誓響のイグレージャ~魔女は死なない~

猫柳蝉丸

本編

 一人の女の話をしよう。

 源りんという名前の極平均的な女だ。

 彼女は性質も身体的特徴も特筆して語るべき点の無いただの女だった。

 ただの女でただの人生を終えるはずだった。

 だが、源りんは齢十五の時にただの女ではなくなった。

 一般的に魔女と呼ばれる存在へと変質したのだ。

 藤色の瞳を持ち、ほぼ万物を思いのままに出来る魔法を操れる魔女へと。

 魔女は死なない。自殺も出来ない。

 その身を焼かれ、粉微塵に砕かれようとも数刻すれば再生する。ほぼ万物を思いのままに出来る彼女の魔法を操ったとしても、自らの死だけは叶える事が出来ない。源りんはそのように変質した。変質させた。

 魔女が死ぬ方法はただ一つ。一人の男を愛し、一人の男から愛され、お互いに想い合ったまま、その男の方が先に死ぬ事。そうして魔女は、源りんは死ぬ事が出来る。逆説的に言えばそれ以外は何をどうしようとも源りんが死に至る事は出来ないという事だ。どれほど絶望しようとも、どれほどの苦しみの中にあろうとも。魔女へと変質した瞬間、源りんは何処からとなくその事実を知った。知らせた。

 魔女へと変質して百十三年、源りんは積極的に死のうとは思わなかった。

 地球人類の夢とも言える不老不死と万能の力を手に入れられたのだ。これほどの能力があって死ぬ為に行動する人間は皆無と言っていいだろう。故にこそ逆に一人の男を愛する事にだけ二の足を踏んでいた。もしもその男に愛されてしまって、その男に先立たれてしまったら、万能の不老不死と別れを告げる事になってしまう。それだけは極平均的な女である源りんとしては避けたい顛末だった。故に誰も愛さなかった。

 その考えを一変させる出来事が源りんの身に降り掛かる。

 ある男を愛し始めてしまったのだ。極平均的で極平均的な優しさしか持たない男ではあったが、百二十八年の源りんの人生の中では大きな存在感を持つ男だった。それは魔法を使わずに初めて優しくしてくれた男だったからかもしれない。仮定になるが、時間さえあればその男が源りんを愛する可能性は低くなかったかもしれない。だが、残念ながらそうはならなかった。

 その男は不慮の事故で死亡してしまったのだ。車両が発展し始めた時代、極平均的に起こる交通事故でしかなかったが、とにかくその事故で男は源りんを愛する前に死亡してしまったのである。残念ながら、ほぼ万物を操れる魔法であってさえも死人を生き返らせる事は出来ない。その時より六十二年前に死亡した友人で試した経験から、源りんはそれをよく知っていた。

 源りんはその時に初めてこの世界に一人取り残される恐怖を知った。愛し始めた男に先立たれてしまう悲しみに沈み込んだ。これ以上、誰かに取り残されたくない。源りんはその思いを胸に死の為に積極的に動く事を始めるようになる。

 しかし、誰かを愛そうと思っても簡単に愛せるようになるわけではない。魔法で適当な男の精神を操作するのは簡単だ。しかし、そんな操り人形のような男を心から愛せるだろうか? その程度の事が分かるくらいには頭が回る源りんであったから、余程の事が無い限り魔法を使う事を自らに禁じた。極普通の女として誰かに愛されなければ心の底から愛し返せない。源りんはその程度には極平均的な女だったのだ。

 一人の男を失ってから二百五十八年の時が過ぎる。

 源りんは死んではいなかった。愛した男は居たはずだった。少なくとも源りんは十三人の男を心の底から愛したつもりだった。その中には結婚した男も八人居る。だが、男は源りんを心から愛していたわけではないらしかった。人間の心など元より移ろいやすいものなのだ。一瞬だけ心が通じ合ったにせよ、その愛が長く続くはずもない。男達の愛は平均して四年ほどで覚めていった。源りんは男の愛が覚める速度の腹いせに男を七人殺した。魔女なのだ。魔法で死体を隠蔽すれば他の人間に罰される事も無かった。源りんは変わらずほぼ万能であった。

