第十二話

 船から飛び降り、身体を浮かせる。雷霆の力がそのまま自身の能力になっているので特に飛行に苦戦することはなかった。不思議な感覚ではあるが、違和感はない。

 厚い雲に覆われ暗くなった空に向かって飛ぶ。風は依然風力を増している。街の一部では、屋根が吹き飛ばされている建物も見られる。

 巨大な風車が高速で回転しているため、上空では不規則な風が流れていた。


「フハハハハ、なんだか随分と見た目が変わったねぇ? 神様にでもなったつもりかい?」


 大鎌を肩にかけて笑うエルド。神様か……雷霆は神様の武器だったんだ、そんな神器を使っているのだから、俺は神様の代わりなのかもしれない。


「まあ、そんなところ。一応聞いて起きたんだけど、ここで引いてくれたりしないかな」

「それは無理なお願いだ。君を倒して、僕はさらに強くなる! はああああああああああ!!!!!」


 エルドはそう言うと大鎌を大きく振るわせながら攻撃を仕掛けてきた。余波のように迫ってくる風の刃を雷を出して消す。そしてそのまま雷を使いコアを壊そうとする。が、避けられてしまった。


「おっと……これは本気を出さないと勝てなそうだ」

「全力で行くよ!」


 風の刃に応戦するようにこちらも雷の槍を飛ばす。弓矢のようにいくつも発射される雷の槍は、今手に持っている雷霆の複製のようなものだ。普段雷霆が武器として使っている雷の槍がこれだ。

 正面に飛んできた風の刃を雷で処理した瞬間、エルドが距離を詰めてきた。いくら戦闘訓練をしたとは言え俺はまだ始めたばかりの素人、実力の差が出てしまった。


「くっ、おおおお!!」


 大鎌を雷霆で受けとめ、はじき返す。コアに攻撃できたかもしれないのに、勿体ないことをした。

 エルドがを見ると、距離を取り大鎌を構えていた。大鎌は何やら緑色の光を発している。


「そらっ! 吹き飛べぇ!!」


 そう叫びながら大鎌から巨大な風の刃が飛んでくる。俺はその風の刃を雷で作った盾で受け止めようとする。


「うぐ……が、ぐああああ!」


 今までの風の刃とは比にならない威力の風。重い、重すぎる。この風を受け止めきることは不可能だ。少しでも気を抜けば風が雷を突き破り、俺の身体に直撃してしまう。

 そう思った俺は、風の刃を相殺させるために雷を全力で放出した。

 その結果、風は雷が刃を貫いた瞬間に別方向に飛び散り、俺の頬を掠めて巨大な風車の中心に直撃する。船よりも上に風車があったため、壊れた風車が城の前に落下してしまった。船からルーンさんが城へ向かおうとしているところが見える。怪我人が居ないか確認しに行ったのだろう。


「なっ!」

「あはははははは!! 盛大に壊れたねぇ! 国の象徴が!」

「お前っ……!」

「そう怒るなよ。悔しいんだったらさぁ、死ぬ気で守ってみろ!!」


 流石に先程の強力な風の刃はポンポン出せるものではないようで、今まで多用していた風の刃をいくつも飛ばしてくる。


 街に向かって。


「やめろ!」

「ほら! まーた壊れるぞぉ!? 守んなくていいのぉ!?」

「くぅ……!」


 俺が守れば街は壊れない、なら、今は守るしかないだろ!!

 無数の風の刃を、いくつもの雷の槍を飛ばしながら応戦する。意識をそちらに向けながらなので集中ができない。コアと風の刃とエルドの攻撃、やるべきことが多すぎる。


「あ、しまっ!」


 しまった、という暇もなく家が一つ崩壊する。そちらに意識が向いてしまったことによりエルドが距離を詰めてきていることに気が付かなかった。


「そらぁ!!!」

「うあああ!」


 エルドの大鎌が俺の左肩に突き刺さる。鋭い痛みと共にこの世界に来た初日に味わった痛みがフラッシュバックする。怖い、痛い、熱い、熱い熱い熱い!!!

 力が抜け、飛行を維持できなくなってしまった。落下しながら、視界が暗転する。


「クルトさん!」


 声を掛けられ、ハッとする。気が付くとペガシスの上でルーンさんに治癒の魔術を掛けられていた。痛みが少しずつだが引いていく。


「ど、どのくらい気を失ってたの?」

「ほんの一瞬ですぅ。声を掛けたらすぐに目を覚ましましたよぉ」

「そ、そっか」


 城まで飛行し、ペガシスから降りる。まだ少しだけ治療が必要なようだ。


「雷で一気にバーン! ってやればいいじゃないですかぁ」

「あいつ、街を攻撃してるんですよ。それを防ぐのに必死で……」


 おまけに嵐で常に強風が吹いていて、風の刃の軌道が読みにくくなってるのだから、難易度が高すぎる。


「おう、兄ちゃん。まさかお前さんがこんなに戦ってるとはな。驚いたぞ」

「リ、リンゴのおじさん……?」


 声を掛けられて顔を上げると、目の前に昨日リンゴを買った店のおじさんが立っていた。雷霆も覚えていたようでバチバチと雷を走らせている。


「街を守りながら戦ってるんだってなあ? でもよ、それで負けたら意味ねぇだろ?」

「でも、そうしないと街が壊れちゃうじゃないですか!」


 街を壊さないようにしながら戦わなければいけない。それができるなら、それをするべきだ。


「あのなぁ、街なんて後から直せるんだよ。一番替えが利かないのは命だろ? お前が戦って、街がぶっ壊れても誰もあんたを責めたりなんかしない。なあみんな! そうだろ!!?」

