僕たちがつい一年ちょっと前まで通っていた中学校は、全然変わっていなかった。

 日曜日にも関わらず、生徒がたくさんいた。この中学校は部活動が盛んなのだ。

「懐かしいね」

 と彼女が言った。

「うん」

 と僕は答えた。

 けれども、本当は懐かしい感じはしなかった。むしろ、今もまだこの中学校に通っているような感じがしていた。それは、この中学校が今の高校と似ているという意味ではない。高二になっても未だに慣れない高校と比べて、中学の方が慣れ親しんだ〝学校〟のような気がした。

 こうして変わらない中学校を眺めていると、どこかに【彼】の姿があるのではないかと、ついつい探してしまう。

水城みずきくん?」

「……!」

 不意に彼女に呼ばれて我に返る。

「どうしたの? 大丈夫?」

「ごめん、ちょっとボーッとしてた。行こうか」

「うん」


 僕と彼女は、職員室に向かった。外見だけでなく校内も特に変わっていなかった。強いて言えば、一年前にはいたはずの教員がいなくなっていたり、何人か知らない教員がいたりしたぐらいだ。

 幸い、僕たちの中三の時の担任、山本やまもと先生はまだいらっしゃった。

 山本先生は僕たちを見ると、驚いた表情で言った。

「おぉ! 久しぶりだな! 二人とも、元気にしてるか?」

「はい、お陰さまで」

「私もこの通り元気です!」

「それは良かった」

 先生は笑いながら答えた。

「先生こそお元気ですか?」

 僕はあることが気になっていてみた。

「あぁ、何とかな」

 すると彼女が僕の訊きたかったことを悟ったのか、直接訊いてくれた。

「もうお酒飲み過ぎてない?」

 先生もなんのことか悟ったらしく、

「あぁ、そこそこにしてるよ」

 と言って笑った。三人で大笑いした。

 今でこそ笑い話になっているが、先生は前に急性アルコール中毒で入院したことがあるのだ。

「っていうか珍しいな。お前らが一緒にいるなんて。仲良かったっけか?」

「高校で仲良くなったんです。私たち、同じ高校に通ってて」

『別に仲良くはないですよ』と僕が言おうとしたとき、先生が思わぬ発言をした。

「へー、もしかしてお前ら付き合ってるのか?」

 僕が慌てて否定しようとすると、今度は彼女に機先を制された。

「あっ、やっぱりそう見えます? 私たち」

 と言いながら、彼女は僕の腕をつかもうとしてきたので、するりとかわして

「断じて違います」

 と言った。けれども先生はニヤニヤ笑いながら、

「へー」

 と、どこか疑わしげだった。

 僕がふっと彼女の方を見ると、彼女は必死に笑いを堪えている風だったので、僕はまたキッとにらめつけてやったが、彼女は相変わらず含み笑いしていた。


 僕は変な雰囲気にした彼女を内心恨みつつ、話を切り出した。

「ところで今日はちょっとお訊きしたいことがあって来たのですが……」

「訊きたいこと?」

「はい、【彼】についてのことです」

「あぁ、【彼】のことは残念だったな。急にあんなことになって……」

「ええ……、それで、学校に遺ってた【彼】の荷物とかってもう家族の方が引き取っちゃってますよね?」

「荷物?」

「例えば【彼】のロッカーの中身とか……」

「ロッカーの中身も全部ご家族の方が引き取っていったよ」

「ですよねー。その、鍵とかって掛かっていませんでしたか?」

「あー、そう言えば南京錠が掛かってて、ご家族の方も鍵はどこにあるか分からないって言ってたから、やむを得ずペンチを使っての部分を切って開けたよ」

「そうでしたか……、中身は何が?」

「確か【彼】が学校に置いてた教科書とかノートが少しあったくらいだったと思う」

「ちなみにその壊れた南京錠、まだ残ってたりとかは……」

「いや、そんなもんとっくに捨ててしまったよ」

「まぁ、そうですよね……」

 その南京錠を開ける鍵が例の鍵だったかどうかはもはや分からないが、中身を見るにそうではなさそうだ。

 その時、先生が何かを思い出したように、『あっ!』と声を上げた。

「どうかしたんですか?」

 と彼女が訊くと、

「思い出した! あの時一つだけ家族の方に渡さなかったものがあった!」

「えっ?」

 僕らは思わず顔を見合せた。

 先生は職員室の自分の机へ戻って何やら引き出しを開け閉めして物色を始めた。

「確かここら辺にあったはずなんだけど……、おっ! あったあった」

 そう言って先生が持ってきたものは、一冊のノートだった。

 先生はそのノートを僕に差し出した。

 僕は受け取った。

 表紙には何も書いていない。

「このノートをご家族の方に渡さなかったのは、【彼】自身の意向だ」

「【彼】の意向?」

「そのノートの一ページ目を開いてごらん」

 僕は言われた通り開いてみた。後ろから彼女がのぞき込んできた。


『㊙️このノートは家族の誰も見てはいけない』


 そこには確かに【彼】の字でそう書かれていた。

「ロッカーの中から教科書と共にそのノートが出てきて、一緒にご家族の方に渡そうかと思ったらそんなことが書かれていたから、結局渡さないで誰か【彼】と仲の良かった生徒に渡そうと思ってたんだけど、そのまま一年が経ってすっかり忘れてたよ」

「このノートは何なんですか?」

「先を読めば分かるよ。そのノート、君たちに渡そう」

「えっ? いいんですか?」

「だって君たち【彼】と仲良かっただろ? なら【彼】だって読んでもらいたいんじゃないかな?」

 君? 彼女も【彼】と仲良かったのだろうか?

「ありがとうございます!」

 彼女が先生にお礼を言ったので、僕も慌てて

「ありがとうございました」

 と言った。そして帰ろうとすると、急に先生に手招きをされた。彼女は先に行ってしまって、手招きに気づいていない。彼女を呼び止めようとすると、先生に腕を引っ張られた。

「おい、諏訪すわ! 彼女はきっと自分のことを責めてるだろうから、お前がしっかりしてやれよ!」

 先生はそう言って、僕の背中をポンとたたくと行ってしまった。

 何の話だ? 全く話の意図が摑めない。彼女が自分を責めてるだって? 一体何の冗談だろうか。彼女を見るに全く自分を責めてる様子はない。第一、一体何を責めているの言うのだろうか? 全く見当もつかなかった。


 職員室をあとにして、校門の方へ行くと彼女が不機嫌そうに立っていた。

「もー、遅い!」

「ごめんごめん。ちょっと他の先生に捕まってて」

 さっきの話は気になったが訊かなかった。

「じゃあ帰ろっか」

「うん」


 帰り道で彼女と話した結果、ノートは一旦僕が預かることになった。彼女と途中の駅で別れた後、電車の中でノートを開いてみた。

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