第六話

 ガジットが大量の荷物を背負いながら船に乗り込んできた。アホみたいに汗を掻きながらガシャンガシャンと荷物を降ろす姿に思わず大笑いしてしまった。


 あとは雷霆だけ、そう思ったが雷霆は既に用事を終わらせていたようで、名前を呼んだら隣に姿を現した。

 流石に数回経験しているので驚きは少ないが、終わったんなら声くらいかけてくれてもよかったのにとは思った。俺は雷霆にいつも近くにいる必要はないから好きに行動してくれて構わないと伝え、カギを手に持つ。


「よし、出航だ!」


 そう大きく声を出し、カギを舵に入れて船を動かした。

 船に付いたプロペラが回り、周囲に風が吹き始める。船の外側から出ていた階段が収納され、徐々に、徐々に浮き始めた。

 亜空船はゆっくりと上昇していく。上昇は少しずつ、少しずつ早くなる。気が付くと、街を見渡せるほどの高さになっていた。否が応でもテンションが上がる。飛行機にも乗ったことがないのだ俺は。


「うわーすっごい! めっちゃ高いですよこれ!」

「フフフ、君の船だろうに。そうだ、これから長い旅になるんだ、到着するまで鍛え上げてやろう」

「お、お手柔らかにお願いします」


 剣を持ちながらそう言うシキさん。

 その通り、これからが本番なんだ。ここまではプロローグに過ぎない。俺はまだ戦いを知らないんだ。魔物との戦闘はあっても、明確に敵対している相手との戦いはしていない。

 空の先が見える。正面から大きな風を受けながらこれから始まる戦いの日々と旅の始まりの緊張感を肌に感じていた。


* * *


 出航から五日が経過した朝。船内で目覚める感覚にも慣れた。

 この船旅、いつまでも変わらない景色に飽きてしまうと思っていたのだが全く飽きていない。

 理由はシキさんとガジットによる戦闘訓練だ。毎日疲れる、景色も思ったより変化する。歩いているわけではないが旅をしているという実感が湧く。これにより毎日が楽しく充実していた。


「ふわぁ……」


 欠伸をして、精霊を確認する。枕の横に現れた精霊がピカピカと光っていた。魔法石を入れている袋を確認する。魔法石は十五個今日は二個増えた。

 毎朝、袋の中の魔法石が増えるのだ。恐らくスタートダッシュのログインボーナス。初日に五個、二日目に三個、三日目が二個、四日目が五個。同じように三個、二個といった感じだ。キリがいい数字なら七日間で合計三十個だろうか。


 そう考えると明日もらえる石は十個。それでも合計二十五個だ。初日に手に入った石を全て使ってしまったのが大きい。精霊の話では、三十個の石を使うと十一回召喚をすることができるらしい。勿体ないことをした、船の上ではストーリーによる石が入手できない。

 なんてことを考えていたら、ドアがガチャっと開いた。


「船長! 起きたー?? 遊んでっ!」

「おっと、アルマスか」


 元気よく部屋に入ってきたアルマスが俺のベッドに飛び込んでくる。アルマスがボクッ子の女の子だと知った時は驚いたが、今では普通に子供と接するような態度をとっている。

 それにしても、俺がこの船の持ち主だと知った途端に船長と呼ぶようになるとは。呼び名がまた増えた。


「遊ぶって、訓練? 毎日訓練して飽きないのか?」

「飽きないよ! 楽しいもん!」

「戦うのが好きなんだっけ」

「うん!!」


 この幼女、戦闘狂である。

 精霊が教えてくれた切れ味が落ちないという情報は、持ち主が長く戦ったからこそだろう。

 戦うのが大好きなため、シキさんがアルマスを装備して俺と戦闘訓練をすることを遊びだと思っている。恐ろしい子。


「朝ごはん食べたらな。行こうか」

「ごー!」


 スタタタと食堂に向かうアルマス。俺もその後を追って食堂に向かった。

 食堂には既にシキさんがいた。俺とアルマスに気づくと早く来いと言わんばかりに手招きをしてくる。


「おはよう、今日は少し遅かったんじゃないか?」

「おはようございます。アルマスが起こしに来てくれましたよ。二人は……相変わらずか」

「普段からああいう感じなんだ、気にするな」


 ガジットは常に鍛冶部屋にいるのではないかというくらいには鍛冶部屋で武器を作っている。

 俺が召喚した武器を参考にして、自身の武器や雷霆とアルマスの強化の研究をしているらしい。

 ルーンさんも同じように魔術の研究だ。ガジットとルーンさんは二人そろって天才らしく、旅をする前も毎日のように部屋にこもって作業をしていたとか。変わり者が多いなこの船。


「ガジットおじさん呼んでくるね!」

「うん、お願い。最悪鞘で殴ってもいいよ」


 アルマスがガジットを呼びに行ってくれた。

 ガジットは戦闘訓練に参加しているため、呼び出す必要がある。集中しているときは本当に周りの声が聞こえていないので無理やり気づかせないといけない。


「そういえば、もう五日経ってますよね。あとどのくらいで到着するんですか」


 船の上で五日。船旅には飽きてはいないが、流石にそろそろ地上が恋しくなってくる。


「ちょうどそれを説明しようと思っていたところだ。ゲイルマウンテンという山が見えてきたから、おそらく明日には到着するだろう」


 シキさんは地図を取り出し、現在の位置を説明してくれた。


「おお、ついにですか!」


 それにしてもこの地図、何度見ても国の位置が気になる。

 中心にレフポ城のあるレフポ王国。そこを囲むように均等に配置された六つの王国。真ん中の王国であるレフポ王国に何もないはずがないのだ。こういうゲームは基本的に周りの六つの国を回って、最後に真ん中の国で時間が起こるものだ。