「そうだそうだ!」

「気にせずぶっ飛ばしてやれ!!」


 城から住民が出てきて色々な声を掛けてくれる。励ましの声、背中を押してくれる声。そのすべての声が、消極的な気持ちを消し去ってくれた。


「みんなこう言ってる。どうだ、これでも街を守ることを言い訳にして勝てないっていうのか? お前にしかできないんだろ?」

「……ええ、絶対に勝ちます」


 街が壊れてしまうのは申し訳ないが、エルドがそこに付け込んで攻撃を仕掛けてきているのは事実。

 街を気にせずに戦ったら、どこまで戦えるだろうか。少なくとも、今までのような守りに徹した戦術にはならないだろう。


「クルトさん、治療完了しました!」

「マスター、最大出力で行きますよ」

「もちろん!」


 バチバチと雷を散らしながら、目標を見据える。このまま一直線にエルドを攻撃する。

 覚悟はもうすでにできている。

 3、2、1……ゴー!


「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 放たれた矢のごとく、光となってエルドに突き刺さる。


「ぐああ!? な、なんだ!?」


 エルドの身体の中心には当たらず、わき腹を掠めた。それでも、かなりのダメージになっているはずだ。

 黒い鎧は一部が抉れたが、徐々に再生していく。あれも悪魔の力だろうか。だとすれば、その力で回復している?


「残念だったね、君には僕を倒せない!」


 例のごとく街に向かって風の刃を放つエルド。しかし、俺はそれを無視して攻撃を続ける。

 壊れる建物の音が聞こえないほどの集中力。このまま押し切る。


「こ、この力は……! やっぱり、今までは全力じゃなかったんだ。困ったな」


 前に、強敵との戦闘についてシキさんが教えてくれた。確か、こう言っていたか。

『隙をつくだけじゃ勝てない。隙を作るんだ。誰でも、猛烈な攻撃を受けたら隙が生まれる。隙なんて、待っていても出てこないんだ』と。

 ならば、今はひたすら攻撃を繰り返すだけだ。隙を作り、隙をつく。それを忘れないようにしながら冷静に、的確に、攻撃を続ける。


「――――――しゅっ!」

「この程度なら! あ、あれ!? なんだ、おい! なんでだよ! どうして力が上がらない!」


 力が上がらない……? それは、前に言っていた悪魔の力の源だろうか。

 今までは街を破壊して人々を恐怖させ力を得ていたのだろうが、今ではそれは意味がない。


「恐怖心が力の源なら、それ以上力は上がらないよ。だって今、みんなは俺の勝利を信じているから!!! 俺達が希望を持つ限り……俺はお前には負けない!」

「ふ、ふざけるなああああああああああああ!!!!」


 激情しながらエルドが襲い掛かってくる。強風を帯びた大鎌の猛攻。

 大丈夫、勢い余った風が街まで飛んでいくが、最後にエルドさえ倒せば解決する。


「くそっ……ああ?」


 エルドが何かに気づいたような反応をした。いや、通信を受け取ったのだろうか。

 だとすれば……。


「吹き飛べ!」


 エルドが右に移動する。見えるようになったのは、紫色の光を放つ巨大な鉄の船だった。


「あの光って……まさか!!」


 ある予感が的中する。

 鉄の船から放たれている光は、質量を持った光線となって地面を抉りながら上がってくる。まずい、このままだと光に飲まれる……!!!


「マスター! 光になって!」

「うぇええ!? お、おおおおお!!」


 よくわからないが雷霆が光になれというので俺自身が光になるイメージをする。

 そうだ、あの時、地上からエルドのいる空中へ一瞬で移動したあの時俺は半分光になっていた。いや、雷そのものとなり、巨大な槍になっていたんだ。

 同じことをすれば、避けられる!


 シュッと一瞬光に包まれ、時間がゆっくり流れているように感じた。次の瞬間、ビィィィンという機械音と共に身体の真横を紫色の光線が通過した。


「なんだよそりゃ!! なんで戦艦リバラシオンの光線を避けれるんだ!!」

「俺もわからない! 覚悟!!」


 勢いで次々攻撃を繰り出す。焦っているのかエルドは攻撃を防ぐことに精いっぱいだった。

 そして、これまでで一番魔力を込めた一撃を大鎌に向けて放つ。魔力を、体中の魔力を集中させろ。俺の魔力はそのまま雷の威力へ変わる。まだだ、まだ強化できる。


「ぐ、なんなんだ! お前は!!」


 これ以上は魔力を込められない。そう思った次の瞬間、巨大な雷が雷霆に落ちた。

 限界を超えた力が雷霆に宿る。

 そして、エルドに対する返答。今の俺が答えられることがあるとすれば、この言葉に尽きる。


「ただの、救世主だあああああああああああああああああああああああ!!!!」


 そう叫んだ瞬間、エルドは俺の力を受け止めることができずにのけぞった。作った! 最高の隙を!!


「これで、終わりだああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 残った力を振り絞り、雷霆を大鎌に向けて突く。

 そのままでは到底届くはずのない短槍は、自身の大きさを超越する長さまで伸び、大鎌に埋め込まれたコアを貫いた。

 勢いは止まらず、雷は空まで貫いた。周囲の雲が晴れ、太陽がローレルの街を照らす。


 街はボロボロだが、綺麗に光り輝いている。守り切ったんだ。街ではない、この国の人の、エルフの魂を。

 俺の、俺達の勝利だ。

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