第一章 墓参り
1
最寄りの駅に着くと、僕は学校と反対方向の電車に乗った。今日は学校をサボることにした。それよりも行きたい場所がある。幸いなことに、サボっても僕を
下り方面とはいえ、平日にも関わらず電車は空いていた。僕は一番端の席に座り、文庫本を開いた。
僕は普段から本を読むことが好きだ。と言っても、評論や自己啓発本の類いではなく、主に小説を読む。それも持ち運びのしやすい文庫本。出掛ける時はいつも持ち歩いている。
今読んでいる本はというと、とある明治の文豪が書いた、恐らく日本で一番売れているであろう小説だ。
しばらく小説に読み
今日は、暖かくてとても過ごしやすく、
その場所に来るのは、一年ぶり二度目だった。
目的地は、小高い山の上だった。しばらく坂道を登っていくと、石段があった。石段の両側にはたくさんの桜の木が植えられていて、ちょうど満開に咲き誇っている。ここは、知る人ぞ知る隠れた桜の名所だ。
これを上りきると、一面開けた場所に出た。そこは静かな場所で、たくさんの石が規則正しく並んでいる。僕は、ある石の前で立ち止まった。
もう一年も経つのか…………。
僕は荷物を置き、まず挨拶をして、それから
駅から来る途中に購入した花を、花ばさみで長さを
途端に辺りは
線香を網皿の上に置き、再び手を合わせる。
……あの鍵は一体なんなんだよ…………。
そんなことを拝みながら聞いたが、木々の
ここは本当に静かな場所だなと思った。
さて、やるか……。
僕は持ってきたハードケースを開け、中からヴァイオリンを取り出した。肩当てをつけ、弓を張って松脂を塗った。軽く調弦した後、目を
ベートーヴェン作曲 ヴァイオリンソナタ 第五番 作品24 ヘ長調より第一楽章 アレグロ
通称『春』と呼ばれるこの曲は、ベートーヴェンが一八〇〇年から一八〇一年にかけて作曲した曲である。当時ベートーヴェンは、持病の難聴が悪化する中この曲を作曲したというから驚きだ。
そしてこの曲は、去年、中学の卒業式で【彼】と共に弾いた曲だ。それが【彼】と合わせた最後の曲となった。本来はピアノとヴァイオリンの曲だが、ここではもちろんヴァイオリンのみだ。
冒頭は、まさに『春』と呼ばれる
けれども、この曲をちゃんと弾いたことのある演奏家は、皆知っている。
この誰もが聞いたことのある、大変有名な旋律を、太く、かといって、美しく弾くのがいかに難しいことか。
大抵、この曲を少し
その後、第一主題をピアノが引き継ぎ、ヴァイオリンは分散和音で伴奏する。
ん? ピアノ?
ふと、どこからかピアノの音が聴こえた。うっすら目を開くと、【彼】が共に弾いていた。あの時のように…………。
さすがは【彼】だ。
あの難しい第一主題を理想的な音色で弾いてくれる。お陰で僕は気持ちよく合わせられる。
その後、ピアノが先行して第二主題へと入る。
第二主題では一転、ハ長調に転調し、ヴァイオリンへと旋律が移ると、ピアノは和音連打で伴奏する。途中で出てくる、リンフォルツァンドからのピアノ、というスビトピアノは特に難所だ。
その後、ヴァイオリン、ピアノと速いパッセージを演奏し、最初へ繰り返す。再び第一主題、第二主題と繰り返した後、展開部へと入る。
展開部では、第二主題を展開させて、ピアノが旋律を弾く。そして、ヴァイオリンが三連符で後を継ぐと、ピアノと交互に三連符で更に展開していく。
ここは春の嵐を連想させる激しい箇所だ。
その後、十六分音符で短二度の音型をピアノ、ヴァイオリンが共に弾き、緊張が高まったところで、再現部がやってくる。
再び安定した第一主題を今度はピアノから奏でる。そしてヴァイオリンへと移り、戻ってきたと思いきや、すぐに短調の雰囲気を醸し出す。
しかし、ヘ長調で第二主題が戻ってくると、また明るくなる。
やがて曲も終盤に差し掛かり、コデッタに突入すると、再び展開部の
一年前の光景を回顧した。
みんながスタンディングオベーションしている。
舞台の上から見えるみんなの笑顔
満足そうな【彼】の横顔
そして、講堂に響く万雷の拍手
まるで今起こっているかのように、ひとつひとつ鮮明に思い出される。
段々と、拍手が一つに
いや、違う……?
一際目立った拍手が聴こえてきて、瞑っていた目を開いた。
果たして、拍手のような音が実際に鳴っていた。
振り返ると、手を
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