一幕 劇の開幕
『
約100年前の21世紀初頭
人類に突如襲いかかった厄災
人間を捕食し、人知を超えた力を扱う怪物が出現し始めた。ある日突然、人間が化物に変化する謎のこの現象は、呪いとも、神の祟りとも言われ、人類を苦しめ続けている。
異人化した人間は、人を遥かに超越した身体能力を持ち、人間を襲撃する事が多い。
『異人化について』と書かれたAOSO(Anti-OffensiveSpecter Office/攻撃性異人対策局)
が出版しているテキストを閉じる。
「おい、海斗、また勉強かよ。さすが学科のトップ生はすごいなぁ。でもお前も大学生なんだから、たまには遊んどかねーと将来後悔すんぞー」
友人の塚本翔太が肩を組んでくる。
「まさかあれか?明日の襲撃研修にビビってたり?」
図星をつかれた。
僕らが在学しているのは『AOSO自治大学』日本で唯一、人を襲う攻撃性異人の駆除を行う行政機関、AOSO直属の大学だ。
僕らは明日、AOSOの現役捜査官の異人襲撃に同行する『襲撃研修』を控えている。見ているだけとはいえ、命の奪い合いに同行するのだ。緊張しないわけがない。
「翔は、怖くないの?」
一見明るそうに見える翔太に聞いてみる。
「あー……そりゃ怖いけど」
頭を掻きながら答える翔太。
「でも将来、捜査官になるためだって思ったら、怖くても前向きになれるみたいな?」
ニコっと微笑んで翔太が肩を叩く。
「海斗は昔からネガティブすぎるんだよ、もうちょっと気楽に生きろって。」
そう、翔太はいつだって前を、未来を見ている。
小学校で初めて出会った時、僕は小学校での生活が不安でうじうじしてたけど、翔太は新しい生活に目を輝かせていた。
高校受験の前でも、伸びない成績に悩んでいた僕とは違って、翔太は勉強も本気でやれば楽しいもんだなといって満喫していた。
大学受験に実技試験で失敗し、浪人していた時でも、落ち込んでやる気をなくした僕とは対照的に、翔太は、浪人生ってのも悪くないと言って笑ってた。
「てか海斗、10時に明日の俺らの組で顔合わせだよな。もう一人ってもう来た?」
明日の研修は僕、翔太、そしてもう一人の3人組で行動する。他の学生も3人1組でそれぞれ襲撃に同行する。
「いや、まだ来てないよ。そろそろ来ると思うけど」
時計は9時55分を指していた。もう一人とはこの部屋で待ち合わせているから、もうすぐ来るはずだ。
ギィ……とドアが開く。
「あ、成瀬さんと塚本さんですね?お待たせしてすみません。明日同じ組の者です。」
全身を黒く纏った身長高めの好青年が入ってきた。革靴に細身のスラックス、黒シャツに黒ジャケット、その上から漆黒のコートを羽織り、胴から伸びた細長い腕の先には同じく漆黒の手袋をはめており、イケメンの部類に入るであろう顔と首を除いて真っ黒という異様な装いの男だ。
「あ、君が噂の田中くん?入学試験トップ合格で入学後も実技で常に主席っていう。」
翔太がその黒い男に尋ねる。そんなにすごい人だったんだ、と僕は驚く。
「過大評価ですよ。運良く、不条理に見舞われなかっただけです。」
自慢げな様子を微塵も出さずに謙遜しながら黒い男、田中くんが歩み寄ってくる。
「お二人は幼馴染なんですよね?羨ましいものです。僕にはそういった人がいませんので。」
よっこいしょ、と僕と翔太の隣に腰掛ける田中くん
「え、なんでその事を?」
思わず聞き返す。たしかに翔太とは構内でもよく喋るけど、幼馴染だと言って回った記憶はなかった。
「異人駆除において、情報収集というのは重要な事ですよ。このぐらいの下調べは当然です。」
そう言いながら僕と翔太の写真付きプロフィールが映されたタブレットを見せてきた。
ここまでいくともはやストーカーの域ではないのかとも思ったが、これが主席と一般生徒の違いなのかと納得もした。
「はぁー、すっげえな」
感心したようにタブレットを覗き込む翔太。
「まあ堅苦しい話は後日にしましょう。どうでしょう、少し早いですが、学食で昼食でも取りながら明日の件について話し合うというのは?」
