当たりの思い出

おしゃれ泥棒

第1話

私たち3兄弟はしょっちゅう喧嘩した。理由は、主に駄菓子の取り合い。

幼稚園の年中組のチユキ、小学校1年の私、3年のアキラと、等間隔で生まれた私たちは精神年齢も近くて考えていることも似たり寄ったり。



私たちは母からもらった300円を握りしめて、毎日近所の半分死にかかったおばあさんが営んでいる駄菓子屋へ行き、その日のおやつを買っていた。駄菓子屋のおばあさんは店の奥の畳にいて、ずっとコックリ船をこいでいるから眠っているのかと思うんだけれど、私たちが来ると、もそっと動きだす。



「うわっ!生きてた!」

アキラがいつもそう言っておばあさんをからかい、笑う。

「生きとるわっ!勝手に殺すな、糞ガキども!!!」

おばあさんも、負けじと反論して笑う。見た目は枯れ枝かぼろ雑巾みたいだが、口は達者な人なのだ。私たちはおばあさんと罵りあって楽しみながら駄菓子を選ぶ。10円のあまり美味しくない飴を3つ買うのか、それとも奮発して30円の美味しい飴を買うのか。量をとるか、質をとるか…。


毎日、300円という手持ちの中で最善の組み合わせにするにはどうすればいいのか究極の選択を迫られる。



やっちゃんいかは絶対一個買う、ピチピチピンチコーラ味にするか、それともソーダ味にするか、アポロンチョコレートは昨日も買ったけど今日はどうしようか。



小学生の足りない脳みそをフル回転させながら自分の胃袋のご機嫌をうかがいつつ駄菓子の組み合わせを考えるのは楽しかった。

ところで、駄菓子には「当たり」というラッキーくじも入っている。

「当たり」をひけば、もう一つもらえるというのは、300円の所持金しかない子供にとっては夢のようなシステムだった。



そして、私の背後にはなぜか運命の女神様がひかえていたみたいで、兄弟の中で私だけが駄菓子の当たりを引く能力に長けていたんだ。



「うおっしゃあああ!!当たったアアア!!」

買ったばかりのアポロンチョコレートのパッケージ裏に「当たり」の文字を見つけて私は叫んだ。喜々としておばあさんのもとに持っていき、もうひとつチョコレートを手渡してもらった。

「ええーー!!またリョウちゃんっ??リョウちゃんばっかりーーっ!!」と妹のチユキ。



「なんでそんなに毎日当たんだよオ?!お前、ズルしてんだろ?!」と兄のアキラ。



「違うもん!!!」私も意固地になって反発する。

「昨日もおとといもその前も、リョウばっかり当たりじゃねーか。店のばーちゃんとグルなのか?」



「ちがう!」

「ちがうわ!」

私とおばあさんはハモって否定。



「お前さんばっかり当たるからこっちも困るんじゃ!店の当たりを全部持ってく気か!」

おばあさんまでもが、私の強運にいちゃもんをつけ始めた。



「リョウ、わけあう精神って大切だと思わねえ?」

アキラが急に兄貴ぶりだした。



「なんでも自分のものにしたがるのって、良くないぜ。」

「大きなお世話だ!」

私は聞く耳持たない。へりくつ議論じゃアキラにはかなわないからだ。

「なあ、リョウ、よく考えてみろ俺達たった3人の兄弟じゃねえか。」


アキラが言ったのは昨日見ていたテレビアニメ「眼鏡の錬金術師」で聞いた覚えたてのセリフ。たった2人の兄弟が助け合って大冒険する人情もののアニメだ。


「それがどうした。」

「ということはリョウが当たりを引いたイコール俺たち3人が当たったのと同じことだ。」



「どーいう理屈だよアタシが当てたんだ。こんな時だけ連帯感をもとめるつもりか。」



「兄弟は仲よくわけあう精神が大切だろ、な、チユキ。」

「そーだ、お兄ちゃんの言うとおり!」

チユキも便乗しはじめる。



「だとするとこの場合、胃袋と体が一番大きい俺が当たりのおまけをもらう権利がある。」


「ちがう!成長期まっただ中のあたしがもらうべきだよ!」

アキラの腹心の部下になりかけていたチユキはすぐに反旗を翻した。二人が協力しあっていた時間はわずか2秒。



「何おかしなこと言ってんだ、昨日もおとといもその前も続いてたって、当たりは当たり。おまけは当たりをひいた人のもんだろ。兄ちゃん脳みそがチョコレートなんじゃねーの。」