「目的地は風の国ローレル。ゲイルマウンテンを越えると風が強くなるそうだ。揺れは覚悟しておいた方がいいだろう」

「風の国……」


 そういえば、昨日から風が強くなった気がする。ローレルに近づいているからだろうか。

 ただでさえ風が強いのに、これよりも風が強くなるというのか。船の速さを考えると、今日中にはゲイルマウンテンに突入するだろう。寝れるのかな、今日。


「まあ、到着したからと言ってすぐに戦うとは限らない。もしかしたら数日調査に使うかもしれないんだ。今日の戦闘訓練は午前中だけにして、午後は英気を養うといい」

「そうします。でも、それを聞いたらアルマスが機嫌悪くしそうですね」

「ははっ、確かにな。なら、普通に遊び相手をしてやるといい。子供の相手、向いていると思うぞ」

「そうですか?」


 なんて会話をしながら、俺とシキさんは食事をとった。

 午後は本当にアルマスの遊び相手をすることになりそうだな。どうせやることは無いしそれは構わないのだが、現代娯楽に慣れた俺には少々退屈に感じてしまう。

 今日の戦闘訓練で、それなりの手ごたえを感じたい。少しでも役に立っていると思いたいから。


* * *


 戦闘訓練をするべく、訓練場に向かった。船内にある訓練場はとても広く、頑丈だ。というか思いっきりぶっ刺そうとしても壁に少し傷がつく程度、この船とんでもなく強いのでは? 亜空船に籠城すれば何とかなりそう。

 訓練場にはシキさんと俺、武器化したアルマスと雷霆がいる。ガジットは訓練が半日だと知ると帰ってしまった。鈍器相手の戦闘の練習になるのでいた方がいいのだが、どうせ半日だ、やれることは少ない。


「今日は軽く体を動かすだけにしようか」

「どうせ午前中だけですし、一戦だけ本気で戦ってくれませんか?」


 シキさんと二人での訓練なので、勝負を申し込む。一度本気で戦ってみたかったのだ。


「ほう……? 舐めるな、と言いたいところだが、君は随分と急成長したからな。正直気を抜いたら危ないだろう」

「俺自身はそこまでじゃないですよ。雷霆のおかげです」


 これまで何度も戦闘訓練を行ってきた。初めの頃は手も足も出なかったが、最近は雷霆の雷を使ってやっとまともに戦えるようになった。雷霆の雷は予想通り強力で、操るのはとても難しい。


「そう謙遜するな。その雷霆を扱っているのは君なんだ、紛れもなく君の実力さ」

「ありがとうございます。じゃあ、準備運動したら始めましょうか」

「ああ」


 身体をほぐしていき、動きやすいようにする。学校でやっていたような準備運動をシキさんに教えたら意外と好評で、いつの間にか戦闘訓練前の定番になっていたのは記憶に新しい。

 準備運動も終わったところで、お互いに向き合って武器を構える。

 シキさんはアルマスを、俺は雷霆を持ち、腰を落とす。


「行くぞッ!!」

「はああ!」


 シキさんが声を張り上げた瞬間、俺は脚を動かしていた。

 俺が手に持っている雷霆は雷そのもの、伸ばすことも縮ませることもできる。

 俺は長くしたり短くしたりしながらシキさんの斬撃を受け止める。速い、アルマスは切れ味の割に軽いのだ。前に使っていた鋼鉄の剣の完全上位互換なのだろう。慣れるまでが速かった。


「くっ……!」


 さすがは元騎士、力では押し負けてしまう。武器を押し合うのは不利だ。避けながら隙を見て攻撃しよう。

 俺はバックステップで攻撃を避け、振り抜いたシキさん目掛けて槍を思いっきり突いた。


「なっ!?」


 雷霆が突きと同時に伸び、雷がバチバチと弾ける。槍先はシキさんの鎧に吸い込まれていき、そして――――――。


「さ、せるか!」

「おおっ!?」


 シキさんは雷霆をギリギリで避け、俺の足を回し蹴りをしてきた。前かがみになり片足が浮いていたため、驚くほど簡単に体勢が崩れる。当然、転ぶ。


「がっ!」


 身体が地面に打ち付けられ、肺の空気が無理やり外に出る。負けた……こんなあっさり。


「ふぅ……私の勝ちだな。それにしても、随分と容赦がなかったじゃないか。一歩間違えば死んでいたぞ」


 シキさんは一部が黒く焦げた鎧を見せながらそう言ってきた。

 その鎧を見てぞっとする。確かに俺は本気で戦うと決めたが、殺そうと思っていたわけではないのだ。無意識に、殺してしまうかもしれない攻撃をしていた。そんな自分が恐ろしい。


「ご、ごめんなさい」

「いいさ。そのくらいじゃないと勝てるものも勝てない」

「大丈夫です。もし致命傷になるような攻撃が当たりそうになったら、私が雷になって消えますから」

「な、なんだ……よかった」


 武器のまま喋りだした雷霆がそう伝えてくれた。それを先に教えてくれたら安心して戦えたのに。

 しかし、それを知らずにあそこまでの攻撃をするとは。案外、俺は戦いに向いているのかもしれない。

 それはいいことなのだろうか。


「ふむ、この鎧は直さなければいけないな。ほとんど訓練らしいことはしていないが、戦闘訓練はここまでにしよう。短い戦闘だったが、学べるものはあったはずだ」

「はい。色々と、わかりました」


 確かな隙をついたつもりだったのに、当たらなかった。いや、結果的には当たらなくてよかったのだが、あの時俺は当たることを確信してしまった。実際の戦闘では、あのまま殺されてしまうだろう。

 次は避けられた後の対応も考えて戦わなければいけないなと思いつつ、俺は遊び足りないアルマスの遊び相手をするのだった。

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