 しかし、男達を殺して爽快なのは一瞬だけだ。無間地獄の如き状況で万能であっても虚しいだけだった。後悔を重ねる源りんは自暴自棄になっていく。誰かを愛する気持ちを忘れ、いっそ何も考えずに生きていく方法を模索し始める。

 三百二年の時が過ぎる。

 源りんは正気を失ってはいなかった。不老不死は精神の方にも影響するのだと知り絶望した。魔女の不老不死の肉体は精神的な死亡すら除去するのである。発狂しようとしたところで発狂寸前の一番苦しい精神状態に強制的に引き戻される。源りんは必然的に正気で人間らしく生きるしかない。その状態を正気と呼ぶのなら。

 源りんがその男と出会ったのはそんな時だ。いや、その男は男と呼ぶには幼過ぎる七歳の少年だった。名を村雨カインと言う。明治の産まれである源りんには違和感のある名でしかなかったが、その村雨カインは生粋の日本人だった。村雨カインはその時代には珍奇な事だが困っている人間を放置出来ない性分だった。故にベンチで虚ろな表情を浮かべている源りんに手を差し伸べたのだ。そんなに悲しそうな顔してどうしたの、と。源りんが久方振りに見る優しい笑顔で。

 他人に期待する事をやめていた源りんではあったが、無垢な少年に差し述べられた手を振り払うほどには達観出来てもいなかった。気が付けば源りんは村雨カインの手を取って微笑み返していた。

 幸福な三年の時間が過ぎる。

 源りんは村雨カインの隣人として生活していた。元々村雨カインの自宅の隣には別の人間が住んでいたが、記憶操作の魔法で別の家に引っ越しをさせた。多少後ろめたい気分にはなったが、その程度なら許されるだろうと思っていた。それほどまでに源りんは村雨カインに心惹かれていた。最低のどん底で村雨カインから差し伸べられた手。まさしく光明だった。いずれは覚めてしまうかもしれない想いだとしても、それまでは村雨カインの傍で生きていたいと思っていた。

 肉体年齢で二十三歳を維持している源りんだが、いつの間にか世界は十一歳と二十三歳の恋人など珍しくない時代になっていた。源りんは誰に何の気兼ねもなく村雨カインを愛せた。恐らくはこれまでの人生で最大かもしれないと思えるほどに。これを最後の愛としてもいいと思えるほどに。

 村雨カインも無垢で純粋に源りんを愛した。これまで源りんが出会った男達の誰よりも、幼いだけに何の打算も無く。二人は確かに心から愛し合っていた。このまま村雨カインが先立ったのであれば、二人が共にこの世界から消滅出来るであろう事は明らかだった。

 それは偶然か必然か運命か。

 その瞬間は万物を操れるはずの源りんに唐突に訪れた。

 村雨カインが死亡してしまったのだ。服毒自殺だった。

 明治に産まれた源りんには思いも至らぬ事であったが、高度に発達した情報化社会によって村雨カインが辿り着いたのだ。この世界に万物を操る不老不死の魔女が存在していて、魔女が死に至る為には想い合った男の死が必要だという事実に。ある意味で当然の帰結ではあった。源りんは自らの正体を隠すような事はしていない。死体の隠蔽と肉体年齢の操作はしていたがそれくらいだ。魔女の存在が知られたところで記憶操作すれば済むと情報操作には無頓着だった。電子データに数々の情報を残してしまっていたのだ。

 村雨カインは調べた。ベンチで虚ろな表情を浮かべていた最愛の人の真実を。幼いながらに力になりたかったのだ、最愛の源りんの幸福の為に。そうして辿り着いたのだ。源りんが何百年も前から生きていて、死を望んでいる事に。それで自殺したのである。自分の源りんへの愛が覚めてしまう前に。

 これこそ最高最大の愛だと言えるだろう。

 だが、しかし、源りんは死んではいなかった。

 源りんは何も理解出来なかった。源りんが村雨カインを愛していたのは確かだ。村雨カインが誰よりも何よりも源りんを愛していた事も。だと言うのに、何故死ねないのか。何故死んでしまっていないのか。どちらかの愛が足りていなかったとでもいうのか。村雨カインに無駄死にさせてしまっただけなのか。これまでにない深い絶望に源りんは陥る。そして、発狂する。源りんの精神は正気である事を拒絶して発狂する。

