第二話

 青髪の少女の持っている短槍……いや、槍の形をした雷のようにも見える。魔法、だろうか。

 少女はこちらを見つめるのみで、魔物を倒す気配はない。魔物も警戒しているが、さすがにそろそろ襲い掛かってきそうだ。俺は激痛で逃げることもできない。


「マスター、指示を」

「えっ? じゃ、じゃあ、なんでもいいからこいつらを倒してくれ!」

「承知しました」


 青髪の少女はそう返事をすると、右手に持っていた短槍を前に突き出した。

 召喚時の数倍の雷が辺りを照らす。みるみる大きくなる短槍。次の瞬間、熊とイノシシの胴体に風穴が空く。少女は、先程まで立っていた場所から二体の魔物を同時に突ける位置に移動していた。

 瞬きをしている間に全てが終わってしまいそうなほどの速さ。音速、いや、光速だ。バチバチと近くの木々が電気を帯びる。短槍を突き出した先に視線を向けると、数メートル抉れた地面から煙がプスプスと出ているのが見えた。


「グルルルル……」

「なっ!? 別の魔物が!」


 狼の魔物が何匹も眼を赤く光らせ、こちらを睨みつけている。その数十、いや、二十以上は集まっている。

 囲まれた、だが、この少女ならやってくれる。そう思い、少女を見る。


「耳をふさいでください」

「お、おう!」


 言われた通りに耳をふさぐ。こんな状況だというのに、俺はわくわくしていた。今度はどんな攻撃をするんだ、どうやってこの群れを倒すんだ。


 少女は短槍を上に掲げる。すると、木漏れ日が点々と見えていた森が一転。空は黒い雲で覆われ、森はまるで夜のように暗くなった。

 耳をふさいでいても聞こえるほど響く轟音と共に、少女の短槍に青い雷が落ちた。

 大きな剣のようになった槍を構え、少女は森を横に薙いだ。広範囲に及ぶ雷の攻撃、広い範囲の地面が焼けこげ、狼は一匹残らず消滅していた。


「終わりました」

「は、ははっ……すげぇや」

「マスター? マスター!」


 あまりにも非現実的な光景を前にして、倒れながら意識を失った。地面に倒れる前に光速で近づいてきた少女が身体を受け止めてくれたようで、かすれた視界に映る綺麗な青い、青い瞳が心を落ち着かせてくれた。


* * *


 後頭部になにか軟らかいものが当たっている気がする。

 こんな森の中に枕なんてあるのか、そう思い頭を横に動かすと、今度は頬に軟らかいものが当たる。これは……肌、だろうか。肌?

 再び顔を上に向け、目を開ける。心配そうに顔を覗き込む青髪の少女。つまり、膝枕。


「どおおおおおおおお!?」

「おっと」


 勢いよく顔を上げる。額がぶつかりそうになったが、当然のように少女は頭をそらして避ける。


「おはようございます」

「あ、お、おはよう。いっつ……」


 まだかなり痛いが、かなり肩の痛みが引いている。包帯が巻かれているわけでもない、なのに血は止まっているし、傷は小さくなっている。大怪我であることは間違いないが、この怪我で死ぬことはないだろう。


「君が治療を?」

「はい。あとは数分後に治ります。それに、こんなに早く治るのはマスターと精霊の力でもあります」

「俺と精霊の……?」


 精霊、そうだ。精霊はどこにいるんだ。


『お呼びですか』

「いたか……なあ、説明してくれよ。俺はなんでこの世界に来たんだ」

『それは分かりません。一つ答えられることがあるとすれば、クルトさんが特別な存在だからでしょう』

「特別って」


 まあ、ソシャゲの世界に転移してきて、石を使った召喚ができるんだから特別だよな。

 それに、俺はこの世界では主人公という立ち位置にいる。本来なら世界がーと騒ぐよりも俺自身が行動をする必要があるんじゃないだろうか。

 だが俺は一般人。何ができるというのか。この少女ならばそれくらいできるのだろうが、何をすればいいのかすらわからないのだから行動のしようがない。


「じゃあ傷が早く治るのはなんでだ?」

『私と、クルトさんの魔力の量が多いからです。魔力が多ければ、治癒に回せる魔力の量も増えます』


 魔力の量が多いから、なるほどね。痛いのは嫌だけど、傷が治りやすいのはありがたい。

 数分後に治るというのはこれ以上は自然治癒のような治し方になるということだろう。傷口もゆっくりと塞がっていっている。うえ、気持ち悪いな。見るのはやめよう。


「そういえば、君の名前は? あ、俺はクルトね」

雷霆らいていです。クルトさん、ですか。ふむ……マスターのほうがしっくりきますね。では、変わらずマスターと呼ばせていただきます」


 マスターなんて呼ばれたことがないので、どこかこそばゆい。

 呼ばれたことがないとは言うが、マスターと呼ばれたことがある現代人がどれほどいるのだろうか。少なくとも俺は呼ばれたことがない。

 雷霆、なんだかかっこいい名前だ。


「そうか……えっと、とりあえず城に戻るか」

「それはいけません。マスターの指には魔物を呼び寄せるにおいがついています。確かに魔物を寄せ付けないにおいはありますが、寄せ付けるにおいとは全く違うので間違えたとは考えにくいです」

