機械と戦場の命の匂い

 空に浮かぶそれは複数。見たこともないものだ。

 何処に落ちる?

 どうやら一箇所じゃないようだ。

 大きな船のようなものがそれより上に。

 世界各地に。そう、そういう他がなかった。

 嫌な汗が背中を伝う。

 

「引き返そう。まだコロニーから離れていない。あれが何か解らないけれど、きっと良くないものだ」


 ルニミィアが頷く。

 商隊のメンバーも同じ気持ちだったのだろう。隊列を反対にして動き出した。

 嫌な予感が現実になる。

 コロニーが見えてきた。今までに上がったことがないほどの煙、炎。

 胸が早鐘を打つ。

 急がないと手遅れになる。それだけはわかる。

 コロニーからある程度離れた場所。ここで動物たちから降りる。

 長いこと使ってきたライフル。それのグリップを握り、岩陰に隠れながら進んでいく。

 外壁に張り付いている謎の生物。生物?

 白い巨大なムカデのような生き物。外殻がまるで金属で出来ているような質感。

 側面に武装のようなものまである。


「だめだ。こっち側からは到底入れない。あれは戦える相手じゃない」

 世界が違う。まさしく。

 ムカデの様な化け物は、側面に備え付けられた武装から銃弾を打ち出す。

 ただの銃弾と違うそれは、一瞬にして壁に穴を作った。

 空から降ってきた化け物たち。

 今思えば、オレの持つ「軍用のライフル」の「軍用」とはなんだったのだろう。

 そんな事を今思っていた。

 コロニーの中で作ることが出来たが、今のそれは一線を画するものだ。

 ただ、それでも倒せない相手ではないらしい。

 コロニーの逆方向へと向かっていく途中、動かなくなったそれを見る。

 そこで初めて、こいつらが機械であると知る。

「メカノイド……?」

 名前だけは聞いたことがあった。

 人を活かすために作られて、人を殺すために動いている。殺人兵器。

 コロニーの南側。

 ここにはコロニーの非常口がある。

 山岳に隠れていて、外からは見つけづらい。

 キャラバンにいたメンバーの顔を確認すれば頷き、そこから入っていく。

 それほど長くはないが、ここは安全だった。

 コロニーの中に入るとみんなが右往左往している。

 けが人を運ぶ女。腕がなくなっている友人。銃を持って走っていく男。

 この惨状を見て、全員が全員同じ様に顔が青褪めていた。

 中央区画は無事なようで、作業員は全員こちらに詰めている様子だった。

 セイミスの姿はない。

「ルニミィア。みんなと一緒に避難してるんだ」

 背中をそっと押して、北側へと走っていく。

「ナナシ……!」

 一度振り返り、彼女を見る。

 決心と覚悟。それを持ってもう一度走る。

 北の区画に迎撃用のスペースが有る。おそらくここに誘導して戦っているはずだ。

 予想の通り、いや、予想以上にひどい光景が待っていた。

 半数の防衛用のタレットが破壊され、壁が破壊され、積み上げた土のうが意味をなさなくなっていた。

 腕がない程度なら未だ優しい。頭どころか体が無くなっている死体もあった。

 応戦している中にセイミスの姿を見つける。

 何発か貰っているのだろう、所々から血を流しながらライフルを構えている。

 土のうに身を隠し、壁に背を預ける。

「何なんだ一体!」

「ナナシか! キャラバンは引き返してきたのか」

「ああ。隠せる場所もなかった。戻ってきたのは正解だったか」

 少しだけ身を出し、ムカデの化け物に銃口を向けて引き金を引く。

 当たって入るのだろうが、銃弾が跳ねて地面や壁に穴が開く。

「親父さん、下がったほうが良い。その怪我じゃあいざっていう時に引けない」

 止血している様子に声をかけ、死体が持っていた手榴弾を手に取る。

「なに、ここは後一体だ。あのデカブツ動きは遅い。最初は気を取られたが何とでもなる」

