バトル・デジリアル~Vattle digireaR~

ポン酢

第1話「Vattle digireaR」

「ハァッ!!」


 叫び声と共に右手を突き出して強く念じると、その掌から炎の球が放たれる。

 放たれた炎の球はそのまま宙を浮きながらゆっくりと前方へ進み、徐々に小さくなって、そして消えていく。

 その炎の出所の右手が火傷している、なんてことはないが、そこから上がる煙、ゆらゆらと赤く輝いた不形の球が持つ温度などからやはり、それは炎だった、なのだと知る。


「スゲェ‥‥‥本当に、俺の手から炎が出たみたいだ!」


 青年は、VR空間の中にいた。

 高い技術力で近年急速に力をつけている会社、「New World Creation」が完成させた、今までの常識を凌駕するかのような、一つ上のグレードへ上ったVR空間。

 お世辞にも賢いとは言えない青年ではなくとも、常人にその原理や仕組みを理解することは不可能に近い超技術によって作られた「現実と交わらないもう一つの空間」において、彼は炎を扱う戦士として存在していた。


「ハァァッ!!」


 今度は拳を握りしめて勢いよく前へ突き出す。

 いわゆる「パンチ」の動作、その拳は熱い炎に包まれている。

 同様に炎を纏ったキック、そしてパンチ、またキック。

 もう一度炎の球を作り出し、それを放つ。

 放たれた炎の球は青年の思惑通り、先ほどよりも速いスピードでより遠くまでとんでいった。


「アハハ! 楽しそうだねぇ!!」

「楽しいぜ、本当に!! ゲームの世界みたいだ!!」

「だってゲームだもの、VRゲーム」

「でも現実みたいだぜ? 全く、こんな楽しく遊んで、そんでもって1000万円もらえるなんて、俺ってば本当に運がいいぜ!」

「ちょっと、敦史あつしくん、分かってると思うけど、賞金は優勝した一人だけのものだからね?」


 田中敦史たなかあつし

 17歳の、どこにでもいる平凡な男子高校生。

 VRバトルプログラム、「Vattle バトルdigireaRデジリアル」の参加者の一人。

 炎を操って戦う「燃える勇士ファイアーマン」の能力を与えられたプレイヤー。

 インターネット上で見つけたプログラムの参加者募集の広告、「優勝賞金1000万円」「新時代の非日常体験」「漫画やアニメのヒーローのように戦える」といった文言に惹かれ応募したところ、見事プレイヤーに選ばれた幸運の男であった。


「だって、炎だぜ? 炎を操る勇士! それこそアニメの主人公みたいな能力じゃんかよ、勝つに決まってる!」

「うーん‥‥‥ちょっと考えが短絡的すぎない? 他にも強い能力色々あるけど‥‥‥」


 プログラム開始が近づく中で、能力の試運転もほどほどに浮かれ倒す彼に対し呆れているのはサポートAIの「フェアリー」。

 羽の生えた小人の少女の容姿をした、文字通り妖精のような彼女は各プレイヤーにそれぞれ一人ずつついており、プログラムの進行に従って必要な情報をプレイヤーに提供する役割を持つ。

 それと同時に、特別必要のない会話をプレイヤーと繰り広げるのは、各種動画サイトで中継されているこのプログラムを視聴している人々へ、「NWC」社の商品としての人工知能を宣伝する意味合いもあった。


