巣穴
なるほど、この店の入り口に扉が無い理由がわかった。
この世界の冒険者という家業は魔物を狩る依頼もある。
魔物には日中に活動する者だけではなく、夜行性の魔物もいるのだ。
そんな夜行性の魔物を狩る冒険者が武器や防具を戦闘で壊した場合には町に戻り武器を購入しないといけない。
宵の口ならまだまだ十分に仕事を仕切り直し出来る、夜中なら朝方まで頑張れる、未明なら早朝の魔物を探せる…… つまりこの世界ではコンビニのように鍛冶屋は24時間、店員を常駐させるのが当然とされている。
「おうヤマダ」
「——— やあケゴか」
「…… 今晩は」
依頼の4日目に俺へ夜勤の仕事がまわってきた。
ポツリポツリと冷やかしの人間が入った後の夜中に警護団のケゴが来店した。
ケゴはニヤリと笑った後に隣にいる少女の尻を触る。
なにも人の女を取りゃしねーよ。
少女もケゴと同じに帯剣しているので警護団の何かだろうが実質はケゴ付きの女の小姓(こしょう)なんだろうがしかし……
「オマエさんの役職は想像していたより
「…… なぜそう思う? 」
「ん? 女を帯剣させて侍(はべ)らせるような甲斐性は一般兵士には無理だろう。それともそういうプレイがお好きか? 」
ケゴは苦笑して両手を振り戯ける。降参ってか?
「ケゴ様、この子は? 」
「ん————————…… ? なんつーか説明に困るが山の集落にいた子供? 」
ケゴはニヤニヤして小姓に俺の紹介をする
「まぁ、それでいいさ何才からがこの国の成人か分からんしな」
「ちなみにヤマダは何才なんだ? 」
「53歳と言ったら? 」
「ハッ! いう気が無いならつまらん謎かけはやめろ」
全く…… 本当の事を言っているのに解(げ)せぬな
俺はケゴを冷やかしと判断して読んでいた分厚い本に目を戻す。
俺は鍛冶屋に備え付けてあった値段の高そうな子供用の文字の練習本を読んでいる。この世界は平板印刷機もまだないようで全てが手書きの本なのだがページ毎に複製した筆者が違い実に読みにくい
挿絵に至っては画力の無い者が描くページは教育とは逆に混乱の極みである。
冒険者ギルドで鍛冶屋の依頼を受けた際も職員から口頭で依頼内容を聞いたのだが…… なぜか言葉は通じるが文字は読めないというのは予想出来ない程に不便でありまた識字教育を受けていないと言って回るようなもので非常にプライドが傷つく。
ケゴは俺が絵本を真剣に読んでいるのを見て「ふーん」 という顔をする。
しまったなこの異世界の文字をまだ読めないという情報を渡してしまった。
「はぁー…… さて、要件はなんだ? 」
パタンと栞を挟み俺は絵本を閉じた。
「いや、愚痴を言いに来た」
「やはり冷やかしかよ」
俺は唖然としてまた本を開いた。
フーッと息が漏れる音に目をやるとケゴの小姓が口を歪めて怒っている。知らんがな。
俺は徹底して本を読むことにした。
「そうそい、話半分で聞いてくれよな! ヤマダ! 」
ケゴの愚痴は至極簡単だった
この異世界にいるゴブリンという魔物が町の極めて近い場所に巣を張りだしたらしい。
〈キーサーチ〉
①近場の脅威
②ゴブリンの探索
▽◁南西方面 2キロ→ 脅威[中程度] 地中に穴を掘り棲息(せいそく)
なるほど、これか…… おれは本に目を向けてながらキーサーチを使う。意外と大事のようで奥歯を噛みしめる。
「普通、ゴブリンなんざ要領良くすれば数がいても対応できるんだが、今回は面倒でな」
「資金的か? 環境的か? もしかして穴に潜るのが暗くて怖いか? 」
「………… 環境だ。ゴブリンの作った穴が難解でな小さいゴブリンの体に合わせて堀やがったから灯りを入れれねえし鎧を装備した人間が入るには狭いんだ」
「…… ケゴ様、穴の…… 」
「いい、言うな」
小姓は穴の中が怖いと弱音を吐こうとして止められたか?