 ピンを抜いて、放り投げる。 

 身を隠し数秒。爆発音。

 場所を移動してからその姿を見る。

 殆どダメージが入っているように見えなかったが、外殻が僅かに砕けているのが見えた。

「亀裂が入った。そこを狙え」

 セイミスが言うのと同時に、土のうから身を乗り出して銃弾を叩き込む。

 中からいくらかの爆発音がすると、ようやくその動きが止まった。

「よくやった。戻るぞ。まだ外に張り付いている奴らが居る」

 怪我をしている割には、問題なさそうにセイミスが立ち上がり、倒れている人を担ぎ上げる。

 オレも同じく、呻いている男を抱えれば歩く。

 入れ替わるにしても、このまま放っておくと死んでしまう。

 医務室に運ぶと、満員と言ってもおかしくない程にベッドが占領されている。

 何人かの医者が忙しなく治療を続けている。

 ここに居てもやることはない。セイミスもそこで治療を受ける様子を確認してから移動を始める。あちこちから火の手が上がっている。

 過呼吸気味になるのを抑えながら、ゆっくりと進んでいく。

 医務室で西区画が大変なことになっている。そう聞こえた。

 かなりの人が怪我をして、死んだ。

 ルド、ヴェイル、多分アレクもだ。身近な誰かの死は初めてではない。それでもこんな酷いことにあっていいやつらではない。

 胃液が戻ってくるのを抑え、西の区画へたどり着く。

 もうそこは地獄としか呼べない光景が待っていた。

 壁に穴が空き、そこから侵入していたのだろう。

 死体が転がっている。機械の死体も、人の死体も、動物の死体も。

 レグルーンの、ルニミィアの友人の死体もだ。

 その死体は切り刻まれている。

 あの機械のムカデはそんな武器を持っていなかったはずだ。

 それに既にここは崩壊している。機械の姿もない。

 舌打ちをしてもと来た道を引き返す。すれ違わなかったのは違う通路。中央区画への連絡通路を通って行ったのだろう。扉が破壊され、所々に血を引きずったような痕がある。

 それに気を取られ、後ろの爆発に気が付かなかった。

 爆風に体が吹き飛ばされた。

 榴弾が壁に直撃したおかげで幸いにも吹き飛ばされるだけでで済んだ。

 だが、周囲が炎に包まれている。通路の先にまでは未だ炎は入っていない。

 よろよろと立ち上がり、銃を構えながら進んでいく。悲鳴が聞こえた。

 壁に身を隠し、走り込み、それを繰り返しながら進む。

 先に白い機械の姿が見えた。

「何だあれ……」

 人の大きさほどの、両腕にカマキリの鎌のようなものを付けた機械。

 その鎌はまだ鮮血を滴らせていた。

 それを見て間髪入れずに銃弾を撃ち込む。いくらかは弾かれるが、ムカデに比べれば強度が無いようだ。周囲の壁に影響があることも構っている暇もない。

 拾った手榴弾をまた投げる。

 思ったよりも早い。銃に持ち替えて撃つ。足止めにはなった。

 足元の爆発に移動するための器官が壊れたのか、その場に転がり鎌を振っている。

 少し離れた場所から数発打ち込むと、完全に動きを止めた。

 こんなやつが非戦闘員の前で暴れたなら、ひとたまりも無い。

 深呼吸を一つ。そしてもう一度走り出す。

 中央区にたどり着くと、此処もまた、いや、最も酷い。

 戦う人が居ないのだから、ただなで斬りにされていた。

 後から駆けつけてきた戦闘員が戦っている。

 祈るように周囲を見渡す。

 先程この辺りで別れた姿を。

「ナナシ!」

 声に安心してしまう。

 だが、その声の緊張の意味を理解するには少し遅かった。

 曲がり角、声の方を見た時には鎌が振り下ろされる。

 体を捻って銃を向けるが、次の瞬間視界が真っ白になる。

 体が倒れ込む衝撃と、脱力。

 目を開いたのに視界が赤い。いつもの半分しか見えていない。

