第一章『風の国ローレル』

第七話

「おお、やはり実物は違うな」


 そうシキさんが呟く。他国に来たのは初めてらしく、流石に興奮が隠しきれない様子。日本でも一回も海外旅行をしたことがない人だっているだろう。そんな感じだ。ましてや魔物がいるファンタジー世界、他国に行く機会などほとんどないだろう。


「でっか……」


 俺も思わず呟く。風の国ローレルが見えてきたときは驚いた。なんたって巨大な風車が城にくっついているのだから。

 近づくにつれて、他の家にも風車が大量につけられているのがわかった。国中が風車だらけだ。風のおかげだろう、かなりの速度で回っている。

 船は高度を下げ、ローレル付近に降りた。階段が現れ、いつでも降りれるようになる。


「久しぶりの地上ですねぇ」


 ルーンさんは亜空船から降りながらそう言った。確かに地面が揺れていないのは久しぶりだ。

 カギを使って亜空間から出る。んー、新鮮な空気。空気がおいしいとはこのことを言うんだろうな。


「ですねー。やっぱりまずは情報収集するべきですかね?」

「うむ、では昼まで情報収集としようか」


 昼まで情報収集……何をすればいいのだろうか。まずはこの国の悪魔について聞いたり調べたり、かな。

 これは事件が起こるまでやることはなさそうだな……悪い奴がいるのはわかってるしパトロールでもしようか。


 全員で街へ向かう。ローレルは植物が多く、全体的に緑色の国だ。

 やはり元がゲームなので、風属性といえば緑とイメージして街並みを考えたのだろう。他のゲームだと木属性になりそうな国だ。風は少し強いが、嫌にはならない。


「一々船に戻るのも面倒だ、この酒場を集合場所にしよう」

「賛成です。それじゃあ解散して自由行動ですかね」


 外から来た俺達がいきなり王様に会えるとは思えないし、会えたとしても世界崩壊がーと言い出す奴らは怪しまれておしまいだろう。急がずにゆっくり探そう。


「あ、じゃあわたし買い物したいですぅ」

「オレは鉱物を見てくるぜ」


 研究バカ二人はもうすでにやることを決めているようで、颯爽と買い物に出かけてしまった。

 俺は散歩くらいしかやることないなぁ。


「なら、私は聞き込みでもしようかな。ダメもとで城に突撃してみようか……」

「ボクも行く!」


 シキさんとアルマスは聞き込み調査か。城の兵士や騎士なら国で何か事件があったら気づくだろう。王様に世界崩壊のことを伝えなくても、そこで話だけ聞くことならできるはずだ。


「じゃあ、俺は適当に散歩でもしながら街を見て回りますね」

「私もお供します」

「おう、頼む」


 雷霆がついてきてくれるなら安全面は完璧だな。

 船での移動中にシキさんからもらったお金も少しならある。金銭の説明も受けたし、買い物をしてもいいかもしれない。


 酒場を離れしばらく歩くと、商店街のような場所を見つけた。どこからか笛などで奏でられるケルト的な音楽が聞こえてきて、いかにもファンタジーの商店街といった雰囲気がする。


「おう兄ちゃん、リンゴどうだ? 安く売るぜ」

「リンゴ……買います!」


 財布からお金を取り出し、果物を売っているおじさんに渡す。リンゴを受け取り、腰につけていたナイフでリンゴを二つに割る。


「はい、これ雷霆の分」

「私は武器なので本来食事の必要は……」

「いいから」

「……ありがとうございます」


 人の姿になった武器は食事をする必要がない。だが、食事をすることはできる。こういう世界での食事は最高の娯楽だろう。武器だって、それは変わらないはずだ。


「おじさん、最近この国で変わったことありませんでしたか?」

「変わったことだぁ? うーん、なんか見たことねぇ黒ずくめの集団を見かけるようになったな」


 ビンゴ。いかにも怪しい特徴だ。


「そいつらって、どこにいるかわかります?」


 リンゴをシャクシャクとかじりながらそう聞く。美味い。

 雷霆もリンゴをかじっているが、口が小さいから少しずつしか食べられていない。かわいい。


「さあなぁ。でも何かを探してるみたいだったぞ」

「何かを……なんだろ」


 探すということはその集団にとって有益であるということ。簡単に見つからないものなのだろう。だとしたらなんだ?