「つまり?」

「このにおいを付けた者は、無知なマスターを殺そうとしていた。ということです」

「本当か!?」


 そういえばにおい袋を渡されたとき、王様は口角を上げていた。あれは上手くいったから気が緩んだ、という解釈でいいのだろうか。

 そう考えるとなんかムカついてきた。なにかしらやり返したい気持ちは満々だが、それはまたあとでだ。また次の機会に、軽ーく嫌がらせをしてやろう。


 それはそれとして。


「これからどうすりゃいいんだ……」


 城に戻っても怪しまれるだろうし、金なんてないし……もうどうしようもないな。

 ただの高校生である俺にサバイバル術なんてのはあるはずがない。土地勘なんてのも当然ないので、隣町に行こうだとか、そういう考えも持てない。

 くそ、ゲームならクエストだったり目的がはっきりしてるからわかりやすいのに。……ゲーム?

 ここは、元がゲームの世界。ガチャのシステムが残っていて、俺が主人公。だとすれば、ストーリーはどうなる。そうだ、騎士に仲間に誘われるのだ。


「精霊、騎士はどこに行けば会えるんだ?」

『この近辺で騎士が集まる場所は、レフポ城です』

「そりゃそうだ。じゃなくて!」


 そのレフポ城には入りたくても入れないんだが。


「言い方を変える。俺の仲間になる騎士はどこにいる、教えてくれ」

『この付近にいる騎士を探します』

「探せるのか」


 無言でピカピカ点滅する精霊。暗くなったり明るくなったりしているときが調べているときか。

 サーチができるって、この精霊実はとんでもなく優秀なんじゃないだろうか。


『レフポ城に多数。元騎士ですが、隣町にも一人います』


 元か……仕方ない。今はそこに行ってみるしかない、か。

 あれだけ派手に森を破壊したのだ、城の近くにいたら誰かが調査しにやってくるかもしれない。


「隣町……そこに行こう。城の近くにいたら何があるかわからない」

『案内します。こちらです』


 無機質な声でそう言うと、精霊はすいーっと城を目指して進んでいった。精霊って単独行動できるのかよというツッコミもさせてくれない。

 肩が痛むが仕方ない、多少無理してでも追いかける。どうせもうすぐ治るのだ。


「マスター、私は何をすればよいのでしょうか」

「とりあえず何かあったら守ってくれ!」


 城とは反対側に森を歩き続けると、少しずつ木が少なくなってくる。そして、森を抜けた。

 丘の向こうに見える建物の数々が隣町だろう。気づけば傷も治っている。俺は、ライテイと共に精霊を追いかけて隣町に向けて走った。


 隣町に到着する。石造りの街並みは、いかにもファンタジーといった雰囲気で、ファンタジーだ、という小学生並みの語彙力の感想しか絞り出すことができなかった。

 さてこれから元騎士とやらを探すぞ、と思った矢先、鎧を着た金髪ロングの女性が俺をガン見していることに気づいた。

 ん? なんかこの人見覚えが……。


「な、なんですか」

「見つけた!!!」

「はいっ? ってうわああああああああああああああ!!」


 突如腕を掴まれ、街中に連れていかれる。雷霆は余裕で俺の隣を走っている。

 いや、助けろよ。なに普通に追いついてんの。


 酒場に連れていかれ、中に入る。うぐぐ、強制イベントか。ならば従うしかないだろう。今はきっとゲームでいう操作が効かない状態なのだろう。ソシャゲにもそういう展開がくる時代か。

 店内に入り、とある席の前に案内される。雷霆も当然のようについてきている。無言なのが余計に怖い。


「紹介しよう、救世主くん。君の、仲間だ!」


 席に座っていたのは白髪でローブを身に着けた少女と、ギザギザした黒髪の青年。

 騎士、魔術師、鍛冶屋…………そうだ、この人たちはダウンロード画面で見たことがある。


 俺の――――――主人公クルトの、仲間だ。

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