第5話 ムナカタ


 船を漕ぎ出して、はや一月が過ぎた。潮目の変わりを二度やり過ごして、内海に入る。

 流れの一番厳しい水道を抜け、ようやく左右に迫った陸地をかわして、西の海路に到る。

「遠いのぅ---」

 傍らでトリが、苦笑する。途中の土地で、食料や水を補給しながらの行程である。幸いにも、あらかたの土地では、さしたる抵抗もなく、必要なモノを手に入れることが出来た。が、それはむしろ内心で、カヅチを苛立たせた。

 つまりは、ヒルメの支配が進んでいることの証明でもあり、抵抗する部族のことごとくが滅んでいることの証であった。

 唯一、ムナカタの民は、カヅチの民と同様、その技術を買われて追従はしていたものの、殲滅を免れていた。ムナカタは海の民であり、頭領のイソラは、全身の墨も立派な益荒男だった。

 ヒルメとスサの娘、タギを嫁にして、大陸とを結ぶ西の海を支配していた。

 ナダの母、ヤタテはイソラの妹だ。

―我らアヅミは、イヅモともヤマトとも戦はせぬ。―

 イソラは言った。

―我らの土地は、この海じゃ。陸の争いに興味は無い。―

 父母の不仲のために、この地に身を寄せた三姉妹のうち、タギの妹、タゴリの元にはヤチが通っていたし、姉のサヨリの夫はやはり土地の部族の長だった。

―陸の奴らが何をしようと勝手だがな。ワシらの海を荒らすことは許さん。―

 イソラは、カヅチ達のために酒を醸し、振る舞いながらも、ギョロリとした目を光らせた。

―お前は東の海を仕切っておるそうじゃな。―

 誤解だがな---とカヅチは苦笑いした。仕切っているわけではない。航海---というまでのことをする民が少ないだけだ。東の海は、津から津への道筋が遠い。難所も幾つもある。そこを乗り切るのは容易ではない。

 カヅチは、トリという優れた水先案内人とその一族と懇意であることを幸いに思った。

―まぁ、ゆっくりしていけ。冬は海が荒れる。無理に漕ぎ出せば、難に合う。―

 イソラは、豪快に笑い、また酒を注いだ。

ヤタテが早く無くなり、赤子のナダを連れてスサがこの地を去ってから、姪には会っていない。

―女(おみな)は船には乗せられぬゆえ---―

 ナダを引き合わせることはできないが、容貌はヤタテに似ているらしいこと、お転婆でキッパリとした性格はスサ似らしいが、子はよく可愛がること---などを何気に語った。

―なんの、ヤタテもお転婆じゃったぞ。潜りが得意でな。力も強かった。―

 懐かしげに語る顔は、いかにも優しげで、カヅチ達が発つ時には、ナダの土産に---と貝の腕輪と首飾りを持たせてくれた。

―ヤタテが付けていたものだ。―

ふ---と寂し気な声音が耳に残った。


 潮の穏やかな日を待ってムナカタを出て、3日---イナサの浜の沖合いに船は到った。

 カヅチは、舳先で腕組みをして、仁王立ちで陸をじっと見た。

 またひとつ、科を負う。

 だが、生かさねばならない。我れと我れの一族とイヅモの民とを---生かすための道を剣で開かねばならない。

 海風が一段と強くなった。

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