「お、いいじゃん、そうしようぜ」
そうだね、そう言って僕は席を立った。
「では、参りましょうか」
そう言って先ほど入ってきたドアを開けた田中くんの目は、一寸の光も宿さない、透き通った漆黒の目だった。
AOSO自治大学はAOSO第二支部に併設された、全寮制のAOSO捜査官を育成するための国内唯一の学校法人だ。
敷地内には一般的な学校施設のみならず、対異人戦闘用の訓練施設や異人から採取される『血晶』と呼ばれる物質を研究する研究所、ジムやレストランなど、小さな町かと思うほど、ありとあらゆる施設が揃えられている。
僕らはその中でも比較的リーズナブルなイタリアンの店に入った。
さてっと
腰を下ろしながら田中くんが話す。
「改めましてですが、『終末時計』専攻の田中啓司と申します。成瀬さん、塚本さん、明日は何卒よろしくお願いしますね。」
形のいい唇を印象良く微笑ませ、形式的な挨拶を済ます。
「そんな堅いのもういいだろ、それより『終末時計』専攻か。また誰もやりたがらないようなことなってるのな。」
翔太も席に着きながら感嘆する。
それもそのはず、『終末時計』専攻とは、この国で知らないものはいない、脅威度トップの攻性異人集団『終末時計の共同体』の駆除を専門分野とする捜査官を目指すということに他ならない。
『終末時計の共同体』とは、世界的に見ても構成人数トップの攻性異人集団であり、『五劇衆』と名乗る脅威認定Ⅴの異人、一人一人が一つの軍隊と変わらないような怪物が率いている極めて危険な集団だ。
田中くんはコップの水を口に含む。
「なんでも、最近になって連中の活動が活発になっているようですから、明日、何もなければいいのですが。」
目を細めながらそう語っていた彼が、一体何を考えていたのか、僕らはもっと深く推察すべきだったのかもしれない。
翌日
「はじめまして、私は加藤二級司令官。今回の駆除体験は私が担当いたします。」
僕らの担当、加藤二級司令官である。保安官、司令官、指揮官と分類される捜査官の中でも、保安官の上司にあたる司令官はかなりの実力者がそろっている。
「加藤さん、今回の駆除対象はどんな異人なんですか?」
「この付近のアパートに潜伏していると見られる攻撃性異人で、脅威度はⅠです。最近では5名の方々が餌食となりました。まだ血晶も使いこなせないようなのでこれ以上の捕食が始まる前に、早めの駆除を、という事で君たちの研修先となっています。皆さんの安全は私が保証しますのでご安心を。」
「司令官の方が担当ならば安心ですね。」
田中くんがにこりと笑う。今日も全身真っ黒である。
「ええ、ですが油断はしないように。現場では一瞬の判断が命取りです。」
「はい」
「おうー」
「かしこまりました」
三者三様の返事をして歩いていると目的地に着いた。どこにでもある少し年季の入ったアパートだ。駅も近く便利な立地だ。
「さあ、開けますよ!」
三階のドアを蹴破った先に異人が……
「……いない?」
もぬけの殻だった。
逃げられたのか、いや、そもそもこの部屋は、『何かがおかしい』。
テーブル、イス、キッチンに置きっ放しのお皿や調理器具、テレビや冷蔵庫などといった当たり前の生活用品
その全てが
無い
生活用品はおろか、この部屋には物が何一つないのだ。
異人といっても生活必需品は必須だ。異人だからといって、立ったまま就寝できるわけでも、一日中立ちっぱなしで過ごせるわけでもない。
「これは、まさか…!」
その言葉を最後に、加藤さんが僕らの前から消えた。
否、首から上が、消し飛んだ。
瞬きほど短い時間のうちに、一人の人間の命が、無慈悲にも刈り取られた。
「あーあ、これが、これこそが、この事態こそ、この現状こそ、この世界こそ……
不条理……ですネぇ……」
突如として、不条理劇が開幕した。
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