「だから、あんまり浮かれてるとそのだらしない姿も全国の人に見られることになるから、ちょっと気を引き締めた方がいいよ?」

「うぇ‥‥‥それはカッコ悪いかも‥‥‥そう言えばダチにも中継見とけよって言ってたんだった。おーい!! みんな見てるかぁぁぁ!!」

「‥‥‥もう始まるけど、準備はオッケー?」

「勿論!!」


 AIにたしなめられながら、田中は開始の瞬間を今か今かと待ちわびる。

 NWC社の技術力の大々的なアピールとして開かれたこのプログラムへの注目度は、日に日に大きくなっていった。

 この放送を視聴する人の数も、きっと大多数に渡るだろう。

 そこで活躍すれば、一躍有名人、スターだ。

 しかも優勝すれば1000万円。

 このプログラムには、まさしくVRドリームが詰まっている。


「あと10秒だよ!!」

「よーし!! この燃える勇士ファイアーマン、敦史が全員倒してやる!!」

「全員? それは厳しいような‥‥‥はい、スタート!!」

「いくぞぉぉぉ!!!」


 平凡な高校生が炎のヒーローへと姿を変え、ファイアーマン田中の挑戦はこうして幕を開けた。





 全員倒すという宣言通り、走り回って他のプレイヤーを探した田中は、程なくして一人、プレイヤーを発見した。


「はぁ、はぁ、はぁ、よし、見つけたぞ!!」

「見つけたのは結構だけど、疲れてない? 初期の体力や身体能力は、概ね本来の君の物と変わらないんだから気を付けないと‥‥‥」

「そういえばそんな説明されてたっけ‥‥‥なんか無限に動けるものかと‥‥‥」


 プログラムの舞台は一般的な小学校をイメージした物、そのいわゆる運動場の真ん中で、田中が見つけた参加者は鎮座していた。

 目立つ場所で一人座っているその様は、「見つけてください」と言っているかのよう。

 だが田中のいる校舎の角からでは距離があり、炎玉を飛ばしても届かず、気づかれないうちに先制攻撃する手段はなかった。


「よし!」

「いくの?」

「だって、戦わないと始まんないだろ!!」


 そしてファイアーマン田中は、真正面から標的へと向かって再び走り始めた。



「‥‥‥来たか」

武蔵むさしくんの狙い通り?」

「ああ、わざわざ探すのも手間だろう」


 運動場の中でも特別遊具などもないエリアのど真ん中、そこで構える彼、清水武蔵しみずむさしに田中の接近が気づかれないはずもない。

 清水は田中の姿を認めると、ゆっくりと立ち上がって戦闘の準備をする。


「10人で争い、最後に残った一人が優勝、それならなるべく戦わずに他のプレイヤーが潰しあうのを待ったほうがいい‥‥‥だが、それでは勝てないのだろう?」

「うん、戦えば戦うほど、レベルアップするからね」


 「Vattle degireaR」の全てのプレイヤーにはレベルが設けられており、レベルが上がれば上がるほど、各々の能力が強化され身体能力にも補正がかかる。

 そのレベルを上げるためには、他のプレイヤーと戦闘を行うしかない。


「それなら、誰よりも早く他の相手と戦闘を行い、他者よりレベルを上げるべきだ」

「それで、他の相手に見つかりやすい場所に陣取ったわけだ。なかなかアグレッシブなことするねぇ」


 清水は自身の右腕に装着されたサポートギアを操作して、他のプレイヤーのステータスを確認する。

 そこから確認できる現在のレベル、ライフゲージ共に全てのプレイヤーに変化はない。


「一番乗りか‥‥‥問題は、タイマンで勝てるかどうかだが」

「頑張れー!」


 フェアリーの応援を受け、清水武蔵は対敵の方へ目を向けた。



「おい! ‥‥‥お前!!」

「武蔵くんだよ、清水武蔵くん。始まる前に顔合わせはしたでしょ?」

「清水武蔵!! お前の命は俺がいただく!!」

「命なんていただけません!! 物騒なこと言わないでよイメージ悪いじゃん!!」

「‥‥‥うるさそうなやつが来たな」


 そして、遂に二人のプレイヤーは相まみえる。

 炎を飛ばす攻撃である程度のリーチを保証されている田中は、清水の攻撃を警戒して必要以上に近づかない。

 プレイヤーの能力に関しては、他のプレイヤーに一切公開されていないため、敵の能力の全容は戦闘を介して探っていくしかない。


「武蔵くんは君と同い年だよ、このプログラムが終わる頃には友達になれてるかもね!」

「ハンッ、贅沢な面しやがって! 俺はああいう奴は嫌いだね!」

「贅沢な面って・・・確かに、SNSを見た感じ武蔵くんの方が人気っぽいけど」

「うるさい!! 分かったよ、イケメン君には早々に退場してもらわないと、俺のスターへの道が危ない!!」


 田中が先に仕掛ける形で戦闘は始まった。

 勢いよく放たれた炎の球は、しかし十分な距離があったために清水に楽々とかわされた。


「ハッ! ハッ!」

(炎の攻撃か‥‥‥中・遠距離の攻撃には困らなさそうな能力だな)


