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そのノートは【彼】の日記のようなものだった。その日記は、【彼】が中三の時から始まっていた。
『4月26日
今日、クラスのとある女子に、放課後話があると言われた。その子は、前から少し気になっていた子だった。これは愛の告白の流れかと期待に胸を膨らませていたら、話とは恋愛相談だった。少し残念だったけど、相談に乗ってあげることにした。』
『4月27日
昨日の恋愛相談の子の想い人が、意外な人で驚いた。誰かは彼女のプライバシーに関わるのでここでは明かせないが、とにかくびっくりした! 少しそいつが羨ましい。』
『5月8日
ここ10日間、正直俺は悩んでいた。彼女の相談を受けている内に、ますます彼女のことが好きになっていってしまった。だけど彼女の気持ちはあいつにしか向いていないから、辛いけど俺は応援してあげることにした。』
そこからしばらくは、【彼】がその女の子にしてあげたアドバイスや【彼】の苦悩などが記されていた。
あるページに、少し気になる記述があった。
『6月19日
今日、彼女と取引をした。そして、その結果彼女と付き合うことになった。その代わり条件は厳しい。キス以上のことは禁止、せいぜいハグまで。でも正直嬉しかった。いや、浮かれるな、俺! 全ては彼女の為だ。うまくいけば俺たちの目的は果たされる。それにしても、俺にとって最後の彼女になるのかなぁ。』
僕は
【彼】は優しい奴だと思っていた僕は、少し残念な気持ちになった。
『7月11日
最近は、彼女とある計画の準備を進めている。詳しいことは極秘事項なので書けないのが残念だけど、この計画のために俺らは付き合ったので一生懸命準備している。実はこの日記も計画の一部だ。学校では俺らのことが
そうか、噂はこのことだったのか。つまりは噂は本当だったんだ。とはいえ計画とはなんのことだろう?
『8月31日
今日で夏休みが終わる。例の計画は、彼女が一緒に考えてくれたお陰でだいぶ立てられた。あとすこし仕上げるだけだ。結局夏休みほとんどそれに費やしちゃったな……。一応受験生なんだけど大丈夫だろうか。』
『9月18日
卒業式の日に、卒業記念発表会というものをやるそうだ。あいつと一緒に合わせられる最後のチャンスになるかもしれない。でもあいつは一緒にやってくれるだろうか。前のチャンスの時は俺のせいで
ここで言っている〝あいつ〟とはたぶん僕のことだろう。
『9月20日
今日、彼女に相談してみた。卒業記念発表会にあいつを誘って出るべきかどうか。正直俺が誘っていいのか分からなかったから。すると彼女は、あなたはそれで心残りはないのかと言った。無いわけがない。そう俺は思った。だから俺は決めた。明日あいつを誘おう。』
【彼】と僕が一緒に弾くきっかけをつくってくれたのは、意外にも【彼】の彼女だったのか。
『9月21日
昨日の宣言通り、今日あいつを誘ってみた。あいつはとても嬉しそうに
『9月22日
曲目が決まった。ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第五番「春」の第一楽章。卒業式のシーズンにぴったりの曲だ。ピアノもヴァイオリンも弾いていて楽しい曲なので即決だった。』
『9月24日
今日は俺の家で「春」の練習をした。久しぶりにあいつのヴァイオリンを聴いて、上達ぶりにとてもびっくりした。これは今から発表会が楽しみ。』
『11月12日
だいぶ寒くなってきた。この頃は毎日のように、あいつの家か俺の家で受験勉強して、息抜きに一緒に合わせるということを繰り返している。ものすごく楽しい。やっぱりあいつを誘って良かった。彼女には感謝しないと。』
うん、僕もものすごく楽しかった。僕もその子に感謝しないと。
そのあとはしばらく期間が空いていた。その間に何があったのだろう。次の日記はとても暗いものだった。
『1月15日
怖い。だんだん時間が無くなっていくのが。ピアノを弾けなくなるのが。頼む、せめて発表会まではもってくれ!』
何を言っているんだ? 時間が無くなる? ピアノが弾けなくなる? どういうことだろう?
けれども、それ以降暗いものはなかった。
『2月12日
今日は高校受験の日だった。あいつとも彼女とも同じ高校を受験した。出来は……分からない。正直五分五分だ。……』
『2月13日
やったー! 高校受かったー! しかも三人とも受かってた! これで色々と計画通り。』
『3月5日
今日あいつに、俺がなぜあいつのことを「ニジくん」と呼ぶのかを
僕が【彼】に訊いた日のことだ。あの日、僕は【彼】に認められて嬉しかった。
また、一番の謎である例の鍵についても触れられていた。
『3月18日
今日は、例の計画の最終段階に取りかかった。彼女に手伝ってもらってある記録をとって、仕掛けをつくった。……』
『3月19日
いよいよ明日だ。今日も俺の家で最終リハーサルを終えた。準備は万全だ。それから計画の方も、あいつに「鍵」を渡して準備万端。あとは計画成功を願う!』
どうやらあの鍵は、「計画」とやらに関わるものらしい。
『3月20日
ついに発表会の日がやって来た。午前中の卒業式の時から、早く終わらないかなと待ち遠しかった。実際には予行練習の時より短かったはずなのに、予行練習よりも長く感じた卒業式だった。長かった卒業式が終わってようやく発表会がやって来たけど、俺たちは大トリだったので更に待たなくてはならなかった。
やっとのことで俺たちの出番が来た時は、自然と緊張しなかった。あいつと一緒に弾いていると安心感がある。そして俺たちは全力で演奏した。あっという間だった。あれだけ長いこと待ったのに、こんなに一瞬で終わってしまうなんてびっくりした。でも後悔はなかった。達成感が半端なかった。同時に疲労感もすごかった。全力で弾くとこんなに疲れるなんて知らなかった。
あの日の約束を今度こそ果たせて良かった。』
確かに卒業式は長く感じたなぁ。特に校長先生の話は。
発表会は僕も緊張しなかったし、【彼】のピアノは安心して合わせられた。【彼】も同じ思いだったんだなと知り、なんだか嬉しくなった。
次のページをめくると、最後の日記だった。日付は、3月26日……【彼】が死ぬ前日だ。
『3月26日
明日は、計画の準備完了を祝って彼女とデートをする予定だ。デートプランはこうだ。
まず…………』
あの日、【彼】が事故死した日、【彼】が会っていたのは彼女だった? だらだらと【彼】らしいデートプランが書いてあったが、最後の一文に思わず目を見張った。
『…………最後に、彼女に別れを告げる。』
これはどういうことだ?
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