私も負けてはいられない。



「何だと、お前の脳みそとろかしてやろうか。」

アキラの冷静さも吹っ飛んだ。リョウちゃん、おまけのチョコ、あたしにちょーだい。」

チユキがストレートに言ってくる。私の服をひっぱって揺さぶるからその手を振り払う。

「成長期の奴は牛乳でも飲んでろ。」



「牛乳~?フリ―チェの方がいいよ~~!ところでフリ―チェはおやつ?デザート?」

「おやつもデザートも、どっちも一緒だ。」

「じゃあコーヒー牛乳はジュース、それともコーヒー?」

「しらねーよ、牛乳だろ。」



「じゃあ牛乳は飲むときはそうでもないのに、こぼれて服にちょっとだけつくと何故あんなに臭いの。」


「それはな、あれだつまり乾くから。って、なにこの牛乳シリーズクイズ!!」

チユキはちょっと、天然か、もしかすると馬鹿なのかもしれない。



「乾いたから臭いのか、てゆーかこの前あたしの服に牛乳こぼしたのリョウちゃんでしょー。」

「あ…。その点に関しては悪かった。こぼさね―ように注意するよ。」



チユキと私の会話にイライラしてアキラが割り込んできた。

「どうでもいーから公平に分けようぜ、毎日リョウばかり当たり続けるなんてずりい。」



「あーー兄ちゃん腕力でずりい!!」

ボカッと腕力に物を言わせてアキラは私を殴り、ひるんで力の抜けた私の手からアポロンチョコをひったくった。


そのまま乱暴にグワシャッと包み紙を開けて、「あーー!!」と私とチユキが止めるのを足で追い払いながらポイポイポイ、とチョコを口にほり込んで、なんと一瞬で一箱全部食べてしまった。

私は殴られて痛いのと、悔しいのとで、鼻水と涙をぐちゃぐちゃにして泣きだした。



「ひっく。ひっく。兄ちゃんが殴ったーーー!!全部アタシのおやつとられたアアア!!!えーーんえーーん…。」



「糞ガキ!ほれ、喧嘩するな!!」

店から私たちの様子を眺めていたおばあさんは外に出てきて、自分の食べていたらしき「黒いかりん糖」を泣いている私におまけでくれるのだが、ハッキリ言って、美味しくないし、欲しくない。見た目も黒いうんこみたいで嫌だった。それで私はもっと激しく泣きだした。今から思えば、駄菓子の取り合いくらいでよくもあそこまで本気を出せたもんだなと少し懐かしくそしてとてつもなく恥ずかしい。



こんな風に、私は子どものころからなぜか駄菓子のおまけが当たるのだ。



最初は偶然だった。たまたま当たりが続いていたのだ。ところが、そのうちに私は、ある秘密を発見した。ずばり、駄菓子当たりの見分け方、だ。



たいていの駄菓子には表のパッケージに、バーコードナンバーや賞味期限など小さい数字の羅列がある。そして同じ種類の駄菓子同士を見比べると、その印刷がかすれているものと、かすれていないものがあるのだ。


きっと駄菓子工場で、当たりとはずれのパッケージは、別々の機会で印刷するからだろう。インクの量が違うのだ。

だから、駄菓子の袋を外からよくよく調べてみて賞味期限数字の印刷がきれいなものが、十中八、九、当たりだった。



このことに気付いたのは私が5年生の時だった。もちろん私は誰にも言わなかった。自分だけが知っているであろう秘密がうれしかった。成長して、私は大学生になった。兄のアキラは上京して一人暮らしを始めた。チユキは高校生だが部活でほとんど家にはいない。私も、バイトを始めてそれなりに勝手気ままな暮らしをしていた。それぞれが忙しく、3人で話すこともあまりなくなっていた。



あの駄菓子屋のおばあさんは、もうだいぶ前に本当に死んでしまった。


駄菓子屋はまだあって、おばあさんの娘が店を継いでいる。もともと、死にかかった幽霊みたいな人だったから、駄菓子屋へ行けば今も変わらず、奥の畳に座っているんではないかと思ってしまう。



駄菓子屋の前を通るたび、ついつい中をのぞいてしまうのは、どこかであの「糞ガキども!!」の声を懐かしんでいるのか、おばあさんに会いたがっている気持ちがあるからかもしれない。そして大学生になった今でも、私は時々、駄菓子を買ってしまう。


こっそりと、インクの濃さを見比べて、目星をつけて買ってみるとやっぱり「当たり」が来る。


大きい大学生が子供向けの30円程度の駄菓子を買うのも恥ずかしいのに、おまけと交換してもらうのはもっと気まずいから別に交換しないのだけれど。時々そうやって確信犯で「当たり」を買うのが、私の、誰にも言えない秘密の趣味だ。

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