 めげずに田中は炎の球を乱射する。

 清水はやはりそれを冷静にかわしながら、同時にじわり、じわりと距離をつめていく。


「くそっ、ちまちま避けやがって‥‥‥それなら!!」


 清水の接近を許した田中はそこで炎玉攻撃を諦め、直接攻撃を試みた。


「ファイアーパンチだ!!」


 炎を纏い威力の挙がった打撃、紅色の拳が清水の顔面を捉える寸前のところで、清水は身をかがめてそれをかわし、次の瞬間田中へ向けて大きく切り込んだ。


「胴!!」

「なっ!?」



 清水武蔵。

 田中と同じく、17歳の男子高校生。

 与えられた能力は電脳剣士ソードマスター

 エネルギー状の刃を持つ剣を手元に瞬時に出現、消滅させながら、それを武器に戦う能力である。


「うるさい人間は苦手だ、特にあの手の奴は俺の嫌いなタイプだ」

「まぁまぁそんなこと言わないで、折角の同級生なんだし‥‥‥」

「ああ、確かに、この分なら、あいつを倒すのに苦労はしなさそうだな」

「話噛みあわせていこー?」


 清水の攻撃がクリーンヒットし、田中は一撃でライフゲージの3割を失ってしまった。

 技の衝撃で大きく飛ばされた田中はすぐさま立ち上がり、追撃を狙う清水を警戒する。


「いってー‥‥‥一体なんだよ今の攻撃」

「ちょっと、痛いとか言わないでよ! イメージ悪いじゃんか!」

「なんだよイメージイメージって。だってなんか、腰にすっごいの来たぜ?」

「衝撃の大きさはダメージの大きさを表してるの。痛いとか苦しいとか、攻撃によって生じる不快な感覚は全て排除されてるけど、それじゃあ受けたダメージ量を直感的に認識できないでしょ?」

「なるほど、まあ、確かに痛いって感じではなかったけどさ」

「でしょ! じゃあ痛いって言わない! このプログラムは確かな安全性を確保したうえで行われています!!」


 フェアリーが視聴者へアピールを行う最中にも清水は田中の元へ攻めてくる。

 彼の右手に携えられた蛍光色の物体を見て、田中はようやく敵の武器を把握する。


「なるほど‥‥‥あのビーム状の剣がさっきの攻撃の正体か。それなら接近させなければなんとかなるな!!」


 もう一度、田中は気合いをいれて炎の球を飛ばす。

 放たれた炎玉はこれまでと比べ、より威力とスピードを増し、今度は清水を捉えることに成功した。


「っ!!」

「よっしゃ、ヒットだ!! それにしても、今の‥‥‥今までよりなんか強かったような‥‥‥」

「レベルアップしたからね! 相手から攻撃を受けると、そのダメージ量に比例して経験値が入ってレベルが上がって、能力が成長するの!!」

「そう言えばそうだったな!!」


 フェアリーに言われてルールを思い出し、田中はサポートギアで自身のステータスを確認する。

 表示されたレベルは25、28、31と今なお上がり続けていた。


「経験値は相手に攻撃を当てることでより多く得られる、今の攻撃がヒットした分のレベルアップで更に強くなったはずだよ!」

「そいつはすげぇ!! それにしても、凄い勢いでレベルが上がってくな‥‥‥」

「レベルはMAXで9999だからね、ガンガン上がるよ!! まぁそこまで上がりきることは想定してないけど‥‥‥気を付けて、向こうのレベルも同じように上がってるはずだから」

