第2話「思惑」

「うぉぉぉぉおおお‥‥‥あれ?」

「お疲れ様でした敦史くん!」

「ここは‥‥‥俺、さっきまで――」

「ここは観戦ルーム。敗退者の観戦部屋だよ!」

「敗退者? 俺、負けたの? もう!?」

「思いっきり頭たたっ斬られてたじゃない、現実だったら死んでたよ?」


 意気揚々とプログラムに臨んだ田中敦史の非日常体験は、哀れ開始5分で終了してしまった。

 観戦ルームと称された空間で一人、唖然呆然と嘆き節を続ける田中の様子を、火野は満足そうに眺めていた。


「うんうん、あなたのおかげで掴みはバッチリですよ、田中選手!!」

「まるで想定通りの展開とでも言いたいような反応だな、台本でもあるのか?」

「やめてくださいそういうこと言うの!! 冗談でも笑えないですよ!!」


 自身の上司にあたる部長、木田きだ達人たつひとにからかわれ、火野は慌ててヤラセ疑惑を否定する。

 その一方で、「想定通りの展開」という点については認めた。


「勿論、ほんとのところはどんな展開になるか、想像もつかないところではありましたが‥‥‥田中選手には早々に戦って退場してもらう役割を期待してましたよ」

「ひどい扱いだな‥‥‥」

「そのための映えやすい能力、燃える勇士ファイアーマンです! 彼の名前はアツシですし、そういう意味でもピッタリでしょ?」

「‥‥‥それで、期待、というか、どうして彼がそうそうに動き出すと予想したんだ。なにか根拠でもあるのか」


 このプログラムの参加者の募集方法はインターネット上の自社の応募フォームから。

 参加者の選定は火野らプロジェクトチームが行ったが、数千人の応募者から10人のプレイヤーの選定を行う根拠になりえたのはそのフォームに入力された年齢や職業、参加動機といった情報のみ。

 プレイヤーの性格等を把握しきるのは困難なはずであった。

 木田の疑問に対して火野は笑いながら答える。


「勿論根拠と言えるほどのものではないんですけどね、仮に彼が静かな立ち上がりであったとしてもそれはそれで面白くなったと思いますし。ただ、彼の場合、プロジェクトへの参加の動機が浅かったと言いますか」

「浅かった?」

「10人のプレイヤーの多くはお金が必要な理由だったりなんだったり、私たちの目を惹くような経歴や参加の動機があって選ばれています。逆に、単に面白そうだとかお金欲しい~遊びた~いみたいな感じの人の方が応募者の大多数で、田中選手もその大勢の中の一人です」

「なるほど‥‥‥じゃあ彼をプレイヤーに選んだ理由は」

「そういう人が一人くらいいると、さっきみたいな展開になりそうかな~って。動機の項目を読むからに、いい感じにお調子者っぽいな~って感じでしたしね。まぁ、あくまでもゲームなのでこんなことを言うと大仰な気はしますけど‥‥‥清水選手とは覚悟が違いますから、勝てないですよね」





「減ったライフゲージ、上がったレベル、そして敗退のアナウンス‥‥‥これは、いささか目立つな」


 田中との対決に勝利し、当初の目論見通り他のプレイヤーに対してレベル差をつけることに成功した清水であったが、その表情は険しい物であった。

 レベルの高い相手との戦闘で得られる経験値は高くなるというシステムも相まって、ライフの少ない今複数の敵に狙われるとそのまま退場もあり得ると考えていたからだ。


「敵にとどめを刺したときにはまた、経験値にボーナスが入るからね、現在のレベルは141、いくらレベルがバンバン上がるといっても他のプレイヤーを牽制するには十分だと思うよ?」

「‥‥‥だとしても、暫くは隠れていた方がよさそうだな。ライフを回復でき次第動きたいが‥‥‥無駄に時間がかかるのが痛いな」

「火傷だね、最後の抵抗の時にもらっちゃったね」


 加えて、今の清水は不運にも火傷の状態異常に陥っている。

 減った分のライフゲージは時間経過と共に自然回復していくシステムだ。

 満タンから4割ほどゲージの減った清水、本来であれば10分ほどで全快まで回復できるはずであったが、田中の人間火炎放射でダメージを受けた際に火傷の状態異常にかかったことで、回復までの時間がより遅れてしまうというのが彼の現状だ。


