牢屋は寒い
俺は裸にされて湿った石の上で寝かされていた。
視線を上げると石壁に血がついている事から投げ入れられたようだ。
座って周りを確認しようとするがご丁寧に両肩の関節が外れたままにされ口には皮で作った洋梨のような器具が咥えさせられ、それが外れないように鉄の枷(かせ)が頭をグルリと巻いている。
両手が動かないから外せない。
あぁ、両手を動かせないようにされた訳か。
口に入れられた器具は皮で俺の唾液と鼻血を吸い込み膨張し僅かな空気の通りしか許さない。
なるほど魔法の詠唱を防止する為か。
肋骨が何本か折れているだろう、こんな枷を着けなくても魔法を使えないだろ…… いや、使えるか……
なんとか座り周りを見ると俺の寝床は牢屋の中で鉄格子の先に松本が1人、座っていた。
「よお山田、おはよう」
俺が口の中の拘束具で話が出来ないのを知っているのだろう松本は話を続ける。
「なぁ山田よ? 聞いたぞオマエの固有スキルか魔法は鍵の云々じゃなかったみたいだな? 」
何の事だ? 本当に固有スキルはキーサーチだ!
俺はやっと痛み出した体で首を何度も横に振る。
松本の手には俺の雷のナイフが……
そうかキーサーチじゃなくて鍛冶屋のスキルがあると勘違いしているな? クソッタレ。
「ふん、反抗的な目をしているな…… まぁどうでもいい、オマエはキッチリと死刑にしてやる。連れてきて何だがな…… 俺の下につけない異世界人は危険だ」
フーッと松本は一息つく。
「もう鏡は無いから日本に帰れない。異世界の事を話せるのはオマエだけで最初で最後…… 仲間になりたかったんだがな—————————————————————————— それからは松本の独白だった。
あの地球にあった鏡は祖父が残したもので、祖父はこの世界の高名な学者兼魔法使いだったそうだ。
祖父は摘(つま)み食いの悪癖(あくへき)があり、女性を取っ替え引っ替えして遊んだそうだ。
獣人・エルフ・ドワーフさらには人間に近い魔物までと節操がなかった。
ある日、魔力の無い女を抱きたくなり空間魔法と次元魔法という如何(いかが)わしい論文と手記を発表するも難解過ぎてパトロン達に無視をされてしまう……
祖父は長い時間をかけて鏡を作り日本に到着して…… というありきたりな理由だった。 色情症(サチリアジス)の知り合いがいたが確かに風俗や出合い系で女を買う為に仕事をしていた。
本人は貧困に喘ぐのだが女を抱くのを辞めない…… 女に狂う人間は生活の全てをそれに捧げしまう。魔法使いで色狂いの人間なら異世界移転のそれぐらいの事を試みるのかもしれないな。
「山田よ? 同郷のよしみでベラベラ喋っているが…… オマエを殺すのは決定だからな? 」
松本は鼻血を噴いて呼吸困難になる俺へ檻の外から瓶に入った水をぶっ掛(か)ける
折れた骨の痛みが、砕けた鼻の苦しさ、みっともない姿にされた事が恨みとなって松本を睨みつける……
「そうそう! その目だわ! 犯罪者として裁くにはちょい見た目が良すぎるんだよテメー 」
俺の睨みに松本は破顔して色々な自慢を始めた
やれ自分が領主だとか
やれ今回の日本から持って来た荷物は医療品でそれがスキル化して回復魔法のチートを得たとか
やれその回復魔法で人民の支持はうなぎ登りだとか
やれ、、 山の集落のエリーの家に俺の提案した土魔法と水魔法の溺死戦法を使ったとか
………… やれ、エリーと父親を殺した犯人として俺を捕まえたとか……………………
フーフーフー……
俺は口から憤怒の息を漏らす。
狂い死にそうな怒りが体を駆け巡り座ってられずに横に倒れ松本を睨みながら猛烈に体をくねらせる。
石の床の上でくねるので俺の半身は傷だらけになるが怒りがおさまらない……
涙と血と涎(よだれ)にまみれながら俺は松本を睨むと松本は満足したのかポツリと楽しそうに呟いて牢屋の監視室を出て行った。
1人、暗闇に残された俺はジブの不甲斐無さに声を殺して泣き続けるしか無かった。
松本の呟き……
俺は…… 翌日の朝に処刑されるらしい。
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裸のままで俺は市中を引き回されている。
ワザワザ、山の集落から人を連れてきたのだろう見知った顔がチラホラとある。
道の両脇に並んだ彼等は俺に石を投げたり、陰部を蹴ったりして俺に怒りをぶつける。
エリーを殺ったのは俺じゃ無い!
口に入れられた器具が邪魔で声が出ない
俺は首を振り涙目で懇願するが、まだ俺の死刑場への道は長いようだ。
殴られて蹴られて…… 嘲笑するケゴに鎖付きほ首輪を引かれて歩く。
せめて雨ならこの喉の渇きと血の味が流せるのになと俺は体の痛みを放棄し虚ろに進んで行く。
道の半ばでドワルド親方と目が合う。
助けてくれと目で訴えるが目を逸らされ石が来る。
あなたもか…… 俺はもうどうしようもなく気が狂い笑顔になるとケゴが笑うなと平手を打ってくる。
ああ、山を降りずにエリーと生きれば良かった…… 彼女と生きたら暖かい人生をおくれただろうか?
エリーの笑顔を思い出していると自分が階段を登り終わっているのに気づく。
成人男性の目線より高くに登らされたそこには演説台とギロチンがあった。
演説台……
俺は一つの希望を胸にグッと胸を張った。
どうやら舞台のような場所にいたようで眼下には俺を睨みつける人々の顔があった。
そこに松本が参上してベラベラと俺がエリーを殺したと冤罪の内容を喋り民衆はそれを受け入れて騒然となる。
「————— つまり、山田は死刑が妥当だと思うが如何(いかが)か!? 」
松本の締めの言葉に民衆は沸き立つ。
地球でも娯楽がなく文化が未熟だった時代は死刑は一種の楽しみだった。
ああ、コイツらは俺が無残に殺されるのを楽しみにしてんだな?
「では山田、最後に一言、神に祈る事を許す」
松本は気分良く俺に振り返り告げると俺の後ろに控える兵士2人に合図する。
俺の後ろにいる兵士は抜き身の剣で俺の背中をチョンチョンと刺しながら演説台の前に立たせると俺の頭の枷を外し口の中にある皮の洋梨を引き抜くとドロリという風に栓で留まっていた体液が俺の胸を濡らした。
俺は一度、深呼吸をする。
なるほどこの世界の空気中に魔力を使う何かが含まれているんだろう。
スキル、魔法を使えると意識しなくても分かる。
それは後ろにいる兵士も分かっているんだろう魔法を使った途端に首を跳ねる構えにスムーズに移行する。
俺は、侮蔑の目を向ける聴衆にニコリとわらい口を開く
「〈キーサーチ〉 ここから逃げる方法を教えやがれ」
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