「おうっ!!」


 フェアリーのアドバイスを受けて田中は炎玉による弾幕攻撃を敢行。

 話の通り威力の上がった攻撃に対して、一転清水は防戦一方となる。


「これは‥‥‥厄介だな。あの炎の雨を切り抜けてあいつを斬るのは難しそうだ」

「武蔵くん、今の攻撃を受けてレベルが50を超えたよ!」

「レベル50、スキルの追加か‥‥‥ついてるな、この技ならいけるか」


 レベルアップにより追加された技を確認すると、清水は一度とっていた距離を再び詰めにかかる。


「お、このまま逃げ続けるのかと思ったらまた突っ込んできたな!! 飛んで火にいる夏のイケメン!! その面涙で濁してやるぜ!!」

「敦史くーん、主人公っていうより凄い悪役っぽくなってるけど大丈夫?」


 距離の近くなった清水に対して、田中はより一層気合いを入れて炎の球を打ちこんだ。


「それだ!!」

「なっ」


 対して清水は剣をバットのように持って構え、とんできた炎の球に対してフルスイング。

 対象の物を「切る」のではなく「打つ」反射用のスキル、「反射の剣リフレクト・ソード」で打たれた炎玉は、まっすぐ田中へととんでいき、ものの見事に直撃した。


「うわぁぁぁぁ!!」

「あらら、大ダメージだね‥‥‥大丈夫? 敦史くん」

「決まったぁ!! お見事! 武蔵くん!!」

「チャンスだ、一気に決める!!」


 衝撃で再び大きく吹き飛ばされた田中を、今度は仕留めきると言わんばかりに走って追い詰める清水。

 炎の球に対する解答も用意できているため、多少の反撃を恐れず大胆に距離を詰めていき、すぐに剣の攻撃範囲に田中を捉えた。


「ま、まずい、ヤバイ! 負ける、負ける、どうしよう!!」

「諦めちゃダメ!! レベル50突破したし、新技で逆転だよ!!」

「そうだそれだ!! ハァァァァアアアア!!!」


 田中も負けじと追加されたスキルで応戦。

 自身の息を炎に変える、「人間火炎放射器」攻撃で清水にダメージを与える。


「ちっ、近づけないか‥‥‥ん?」

「ハァァァァ‥‥‥ァ、ァァ‥‥‥ハァ‥‥‥ハァ‥‥‥」

「息切れか、しめた!!」


 だが、田中の息が途切れるとともに炎も途切れてしまい、その瞬間が致命的な隙となってしまった。

 清水は剣を高く振り上げ、大きく踏み込むと共に田中の脳天へ向けて剣を振り降ろした。


「面!!!」




『全プレイヤーへ通達します。田中敦史選手が敗退しました、残りプレイヤーは9人です』


「まさか、もう一人脱落者が出るとは‥‥‥開始5分程度だろう、まだ」

「あ、部長! 見てください!! SNSトレンドランキング第1位!!」

「ムサシ君‥‥‥これは」

「今まさに田中選手に勝利したプレイヤーの名前ですよ! このプログラムが如何に反響を呼んでるかの証拠です!!」


 若きNWC社幹部、「Vattle digireaR」プロジェクトチームリーダー、火野ひの未来みらいは運営ルームからゲームの行方を騒がしく見守っていた。

 自身が責任者となって推し進めたビッグプロジェクトがトラブルもなく無事終了するのか、少しばかりの不安こそあったが、この完成されたVRの世界は火野自身が幼いころから夢見た、叶えたい世界そのものである。

 特別な力なんて持ちえないこの世界の人間が、今まさに漫画やアニメの世界のヒーローのように炎を操って、ビームソードを操って、戦っている。

 そして、自分と同じように、この「ヒーロー」達の戦いに夢中になっている人たちが、今この世界に大勢といる。

 そんな光景を自らの手で実現させたという達成感も相まって、火野は今興奮を抑えきれずにいた。


「他にもフェアリーとかVRとかバトデジとか、このプログラムを示唆するワードが多数ランクインしています!! NWCだって、ほら!!」

「ああ、分かった分かった、ひとまず落ち着いてくれ、火野君。まだプログラムは始まったばかりだろう、このペースだと想定より随分と早く終わってしまう計算になるが、大丈夫なのか?」

「その点はご心配なく、私もそんな勿体ない結末にはしたくないですから。もう少しゲームが進んでから、手を打ちますから」


 このゲームの「ゲームマスター」としての役割も持つ火野未来は、少しばかりテンションを落ち着かせて、残る9人のプレイヤーの様子を観察するのだった。

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