第十話

 ハンバーグとふかし芋を食べた俺は、午後をベルフェゴールの悪魔像の周りで時間を潰した。

 夜まで粘ったが特に異常はない、黒づくめの男も見かけない。ごく普通の平和なローレルの街並みだった。仕方なく、食事をしてその日は終わった。


 そして翌日、俺達は悪魔像に向かっていた。


「もうよ、黒づくめの男って奴を見つけりゃいいんじゃねーの?」

「悪魔像の近くで見かけるらしいから結局ここにいた方がいいんじゃない? ほら、丁度あんな感じの……」


 ガジットの言葉に、俺は悪魔像の前にいる黒づくめの男を指差しながら言葉を発する。

 ……ん? あれ、例の黒づくめの男じゃね? え、本人じゃん?


「あーっ!! あいつ! あいつだよ!!」

「拘束します!」


 命令するよりも早く雷霆が黒づくめの男に向かって飛び出した。

 が、相手はそれに気づいたのか何かを掲げながら笑った。


「っ昨日の……だがもう遅い! フハハハハハ!!!」

「待てっ!」


 なんだ、何を持っている? 透明な……石?

 結晶、結晶だ! ルーンさんが昨日言っていたじゃないか。

 結晶が光り、男の身体が薄くなっていく。そして、消えた。昨日はあれを使ったのだろう。


「今のが黒づくめの男か……気になることを言っていたな。もう遅い、か」

「この距離なら捕まらないとかそういうことじゃねぇの? っと、おおお? 地震だ!」


 地震かー。震度3……4くらいか。周りの人間はパニック状態だ。昨日シキさんが地震があったと言っていたが、このことだろうか。

 残念ながら俺は日本人。地震には慣れっこだ。が、流石に4は不安になる。


「ま、魔物が!」


 空を飛んでいたエルフは地震は気にならないか、と思えたが何やら空が騒がしい。

 エルフの視線の先を見ると、言葉の通り鳥の魔物が街に入ってきていた。


「おかしい……普通魔物は結界が張られている街には入ってこれないはずなのに……」


 街に結界が張られている……そりゃあそうか、そうじゃなきゃ、あんなに低い壁にはしない。

 なら、結界が意味をなしていない今どうなる? 魔物は空からしか来ないのか? そんなわけない。陸からも来るだろう。


「君たち! 大臣の言っていた人達だよね?」

「あれ、兵士さん?」


 鎧を着た兵士さんが息を切らせながら走ってきた。城の反対側から来た、ということは街の外を警備していた?


「街に魔物が入ってきています! 私は城へ報告をしに行きますから、あなた方は魔物の対処をお願いします! では!」


 それだけ言うと、兵士は急いで城へ向かって走り出した。ご苦労様です。

 じゃなくて!


「まずい……空なら雷霆の方がいいかな。雷霆、空の魔物をお願い」

「承知しました。ご武運を」


 魔物を倒しに雷霆が空を飛ぶ。

 これで俺はナイフくらいしか武器が無くなってしまった。俺にできることは住民を逃がすことくらいだ。


「わたしは怪我をした人を治しに行きますね! きっと街の外で防衛している兵士さんは怪我をしています! 行きます! 行ってきます!!!」

「あ、ああ。頼んだ」


 ルーンさんは兵士の怪我を治しに街の外に向かうようだ。それは治したいだけではないですよね……?


「お城へ向かってください! 押さないで! それでいて走らず転ばないようにしてください!」


 こういう時、避難訓練の知識が役に立つ。これだけ人数が多いのだ、全員が走ったらまともに移動できなくなってしまう。城の入口は限られているのだ、急いでもすぐには入れない。

 さながらコミケのスタッフ。あそこまでのユーモアはないけどね。


「おい! あれを見ろ!!」

「空に魔法陣……だと?」


 シキさんが言葉を詰まらせる。俺も言葉が出なかった。

 空には巨大な黒い魔法陣がいくつも展開されていた。そこから、一体、これまた一体と魔物が落下してくる。

 なんてこった、魔物がダメージを負わないちょうどいい高さに魔法陣が設置されてやがる。


「くっ……何がどうなっているんだ! ガジット! 突っ立ってないで戦え! アルマス、人手を増やすために私達はそれぞれで戦うぞ!」

「まっかせてよ!! よーし! ぶっ殺せー!」


 恐ろしい、あの幼女恐ろしいよ。


「俺にできることはないのか……」

『召喚石を使ってください』


 自分だけ役に立っていないような気がして悩んでいると、突然精霊が現れた。

 召喚石といえばアルマスと一緒に召喚した道具だね。うっすらと黄色い結晶。


「お、おお。昨日ぶり。召喚石って、これ?」


 一応使い方は聞いていたけど、まだ試したことはなかったっけ。

 使い方は、えっと……召喚石を精霊に突っ込む!