「この街はエルフが多いからな、よくそこらを飛び回ってるから何か知ってるかもしれないぞ」

「エルフがいるんですか!?」

「ああ。飛んだ方が楽だからこういうところは移動に使わないがな。空を見てみろよ」


 言われた通りに上を見ると、薄い半透明の羽が生えたエルフが飛んでいるのが見えた。本当に耳が長い、エルフで間違いない! すごいぜファンタジー、俺の期待に間違いなく応えてくれる。

 それにしても、この世界にはエルフがいるのか……うんうん、このファンタジーを詰め込んだ世界こそゲームの世界だよね。実際にはゲームを元にした世界だけど。


「おい! 黒ずくめについて知りたいみたいだな!」

「ん?」


 声が聞こえ振り向いたが、誰もいない。今確かに子供の声が聞こえた気がしたんだけどな。

 気のせいだろうか、この年で幻聴を聞くようになるとは……ショックだ。


「どこを見ている! 下だ! 下!」

「うわっ」


 視線を下に降ろすと、大きく跳ねたアホ毛が特徴的な子供のエルフが立っていた。ち、小さすぎて気が付かなかった。


「お前今、小さすぎて気が付かなかったとか思っただろ」

「何故それを!?」


 ムスッとしながら腕を組むエルフ。


「それより、黒ずくめについて調べてるってことは何か知ってるってことだよね? 教えてくれないかな」

「そうだな……じゃあまずは飯を奢れ」

「はい?」

「ただで情報を教えるわけにはいかない。飯を奢れ」


 なんなんだこのショタエルフは。そう思ったが口には出さないようにする。見た目は子供だけどエルフだし大人の可能性もあるしね……機嫌を損ねて教えてくれないかもしれない。


「あーあー、イバルラに捕まっちまったか。まあ情報は確かだからな、頑張れよ」

「情報屋かぁ、まあそれで情報が手に入るなら安いかも」


 そのくらいのお金は持っている。情報屋ということはそれなりの情報は期待できそうだ。

 早速あの酒場に移動して話を聞こうか。俺は来た道を戻り、酒場に向かった。


* * *


「で、その黒ずくめは何者なの?」


 反対側の席でパスタをズルズル食べているイバルラに質問する。口の周りにミートソースがついている、汚いけど子供っぽい。見た目のせいで違和感がない。

 ちなみに、雷霆は隣で引き続きリンゴをかじっている。ゆっくり食べるなぁ。


「まだ食べてるでしょうが。これだから人間は困るな、お前も百年生きてみたらわかる。急いだって得なんかねーんだから」

「へー……」


 経験談だろうか。そしてその見た目で百歳越えてるのか。生意気だから敬う気にはなれないな……。

 それにしてもこの店パスタとパンがメニューの大半を占めてるな。風車があるし、小麦とかの粉にする作物を多く育てているのかもしれない。


「んで、黒ずくめだったか? なんか知んねーけど、悪魔像の周りによくいるぜ?」

「悪魔!? やっぱり、悪魔がいるんだ……」


 シキさんの言い伝えでも悪魔が出ていた。恐らくその利用される悪魔だろう。


「いやいや、本当にいるわけないだろ? 作り話だよ作り話。どこの誰だか知らないけど、数千年前に言い出した奴の嘘をみーんな信じてやがんの。馬鹿ばっかりだよこの街は」

「悪魔はいるよ」

「あーでた、お前もそういう口か。大体な、悪魔が本当にいたらこの国なんてすぐに滅んじまうだろうが」

「滅ぶんだよ。もうすぐ」


 真剣な顔でそう言うと、イバルラは食べようと思っていたパンを皿に戻した。


「…………言い切ったな。よっぽどの教信者か、それとも……どれ、聞かせろ」

「情報屋なんだよね? なら、それなりの情報を交換してよ」


 こちらも負けていられない。情報屋が相手なんだ、むやみやたらに教えるのは勿体ない。


「へぇ、僕に条件を出してくるんだ。やるじゃん」

「いいから、教えてよ。その黒ずくめのこと。居場所も全部」

「居場所までは知らねぇよ。いや、正確には探ろうとしたんだけどわかんなかったんだ。奴らの後を付けたことがあるんだが突然消えやがる。消えた場所を探しても何も見つからねぇ。お手上げだ」