 しかし、それも長くは続かない。魔女の不老不死の肉体は十時間後には源りんの精神を発狂寸前まで回復させる。発狂せざるを得ない程の精神的外傷を何度も感じさせる。正気を取り戻すまでそれを繰り返す。そして、源りんはまた真実の愛を探して生きていかざるを得なくなるのだ。得なくするのだ。それが源りんの魔女としての在り方なのだから。

 それにしても、と我々は思う。

 今回の源りんと村雨カインの愛情は惜しかった。本当に惜しかった。これまでに見なかった愛情の形に我々もかなり心動かされた。あのまま源りんを死なせてもよかったと思えなくもない程度には。村雨カインの源りんを想う愛情の強さは本当に素晴らしかった。

 しかし、源りんの想いが残念ながら少しだけ足りなかった。源りんが村雨カインを愛していたのは確かだ。心の底から愛していたのも確かだ。しかし、その愛情には少しだけ不純な感情が混じっていたのだ。村雨カインとなら今度こそ死ねるかもしれない。源りんは心の奥底でそう思ってしまっていたのだ。最後の光明として不純な希望を持ってしまったのである。

 これはよくない。全く好ましくない。

 せっかくの最高の愛情が台無しになってしまうではないか。

 故に、我々は源りんの死を認めるわけにはいかなかった。

 そうだ。この世界には、この地球という惑星にはあるはずなのだ。何の混じり気も無い他者を心の底から大切に思う愛情が。打算も欲望も無くひたすら無償で他者を愛する心が。それが地球という惑星で反映しているヒトという種の命の輝きなのだから。我々はそれをこそ観察する為に源りん以下十二万三千七名の女達に魔女の力を与えたのだ。

 地球時間で五万七千三百二年前、我々はこの後に地球と呼ばれる惑星に辿り着いた。肉体や感情を持たず虚数空間に存在する我々にとって地球人類の行動は非常に興味深いものだった。特に興味を引いたのが愛情という名の利他行為だった。全く合理的でない行為でしかない愛情という感情を地球人類が尊んでいるという事態も興味深い。どうせ惑星を渡り歩く以外、寿命も目的も無い我々だ。人類の愛情をしばらく観察する事に異論を挟む我々は存在しなかった。

 そうして我々は地球人類を観察する為に、一定の女達に後に魔女と呼ばれる力を与える事にしたのだ。こちらは愛情という興味深い現象を観察させてもらっている立場なのだ。対価を支払うのが当然だという概念くらいは我々にも理解出来る。故に万物を操る魔法と不老不死の肉体を魔女に贈呈させてもらったのだ。その二つは人類の最大の望みなのだから感謝こそされ無駄にはならないはずだった。数に限りがあるから真の愛情を観察した後は不老不死と魔法を返却してもらう事にはしているが、それでも大多数の人類よりは遥かに長く生きられるから問題も無い。ただかなりの確率で不老不死を拒絶して死にたがる魔女が多いのは不可解ではあったが、それもまた興味深い現象ではあった。

 我々は観察する。観察したい。地球人類の中に極稀に見られる究極の利他行為を。何の打算も欲望も無く混じり気の無い愛情を。その為に我々は人類に魔女の力を与え続ける。万能の不老不死という最高の環境でこそ見せられる地球人類の最高の愛情を。

 時間はまだ無限に存在している。地球人類は我々の想像以上に生存能力に長けている。彼等であればいずれは地球が太陽に飲み込まれる前に別の惑星に脱出して生き延びていけるだろう。無限に勢力を伸ばせるだろう。我々と同じく。我々は虚数空間からその様子と最高の愛情を観察していく。飽きるまで、地球人類の愛情から関心が無くなるまで。

 気の長い話をしてしまった。地球が太陽に飲み込まれるまでまだ五十億年は掛かる。

 それまではまず源りんのこれからを観察させてもらおう。

 最大の絶望から立ち直った源りんが見せてくれるだろう真の愛に期待せざるを得ない。

 我々はそれをこそ期待して、地球人類を観察し続けながら存在していく。一部の人間が我々を呼称する神という存在のように、虚数空間という名の教会の中で。

 さあ、地球人類よ、源りんよ、今度こそ我々に混じり気の無い真の愛を見せてほしい。

 寿命の存在しない我々の、

 最大の娯楽として。

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