鍛冶
もうすぐで鍛冶屋の仕事が終わるという日にドワルド親方から呼び出しを受けた。
俺は顔を洗い急ぎでドワルド親方の部屋に向かった。
これは朝起きたばかりじゃなくて俺の顔が炭で煤汚(すすよご)れているからだ。
呼ばれた理由は分かる。
夜勤の次の日、店の定休日だった。
友人も金もないのだからポケーッと鍛冶屋の従業員の休憩所でひたすら水を飲みながら本を読みこんでいた。
ちなみに、この異世界の文法は日本に近く、日本語でいうなら[あいうえお]と10文字を増やした六十音と単語をいくつか覚えられたので、何が書いているかがなんとなく分かる程度にはなれた。
全く、神がいるなら文句をいいたい所だ。声での意思疎通が出来るなら文字も読めるようにしておけよ……
———— 話を戻そう。
だいたいの文字を読む見通しが立ったので昼から鍛冶屋の工房へと顔を出すと休みの日なのでドワルド親方の嫁さん以外が全て外に出ていた。
樽のような男達と思っていたのだが、彼等はファンタジーで言うドワーフという種の民族だった。
コニャックのような匂いをした西洋人にしか見えないが人ではなく亜人なんだそうだ。
「奥さんは外に行かないんですか? 」
「いや、私は代わりに明日休むから大丈夫だよ」
店の受け付けでドアのノブに器用に針金で模様を付けては樹脂で固める内職をしている奥さんはドワルド親方の奥さんで、見た目は少女にしか見えないがドワーフという種族では立派な成人だという。
「あんたは酒を飲みに行かないのかい? 」
「いえ、この若い体は酔いやすいようで酒を飲むのは決めた日だけにしようと…… 」
「この体って…… 言い方が変だねぇ」
俺は苦笑をしながら鍛冶場を使っていいかと了解を得る。
もう少しで鍛冶屋の仕事も終わるのでナイフでも作ろうと考えたのだ。
大鉈(おおナタ)は取り回しが悪いからな。
今回の鍛冶屋で働いた利点は寝食がタダだけではない、というのも働いてから知らされたのだが鍛冶の練習でそれぞれの工員の太腿(ふともも)の長さまでの鉄製品を作りそれを持ち帰る事が許されるという。
ドワーフは製造には寛大な心を持ち、良き物を作った火は精霊の加護を受けると信じている。
それを利用してやらない手はないだろう。
工業大学出で自宅に小型の旋盤などのマシンがあるならナイフ作りはすると思う…… どうだろう?
ドワルド鍛冶屋のは火の魔石という種火で火を落とす事は無い。
作業の為にそこらに散らばる平たい屑鉄を拾い鍋に入れて煮る。
純度が低い鉄だが…… さて溶けるかな?
鉄を溶かすにはかなりの温度が必要だ。
そこは魔法世界で素晴らしい。魔力をガンガン炉の前にある足場パネルに流すと火力が強くなる。
「しかし…… 」
「————白色の火? 」
「あぁ、奥さん見てたんですか? 」
そう白い火が出たのだ。
俺の地球での経験としては見た事が無い。
しかし…… 想像はつく。
絵本を読み終わり、他の技術本が積まれていたので目を通したのだが魔法はイメージに左右される部分があるという
俺は今、鉄を溶かす段になりこの作業を溶接と結びつけている
雷魔法と火魔法が合わさり変容したのだろう。
溶けて型に伸ばした鉄は少し冷めるとバチバチと音を鳴らして薄く光る。
「ヤマダ、あんた何をしたんだい? 」
「…… さぁ? 」
金になりそうなのでその場で秘匿として奥さんの質問をはぐらかし雷の鉄を白い火に入れる。
一般的なコンバットナイフより少し大ぶりで小太刀(こだち)に近い大きさの雷の鉄は白い火に喜ぶようにジーーッと低い音を鳴らす…… 何かに似た音だと記憶を探ると夏場のサービスエリアのトイレに吊るしてある蚊を殺す電撃の殺虫灯のような低音だ
白い火から出した雷鉄は赤く温まりジジ…… と音を鳴らす。
「凄いね…… 私はドワーフの女として生まれて鍛冶に生きてきたけどこんな鉄は初めて見たよ」
「奥さん、危ないですよ? 」
高温の鉄をお菓子を選ぶように近づいて見る少女というのは実に怖い。
腕と肘で優しく奥さんを押し避けて鉄の台座に乗せ鉄のハンマーで雷鉄を叩き曲げてまた叩く。
「っあっつ…… ! 」
酸化鉄だけではなく、不純物が多いのか飛び散る火花が多い
「ヤマダなんで曲げてるの? 型に流した方が早いじゃない? 」
そう鋳物(いもの)は出来るのも量産も早い…… だが折れやすいんだよ。
魔物がいて殺人が道義的に寛容な世界で得物がポキリと折れる心配は少ない方がいい。
曲げて火に入れ叩き、伸ばして刃物の形にしていく。
ハンマーで叩く度にパリッパリッと電気が走るのが美しい……
ニヤニヤしているだろう顔を引き締めて仕上げていく。ある程度の刃物の形になるともう少しだ。
「後は削りと研磨か」
「ちょい待ちなさいヤマダ、そのままで店の買い取りに出さない? 」
———— 店の備品と素材を使っているのに買い取りを言うのか…… 甘いな…… しかしその考えに甘えさせてもらおう。
「嫌です」
「断るそれは分かっている。 だからそれなりの金額を用意するから…… どう? 売らない? 」
俺は首を横に振り無言で拒否すると奥さんは肩を落とし残念で羨ましい目を雷鉄に向ける。
問答無用で取り上げないな。本当に甘い。
俺は自分の鞄から研磨石と研磨剤(エメリー)を取り出す。
あとはゴシゴシとひたすら形を整え磨き続けた——————————————————————————……
「ヤマダ」
「はい、なんでしょうか奥さん」
「そのナイフを売れとは言わないわ…… 欲しいけど見事過ぎるわ…… 売りたくないという気持ちがよく分かるしね」
窓から入る月の光に雷のナイフを照らし見ていると奥さんから声がかかる。
店番はどうした?
雷のナイフはうっすらと光り存在感を見せつけているようだ。
「追加で予算を出すから、白い火だけ使わせてくれないかい? 」
それならと俺は了解をした。
そこで冒頭の親方からの呼び出しだ。
俺は金属を磨く仕事から、パネルを椅子に座り踏み魔力を流すだけのお仕事にランクアップした。
ただ、火のそばなので顔に煤がつくのがアレだが奥さんに提示された額面と冒険者ギルドの依頼料それに……
「ヤマダ! この白い火は凄いな! 」
「ドワーフの魂に火がついたぞい! 」
仕事仲間の笑顔ってのはどの世界でも良いもんだなと仕事で得たものに笑顔する。
俺は拵(こしらえ)を施した雷のナイフをひと撫でして親方の部屋に向かった。
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