「そぉい!」

『疑似召喚獣ペガシス。承認しました』


 すると精霊の色が変わる。他の人の精霊のように黄色に。

 その後、精霊がどんどん大きくなる。形を変え、馬の姿となった。白馬だ、それも羽が生えている。


『さあ、行きますよ』

「うわっと、中身は精霊なのか」


 ペガシスに口でくわえられ、背中に乗せられる。

 本物を召喚することも可能らしいが、召喚時間が短く魔力も多く消費するらしく、おすすめはしないらしい。

 精霊が召喚獣の姿になれば制限の時間はなくなり、魔力の消費も少ないとのことだ。


 ペガシスはエルフが普段飛んでいる高さよりも高く飛んだ。街全体が見渡せる。お、兵士が魔物と戦っている。よかった、もう出陣したみたいだ。

 よし、これで悪魔を利用した男を探そう。


「な、なんだあれ!?」


 探す暇もなく、亜空船とは反対側にある巨大な鉄の船が目に入る。まるで戦艦だ。

 その船から、悪魔の羽が生えた人間が現れる。どうやらこちらを視認した様子。


 すいーっと急ぐ様子もなく近づいてくる。その男は確かにあの時の黒づくめの男の顔であった。

 姿は黒い鎧に、大鎌。悪魔の羽が生えていて、まるで本物の悪魔のようだ。


「フハハハハ! 驚いた、まさか君がそれほどの力を持っているとは! おっとぉ、こちらから名乗らせていただこう。僕の名はエルド、君は?」

「クルト。そしてこいつが雷霆だ! いけ雷霆!」

「はい! はああああ!!」


 エルドと名乗った男の背後から雷霆が現れ不意打ちをする。一撃で仕留める大出力の雷の一突きだ。

 エルドの身体を雷が包み込む。なんだ、敵かと思ったらあっけない。

 なんて思っていたら突然雷が消えた。そこにいたのは、無傷のエルドだった。


「な、なんで……」

「悪魔の力、ですね」

「せいかーい。そうか、やはり君が武器使いか。……あの人の言っていた通りだ」


 あの人とは誰だろうか。突然風が強くなり、その思考も中断させられる。

 悪魔の力、その見た目でその武器、風……ベルフェゴールの力だ。


「なぜこんなことをするんだ!」

「話すだけ時間の無駄だろう。今から、殺すんだから!!!」


 エルドが大鎌を振ると、うっすらと空間が歪む。まずい、これは!!


「避けて!」

『くっ……』


 その歪んだ空間がペガシスの腹部に直撃する。

 一気に力が抜ける感覚。なんだ、この感覚……こんなに大事な時になんで急に。


『私の身体は魔力そのもの。私が傷を負えば、クルトさんの魔力が大きく減ってしまいます』

「きっついね……なら、避けることに専念して! 雷霆、武器化して!」

「分かりました! 勝ちましょう」

「ああ」


 雷霆はそう言うと、雷を発しながら短槍になる。これでエルドに攻撃をすることができる。

 空は雲で覆われており、風が強く吹いている。朝は見事なまでの快晴だったのに、今は嵐そのものだ。

 それもこれも、全てはベルフェゴールの力。


「戦う前にもう一度聞かせて。なんでこんなことをするの」

「はっ、どうせ意味はないけど教えてあげるよ。とある悪魔を復活させるためだ。僕が聞かされていることはそれだけだけど、それがあのお方の望むことなら僕は全力で協力する。邪魔をする奴は敵だ!」


 そう叫びながらエルドが大鎌を構えた。

 俺も雷霆を構え、エルドに向かって突進する。初めての空中戦は不安定だが何とか戦えそうだ。

 ガァンと、およそ金属がぶつかり合ったとは思えない音が響く。今まで感じたことのない重さの攻撃。あれをもろに食らったらひとたまりもない。


「まだまだいくぞ!! そらそらそら!!」


 連続で風を飛ばしてくる。風の刃といったところか。今度は最初から攻撃とわかっていたので精霊が避けてくれた。が、地上にある家に当たってしまう。家は綺麗に真っ二つになり、崩れた。


「なぜ街を襲う必要があるんだ!」

「そんなことも知らないのか。悪魔の力の源は恐怖の感情なのさ。昨日は試しに風車を壊して力を集めてみたが、やっぱあれっぽっちじゃあ足りないよねえ? 今は桁違いの力が湧いてくる。最高だ」

「昨日の風車……!?」


 昨日イバルラといたときに壊れた風車はエルドの風の刃によるものだったということ。実際に恐怖していた女性の姿を思い出して、怒りがこみ上げてくる。


「ほら! ほらほら! いいのかよぉ! 全部ぶっ壊れちゃうぞぉ!!?」


 再び風の刃を飛ばすエルド。ダメもとで雷霆の雷で風の刃を止めてみる。結果、途中で消滅させることに成功した。これで被害は減らせる、が、打ち消すことに集中しすぎてこちらからは一向に攻撃ができない。


「チッ、無駄に防ぐなあ……ん? ああ? なんだって? ……分かった、すぐ行く」


 誰もいないのに会話を始めた……いや、内容は聞こえないが微かに声が聞こえる。エルドの精霊……ではないか。耳元に何かついているし、通信機とかそういう類のものだろうか。ブルートゥースで通話している人を見たような気持ちになってしまった。


「いやいや運がいい。君は死なずに済むみたいだ。と言っても、またすぐにぶっ殺しに行くから覚悟しといてよ。またね」

「なっ、逃げるな!」


 反射的に追いかけようと思ったが、ペガシスは動かなかった。


「追いかけない方がよいかと。こちらも一度仲間の元に戻り情報を伝えましょう」

「そ、そっか。うん。一旦戻ろう」


 これ以上戦っても勝てない。それは先程の戦闘で理解した。精霊もそれを理解したのだろう。それに、魔力も減っている。雷霆の言う通り、一旦戻りみんなの力を借りた方がよいだろう。

 時間が経過してエルドがパワーアップしてしまわないか心配だが、俺は地上に戻り、シキさんのもとへ向かった。

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