を振られて花穂ちゃんが少し慌てながらもそう答えた。楽しそうに話す楓と沙智ちゃんの隣で話を聞いていただけだったが、テンションについて行けないとかそういう事ではなく、話の内容に経験がなかったため相槌しか打てなかったのだろう。

 そんな推測をしていると花穂ちゃんと目が合った。大人しい印象の割に強い目をしている。その瞳に一瞬捕らわれる。それを少し振り払い、楓の方を向き直る。


「どうしたの、渚。そんなに見つめられたら少し照れちゃうよ。」


 楓がいつもの調子で冗談を言う。少し安心する。


「私たちいること忘れていちゃつかないでね。というか、まだ教室なこと忘れてたりしないよね。」

「ちゃんとTPOはわきまえて行動してるから大丈夫だよ。まあ、私より渚の方が人目を気にしてるから、人前では自制してるってのもあるけど。」

「二人きりの時はこれより酷いという事か。」


 花穂ちゃんがボソッとつぶやいた。この子、大人しいように見えて、意外と直球で物を言う子だ。


「酷くはないと思うよ。一般のカップルと同じくらいだよ。二人きりでもみんなといる時も。ねぇ、渚。」


 花穂ちゃんの言葉聞き逃さずに否定する。


「何が一般的かはわからないけどさ。二人がどう思っているかはわからないけど、まあ、そこまで酷くはないと思ってる。」


 自分で酷いなんて思ってるならやらない。


「そうそう。私たちだって時と場合は使い分けてるし、人前でやったとしても腕組んだり、キスしたりくらいだもんね。」

「キスはなかなかやりすぎだと思うけどな。」

「これが噂に言うバカップルってやつなのか。」


 積極的に墓穴を掘っていく楓に、再び花穂ちゃんからの一撃が飛んでくる。その横で沙智ちゃんが声を上げて笑っている。

 これからも四人で行動することがあるならこういう感じで話が進むんだろうなと思うとともに、この組み合わせに対して、安心感のようなものを覚える。

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