俺は相変わらず本から目を離さず睨みながらケゴに提案をする。
「————— 土の魔法ってあるな? 」
「もちろんある…… し、ウチのこの町の支部にも10名以上は使用できる奴がいるが…… なんだ? 入り口に壁でも作れってのか? 」
「いや、埋めればいい」
「…… ん? 」
「ゴブリンの巣は地中にあるんだろ? なら巣の上に兵士を並べて土魔法で地中の穴を埋めてやればいい。完全に埋めなくても等間隔に並べて魔力が続く限り地中の穴を埋めながら土魔法を使える兵士を歩かせたら終わるだろ? 」
……
…………
ん? 静かになったな…… 逆に静か過ぎるのも気になるから俺は顔を上げてケゴを見る。
ケゴと小姓の女は非常に険しい顔で俺を睨んでいた。
「ヤマダ2つ…… 確認したい」
「…… なんだ? 敵対しないなら答えてやる」
「是非とも敵対しないでくれ。一つ…… なぜゴブリンの巣が土穴にあると知っていた? 二つ…… オマエが考えた作戦なのか? 」
ああ、そうかキーサーチで事前情報を知りすがたか
「一つ目はノーコメント…… スキルか何かだと判断してもらったらいい。第2は、まぁ頼れると思った人間は酒を飲んで目覚めたら消えているし、鍛冶屋で丁稚をしているという事で察してくれ」
「…… すまん 」
「いや、いいそれでどうする? 」
「あぁ、悪いが仕事を思い出した邪魔したな」
「ふん…… ありがとうございましたー お帰りはあちらでーす」
俺は本来の業務である売り子の業務に勤める。
早く帰れ。字を覚えさせろ。
「クックック…… また礼をする」
「ああ」
まぁ暇つぶしに丁度良かった…… としておこうか。
——————————————————————————……
ケゴは鍛冶屋から少し離れて足を止める
今のヤマダの作戦を反芻して忘れないようにしているのだ。
「ーーー、 ケゴ様、アレは本当に子供なのですか? 」
「俺も自信がないな…… まぁ敵じゃないと自ら言うんだから受け入れた方がお得だ。変に勘繰(かんぐ)ると、ああいう手合いは面倒な敵になるぞ? 」
「手合いとは…… 随分と…… 」
「悪い言い方だな…… しかし」
ケゴは「胡散臭い奴だ」という言葉を飲み込んだ。
ヤマダは視点がどうもこの世界の普通と違うような気がする。
もしこの女がヤマダを頼る時が来たら不用意な発言はするべきではない。
一つのピースが違えばヤマダは敵に成り得る相手だと心から警戒もしているのだ。
「オマエはそれだけしか気付かないか? 」
「え? 」
ケゴは女から興味を失い無表情になりプイと顔を逸らして歩き始める
オマエは知恵が回るが応用が利かないな……
例えば、敵の一団が家屋に籠城(ろうじょう)している時に土魔法で家屋内を埋めてしまえば容赦なくこちらが無傷で殲滅できるだろう。
今まで、火魔法や風魔法やらより劣ると考えられていた土魔法の転換点にあると気付けないならオマエはそれまでだ。
翌朝—————————
ゴブリンの巣穴の上に警護団が並ぶ
「ケゴ様、」
「おう、では…… はじめ! 」
この町の警護団で土魔法が使える人員は全てで15人在籍していた。
その全てをゴブリンの巣穴の入り口から伸びているだろう場所に整列させゴブリンの地中の穴を魔法で埋めていく。
おそらく…… ゴブリンは人間の女をどこかから攫(さら)い巣穴の中で強姦を繰り返しているだろう。
ゴブリンの精子には魔石が含まれており、注ぎ込まれた子宮は種族関係無く妊娠をしてしまう。
捕まった女性のだいたいが四肢を切り落とすかハンマーで打ち砕き鎖に繋がれてた状態で出産と性欲の処理道具となる。
発見され救出されても気が狂い四肢も戻らず傷口から壊死が始まり死ぬか家族が殺す事になる。
四肢が無事でも流し込まれる精子に含まれる魔石が膣や子宮を傷つけ、傷からゴブリンの体液が入り腐ったように腹が変形する。
どちらにせよ福祉が不全のこの世界では自ら死ぬか泥水を啜(すす)り生きるしかないのである。
土魔法を使う者は魔法を地面に流すと地中にある空洞が分かるようで効率良くゴブリンの巣を埋める事に成功し昼を過ぎる頃には仕事は終了した。
…… これは予想以上に凄まじいな
ケゴは仕事が終わり水魔法使いが出す水を手で掬(すく)い飲み笑い合うのを見て考える。
ゴブリンの魔石や巣に備蓄されたアイテムを棄て置くのは惜しい気もするが時間、予算、被害の全てがこの作戦の有用性を示している。
ケゴはこの報告書には山田の名前を記そうと心に決めて言葉も無く頷いた。
もし警護団本部に今回のような奇策をねだられてもケゴは捻り出す自信がないのだ。 自身が作戦の発案者としてしまうと面倒な事 になるだろうならば山田との繋がりを書類に残そうと考え至った———————— 。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます