第3話 二人目のプレイヤー

 そこには女の子がひとりぼーっと立っている。


「おい!」


 その娘は俺の声に気づいてこちらに顔を向けた。その顔つきは幼さを残していて、可愛らしいという表現がぴったりと当てはまると女の子だ。


「あなたも、ここに閉じ込められたのですか?」

「いや。閉じ込められたというか、何がどうなっているのか分からないんだ」


 俺は開いた扉を抜けて、彼女がいる部屋へと移動した。


「どういう事ですか?」


 彼女は俺のそばへと近づく。彼女の身長は俺の肩の高さ位で、制服を着ていることから学生と思われる。


「記憶が欠損しているんだ」

「欠損?」

「そう。言葉とか、一般的な事は分かるんだけど、自分の事に関する記憶が一切無いんだ」

「ふ〜ん」


 彼女は俺の頭から足先までひとしきり眺めたあと、少し考えてから口を開いた。


「霧野学園高校の制服」

「知ってるのか?」

「うん。私の中学校から1キロ離れてない所にある私立の進学校」


 なんか幼い顔だちだと思ったら、この子中学生だったのか。でも、はっきりと自分の中学校の事が分かってるってことは、記憶は残っているってことなのか?


「ちょっと悪いんだけどさ、君ってここに来る前の記憶はあるの?」

「それは当然あります。あ、それから君って呼ぶのやめてくれませんか? 私の名前は岩崎 かな。霧野西中学校二年生です」


「あ、じゃあ、岩崎さん」

「それもかたいんで『かな』でいいです」

「じゃあ、かなちゃん」

「はい」


「ここに来た記憶があるって言ったけど、全ての記憶があるって事なのか?」

「う〜ん」


 彼女は少し考えて、間をおいてから答える。


「全てあるとは言えないんですよね」


 今、俺たちがいる部屋はリビングにあたるのだろうか。床は初めに居た部屋と同じ黒色で、部屋の壁は真っ白。部屋の形は長方形で長い方の壁に二つ開いた扉があり、一方は俺が、もう一方は彼女が居た部屋に繋がっている。


 前の部屋と明らかに違っているのは、部屋の中央に黒色のテーブルと白色の椅子が設置されているところだ。

 俺はテーブルに収められている椅子を二つ引き出し、彼女に勧め、自分も腰掛ける。


「ありがとうございます」


 きちんとお礼も言える、しっかりとした真面目な娘のようだ。


「あ、記憶の話でしたね。ここに来た事は自ら望んで来たんですけど、その理由が分からないんです」

「理由が分からないって?」

「私の場合、ここに来たのは契約書によるものなんです」


 契約書? 俺はそんなもの見た覚えも無いし、書いた覚えも無い。


「その契約書ってかなちゃんが書いたものなの?」

「はい。確かに私の書いた文字でした」

「それって、契約書を書いた記憶が無いってこと?」

「そうですね。その契約書には氏名、生年月日、年齢、性別などの欄があって、この企画の参加への意思、理由を書く欄があったんですけど……」


 彼女は曇った表情でテーブルの一点を見つめた。そして、暫くしてから意を決したように俺の顔を真っ直ぐ見つめて話を続ける。


「理由の欄は黒で塗り潰されていました。問題なのは参加への意思の欄ですが、書きなぐられた文字で『今すぐに参加する! 1秒たりともここに居たくない!』って書かれていたんです」


 彼女は書いた覚えていないと言っているが、かなり強い意思でここに来る事を望んでいたのだろう。

 とりあえず、この妙に緊迫した雰囲気の中、二人で居るのは中々キツい。


「あのさ、記憶の無い俺が言えたものじゃないけど、無い記憶の事をとやかく考えるよりも先のことを考える方がいいと思うよ」

「優しいですね。今のこの状況を考えたセリフとは思えませんが」


 彼女はそう言いながら、くすりと大人びた笑みを溢す。

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