 右手で頭に触れるとヘルメットが割れていた。そして右目に深い傷が入っている事がわかる。

 使っていた銃はもう動きそうにない。

 そしてその視界の向こうに。

 ルニミィアと、機械のカマキリがいた。

 それ以上はだめだ。

「やめろ!!」

 手を握り、立ち上がる。

 目の前に機械が居た。

 それでも走る。肩口が斬られる。

 鮮血が飛んだ。

 もう一歩進む。

 誰かの銃だ。

 背中を鎌が掠める。

 転がりながら銃を拾った。

 銃を構える。

 目が霞む。

 そりゃあそうだ。見えていないんだ。

 引き金を引く。

 とてもうるさいのに。とても静かに感じる。

 彼女が斬られた。

 青が赤に染まる。

 声が出ない。

 倒れる姿が見える。

 更に引き金を引く。

 機械が倒れた。

 腹部が斬られる。

 振り返って引き金を引く。

 火花が眩しい。

 動きが止まった。

 彼女のもとに歩く。

 傍らに倒れる機械を見て、構える。

 引き金を引く。

 弾が出ない。

 弾が切れたんだ。

 弾倉を交換して。

 また引き金を引く。

 何度も。

 何度も。

 銃弾が底をついた。

 

 我に返る。

 

 腹部に触れる。防弾用のベストが役に立ったらしい。

 おかげで思ったより傷が浅かった。

 では、そうでない彼女は?


「ナナシ……?」

 

 声が聞こえた。

 銃を投げ捨てて、彼女に触れる。

 ゆっくりと体を起こす。

 出血が酷い。

 

「ルニミィア!」


 でも、生きている。ああでも、これじゃあ死んでしまう。

 傷は斜めに走っている。絶えず血が流れ出ていく。

 命がこぼれ落ちていく。

 圧迫しようにも広すぎる。

 呼吸が整わない。手が震えている。


「だいじょうぶ……?」

 

 血だらけのオレの体に触れようとしてくる。

 オレのことじゃなくて、キミが。

「はや、早く、治療しないと」

 言葉が出てこない。

 代わりに血が混じった涙がぼろぼろとこぼれ落ちていく。

「血が、とま、とまらな」

 抱えあげようとする。力がうまく入らない。

「もう。ナナシ、ったら」

 弱々しく、腕を回してくる。

 震えが止まって、力が入る。

 体を持ち上げて、周りを見渡した。

 この世は地獄だ。この世界はこんなにも残酷だ。

 回してきている手の力が弱くなっていって。

「今、連れて行くから」

 医務室、そんなに遠くないはずだ。

「ねえ。ナナシ?」

「どうしたんだ? ほら、喋らないほうがいい」

 綺麗な青い髪が、赤く染まっていて。その向こうの緑色の目が細まる。

 何時もと同じ。微笑んでいる。     

 オレは笑顔を浮かべれずに、首を横に振る。

 医務室につくと、すぐに治療が行われる。

 色々何かを叫んでいる声が聞こえるが耳に入ってこない。

 その隣にセイミスが、別れた時よりも酷い姿になって横になっていた。

 ただ治療されている様子をオレは立ち尽くしてみていた。

 悲鳴や銃声に怒号。別の世界から見ているような錯覚。

 腕を引かれると、オレも喪った右目と体の治療の為に横にさせられた。

 何かを注射されるとそのまま意識が遠のいていく。

「ルニミィア……」

 手を伸ばした時には意識が無くなっていた。


 意識を取り戻すまでに二日が過ぎていたらしい。 

 視界が半分になった世界は、窮屈だった。

 傷は深くはなかったが、浅くもなかった。

 両隣に、セイミスとルニミィアが寝息を立てていた。

 生きていると言うことに、安堵した。

 そして更に三日。

 体を起こせるようになって、未だ二人は寝ていた。

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