風と煙草と炎の匂い
「ナナシさん!」
鈴の音を鳴らしながらルニミィアが駆け寄ってくる。
「ルニミィア。準備は出来たよ」
四つの季節が巡り、また秋が来た。
マッファローのマーロウに荷物を積み付け、ポンと叩く。
そうするとのそのそと歩いていく。もう慣れたものだった。
荷物は野菜や小麦、米に薬草。後はコロニーの人たちが作った衣類や彫刻もある。
この地域はスチールがあまり手に入らなく、こうやって交易で賄っているそうだ。
「一緒に行こうか。隣のコロニーなら私も知り合いがいるから、話もしやすいよ」
片道三日。道沿いにある隣のコロニーだ。比較的安全なルートを通る。
宙族は来る。あれは人災だ。台風や熱波、雷雨や寒波。そういった物とは一線を画する。人が人を害為す人災。
何度かの襲撃があった。だがこのコロニーは堅牢だった。
セイミスも戦いに出ていた。二度目はオレも戦闘員として。いくらかの傷は出来たが、それでも死ぬことはなかった。自分が戦うことを知っている事にだけは感謝した。三度目は誰かが火炎瓶を投げ込んだらしい。小さく炎が上がった。四度目は一方的に終わる。それは戦いですらなかった。
それでも、敵味方関係無く人は死ぬ。
死体を片付けることもした。知っている顔もあった。
ただ土を掘り、敵味方関係無く、埋葬する。墓標には名前もないものもいる。敵の名前は知らない。ただ墓石があるだけだ。
そこに何も先はなく、ただ漠然とこうなりたくはないな。と思っていた。
「ナナシ。ルニを頼んだぞ。この間の戦いでキャラバンに穴が空いた。まあ危険な道じゃない。付添程度だ。賃金は出す」
ぽん、と肩を叩かれる。父親の記憶はもうない。それでもこういうのが父親なんだろうと思った。
「わかりました。それならオレにも出来そうだ」
「そろそろ狭いコロニーの中だけじゃなく、外に出てみるのもいいだろう」
マッファローの上は快適だった。
キャラバンの他メンバーは馬に乗ったり、ラクダに乗ったり、歩いたり。
それぞれが進む時間を楽しんでいる。
ふわふわとして、それでいてしっかりしているマッファローの体。
側面に沢山の荷物をつけて、それでも歩くペースは変わらない。
そのまま横になって空を見上げる。
この時間がたまらなく好きだと気付いた。
青からオレンジ、群青へと空が流れていくのをただ眺めている。
ポケットから煙草を取り出して火を付ける。
この頃に他のコロニーの住人から煙草を勧められた。最初は何が良いのかと思っていたが。なんとなくこの肺に吸い込まれれ吐き出される煙に感傷を感じた。
「こら、寝たまま煙草は駄目だって言ったでしょ。またマーロウの毛が焦げちゃう」
隣に来たルニミィアが煙草に手を伸ばしてくる。
煙草を取られて、諦めたように苦笑する。
「悪かったって。もうしないよ」
「何が美味しいのかしら。こんな、けほっけふっ」
その煙草を口に咥えて吸う。案の定むせて、笑う。
煙草を板に押し付けて消して涙目で非難する。
「無理するから」
体を起こして先を見る。開けた土地で、舗装されているため、揺れもひどくないし、行進のスピードも落ちない。
ゆっくりだけれど顔に風を感じて目を細める。
「まったく。これで三度目だよ。次は煙草取り上げるからね」
そこまで言って笑う。この子はよく笑うな。と思う。
平和そうに見えてもその実、過酷な世界だ。いつでも戦いに巻き込まれ、死ぬかもしれない。現に一年の間に四度も大きな襲撃があった。
銃弾一つでその生命を終えた人をたくさん見ている。
彼女たちが暮らすコロニーは大きく四つに別れていた。
70人規模の中規模のコロニー。
秋風の風見鶏。それがこの派閥の名前だそうだ。
レムという男がリーダーで、最初は5人だったらしい。
少しずつ土地を耕し育て、人を集めて規模を大きくしていった。
オレが暮らす東区画は農業区。派閥のリーダーの暮らす中央区は生活居住区。
北区画は商業区。交易用のスペースだ。南側は山岳になっていて切り崩しをしている。たまに虫が湧いて騒ぎになっていることがあった。
西区画は工業区。武器を作ったり、日用品を作ったり。たまに衣類を作ったり補修したりする。中々うまくは行かないけれども、楽しさがある。
「ねえ、ナナシさん。ここで暮らしてからもう一年になるけど、なにかお祝いしよっか?」
「お祝い? いや、いいよ。拾ってもらっただけじゃないか。いつも感謝しているよ。二人には本当に」
食事や住まい。それとは別に賃金まで。硬い床で寝ることも無ければ、寒さに丸まっている必要もない。
「えー。しようよ。記念は大切だよ。楽しく元気に。パーティーとかしよう?」
掴まれてぐらぐらと揺らされる。
「考えておく。帰ったら親父さんと相談してみなよ」
結局無碍にするのも悪いと行き着いて、承諾した。
「やった」
にひひ。となにかを企んでいるような笑顔。
また少し静かになる。
揺れが心地よくてそのまま二人で横になった。
「何処か、旅をしてみたいな」
ルニミィアが隣でぽつりと、零していた。