「今回設定された主要の状態異常3種、状態異常をかけてきた相手のレベル等によって治るまでの時間は変わるけど、いずれも受けている間は、本来回復するはずのライフの分だけダメージを受けるよ。加えて痺れなら移動速度の半減、毒なら防御能力の半減」

「火傷なら、攻撃能力の半減だったか‥‥‥」


 火傷にかかっている間は全ての自分の攻撃の威力が下がってしまう。

 自身の現状を冷静に鑑み、清水は少なくとも火傷の時間が終わり体力を大方回復するまでは大人しくしておくことを決めた。

 それにしても、と清水は先ほどの戦闘を思い返す。


「止めの一撃の瞬間には既に火傷にかかっていたはずだが、よくあの一撃で止めを刺せたものだな」

「凄いでしょ? 一本の威力! 電脳剣士ソードマスターの目玉の技だよ!」


 止めを刺す直前に清水に直撃した炎、火傷を負ってなお3割以上のライフゲージを残していた田中を討ち取った一撃。

 胴や面など、いわゆる剣道の「一本」を成立させると強力な打撃になるという特徴が清水の能力にはあった。

 打撃の場所だけでなく声や動きなど、あくまで剣道の一本を成立させる必要があるため多少隙が見られるが、それを狙うだけの価値はある大技として設定された「一本」。

 面が最も威力が大きく、続いて胴、小手、突きの順に威力が下がっていく。

 田中との戦闘においては胴、面がしっかり決まっており、ダメージを大きく稼いだことが清水の勝利の要因となった。


「君にピッタリな能力でしょう?」

「まぁ、幾分戦いやすいとは思うが‥‥‥少なくとも剣道にはバットスイングのような振りも剣のリーチが極端に変わるようなこともないぞ」


 基本の身体能力はプレイヤー本人のそれにある程度は準ずるという仕様上、自身と相性がいいというのは確かに間違いではない。

 幼い頃から剣道を学び、中学時代には地域でも有数の実力者であった清水は、フェアリーの発言に苦笑いをするほかなかった。






「敗退者が出たって!? てことは、もう誰かがバトルしたってことだよね!!」

「サポートギア見てみて、ひかるくん」

「うわぁっ、レベル141!? もうそんなになってるの!?」


 早くも最初の敗退者が出たというアナウンスに、当然残りのプレイヤーたちは皆少なからずも驚く。

 サポートギアからステータスを確認し、レベルの変動量から戦闘を行ったプレイヤーが誰なのかを把握すると、その反応は人それぞれだ。


「いいなぁ、僕も早く誰かと戦いたい!!」

「気持ちは分かるけど、慎重にね光くん。負けちゃったらそれで終わり、あとはずっと待機時間だからね?」

「それは勿体ないなぁ、えっと、田中さんだっけ、彼は可哀そうだね」


 中には戦闘を羨む者。


「こんなに早く勝っちゃうなんて、この清水って人はこういうゲーム得意なのかしら。強いならどんな能力なのかくらいは把握しておきたいね‥‥‥」

彩音あやねちゃんの能力なら索敵はしやすいもんね!」

「体力も減ってるし、場合によってはそのまま倒しきれるかもしれない‥‥‥慎重に、ちょっと探してみようか」


 中には自分の能力を用いて探りを入れようとする者。


「ううう‥‥‥胃が痛い‥‥‥」

「どうしたのいずみちゃん、今更緊張?」

「だって‥‥‥いざ始まってみると、やっぱり怖い‥‥‥」


 中には、戦闘に怯える者も。


「できればこのまま最後まで戦わず――」

『ニャァァッ!!』

「ヒャッ!?」


 しかし、そんな彼女の思いとは裏腹に、一人のプレイヤーが彼女を見つけ、標的として定めてしまう。


「ひっ、え、猫!?」

「いいわよ、そのまま攻撃を続けなさい!!」



 斎藤さいとう美奈みな

 27歳、ファッションデザイナー。

 与えられた能力は「獣の女王ビーストテイマー」。

 NPCのアニマルを召喚、使役して戦うプレイヤー。


「そのまま一気にひっかき倒しちゃいなさい!!」

『シャァァァァッ!!!』


 女王の操る鋭い爪が臆病な少女に無慈悲に襲い掛かった。

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