「突然……消える?」


 突然消える……そうなると転移か、透明化のどちらかだろう。……待てよ? そういえば俺にも知らない人から見たら突然消えたように見える道具があるじゃないか。


「もしかして、こういうカギを使ってなかった?」


 カギを取り出し、イバルラに見せる。


「カギ……? そういや何か持ってた気がすっけど、こんなんだったかなぁ。ハッキリとは見れてねぇんだ。んでそれはなんだよ」

「……秘密」

「ふーん。ならそっちのことを教えてくれよ、悪魔像の場所も消えた場所も教えるから」


 つまらなそうに頬杖をつきながら、パンを食べ始めるイバルラ。お行儀悪いよ。

 何について教えようか。シキさんの言っていた言い伝えは……根拠がないな。カギについて教えるだけなら……いや、それだと巻き込まれてしまうかもしれない。


「じゃあまずは――――――」


 馬鹿にされてもいいからと言い伝えについて語ろうとしたとき、店の外が騒がしいことに気が付いた。


「きゃあああああああ!!」


 気づくと同時に悲鳴が聞こえる。その後に、何かが落下する音。例の黒ずくめかもしれないと思い、立ち上がり外に出ようとする。が、イバルラに腕を掴まれてしまった。うごご、ちっこいのになんだこの筋力は。


「まだ話は全部聞いてないぞ!」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! あとでたっぷり話すから、今は行かなきゃ!」

「絶対だぞ!」

「約束する!!」


 そう言って店の外に飛び出す。イバルラも気になるのか一緒に外に出た。他のお客さんも気になったようで続々と外に出てきている。

 悲鳴を聞きつけた人が駆けつけている。向かっている方向を見ると、折れた風車の一部が地面に突き刺さっていた。その近くには尻もちをついた女性もいる。おそらく悲鳴の主だろう。

 近くまで行き、女性が無事なことを確認する。


「なんだ、風車が壊れただけじゃんか。ほら、戻るぞ」

「ねぇ、あの風車おかしいと思わない?」

「はあ? ……あっ」


 風車が壊れた。それだけならまだ理解できる。だが、この風車の一部の切り口は一直線なのだ。自然に折れたとは考えにくい。


「誰かが壊したのか? だとしたらあの断面は……」

「刃物で切ったみたいだよね」


 斜めに一直線。漫画やアニメで見たことがある。日本刀を使ってあらゆるものを一刀両断にするという技のような見事な切り口だ。

 誰がやったのか、それは分からない。が、あまり決めつけるのはよくないと分かってはいるのだが、どうしても例の黒ずくめなのではと思ってしまう。その黒ずくめが悪い奴であるという証拠すらないのに。


「…………っ!」


 違和感を覚える。その場にいた全員がその女性に同情し、心配するであろうこの状況。そんな状況で、今すれ違った人は笑っていた。

 咄嗟に振り向き、姿を確認する。黒いマントに黒い服。まさか……。


「雷霆! 追って!」

「はい!」


 雷霆は雷となり、路地に入った黒ずくめの男を追いかける。俺の声に気づいたのか少し焦っているようだった。

 俺も路地に入るが、そこには黒ずくめの男はいなく、雷の槍を持った雷霆が立っているだけだった。


「すみません。見失ってしまいました」

「気にしないで。多分消える何かを使っただけだから」


 あの男は一体何者なのか、謎は深まるばかりだ。何もわからないが、今は状況を整理するしかない。そう考え、一先ず酒場に戻るのだった。

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