「旅? 何処か行きたいところがあるのか?」
コロニーという狭くはないが、決して広くない空間に長いこと居たなら、そういう願望があってもおかしくはなかった。
オレが不思議そうに彼女を見ていると、目が合う。
「行きたい所があるわけじゃないんだけどね? 知らないところが沢山あるから」
「前に言っていた、空まで続く滝とか?」
「うん。本当にあるのかわからないけど、有ったら素敵じゃない?」
「そうだな。絶景なんだろうね」
両手を空に向けて伸ばす。
「空から人が降ってくるって話も聞いたことがあるな」
流れ星のように、人が落ちてくる。
この空の向こう側にも世界があって、空を駆ける船がある。
本来宙族というのはそういう風に空の向こう側から現れるらしい。
「チキュウの話?」
「そう、チキュウっていう世界があって、そこにも人がいるんだって」
「そうなんだね。世界の果てより遠い?」
「どうだろう。世界の果てかあ」
「虹の根本があるんだって」
「はは。じゃあいつか見に行ってみるか」
ルニミィアが何かを言おうとした時に商隊は止まる。
今日のキャンプはここのようだ。
バチバチと焚き火が爆ぜる。
薪を継ぎ足し、炎を眺める。
記憶の彼方。覚えていないのに炎は辛い気持ちを思わせる。
それも少しすれば柔らかな暖かさになる。
「それじゃあね、ルニ。おやすみなさい」
「うん。また明日」
少し離れたところから声が聞こえる。
一瞥すればまた薪を足した。
焚き火の音だけが響いていた。
「はい。コーヒーだよ」
声がかかる。先程まで友人たちと話していたルニミィアがコップを両手に隣りに座った。
「ありがとう」
秋口、流石に夜は冷える。温かい器からじんわりと熱が伝わってくる。
炎は苦手だ。でも、彼女の姿を認めると、少しだけ和らぐ。
夜に暖炉の前で、色々な話を教えてくれる。
ハーメルンの笛吹き男。ブレーメンの音楽隊。幸せの青い鳥。
童話という話らしい。昔から伝わるもので、よくわからないものも沢山出てきた。
東にはりんごの木。西には白い花が満開になる丘。北には氷の大地。
空には星座。花に言葉。物語には結末を。
狩りをする時はどうすればいいか、釣りでは待っている時間が大事だとか。
何も知らないオレに、色々なことを教えてくれた。
「レネフェアとレグルーン達は先に寝るって」
20人近くからなるキャラバン。その中のルニミィアの友人たち。
もう夜も半ば。折返しの時間に差し掛かる頃。
「ナナシさんが来てくれてから、お父さんも楽しそう」
「親父さんが?」
何も出来ないオレを小突いたり、怒ったりと厳しい人だ。
ただ厳しいわけでもなかったけれど。
この二人はよく笑っている。
ルニミィアには母親が居ない。ルニミィアが小さい頃に亡くなったと聞いた。
それでもこのコロニーで二人は笑いながら生きている。
「うん。ずっと二人だったから。コロニーに友達はいるし、人もたくさんいるけれど、一緒にご飯を食べて、働いて。息子がいたらこうだったんだろうかって」
「そうか?」
実際、人と食べる食事は好きだ。話を聞いているだけでもそれだけでも食べることに色がつく。実際に料理は美味しかった。
「それに畑も順調。この調子だったら来年もたくさんの穂を垂らしてくれる。ナナシさんがいるぶん、畑も広げられるって」
「食い扶持分は働かないとね。居候しているんだし」
収穫作業は大変だ。一日をかけても終わらない。次の日も、その次の日もひたすらに収穫をする。最初は全然出来なかった。他の人が終わらせるものを、オレはその倍の時間をかけていた。
春が来たら、今度は種を撒いた。
これが秋には穂をになり、実を結ぶ。
水をやり、少し芽が出た時に感動したのは今でも覚えている。
こうやって、成長していくのだろうと。
「シルバーだって貰ってる。まだあまり溜まってないけれど」
自分の馬が欲しい。歩くのも悪くはないけれど、移動が楽なのは大切だ。
それに武器。持ってきたライフルは手入れをしているが元々が粗悪品だ。
いつか壊れてしまう。後旅の装備は必須だろう。
何処かに暮らすにしても、まとまったシルバーが要る。
「ナナシさんは」
思いにふければ、ルニミィアがこちらを見ていた。
「うん?」
炎に照らされる青い髪と、その向こうの緑の目が伏せられ、首を横に振った。
「やっぱりなんでもない」
「そうか」
「うん」
煙草を咥えて、火をつけた。流れる紫煙を見てそのまま視線を空へ。
星がとても綺麗に見えた。
「北極星。って言う星があるらしい。何時も空の同じ場所にあって、道を示してくれるんだそうだ」
「ホッキョクセイ?」
ルニミィアがキョロキョロと空を探した。
「そう。チキュウって星だと。だけどな。旅人はそれを見て旅をするんだって」
それを伝えると、残念そうに彼女が笑った。
「やっぱり、ナナシさん。何処か行くの?」
間をおいてからオレを覗き込むように彼女は言う。
少しだけ心臓が跳ねる。
罪悪感ではないなにか。
「そうだなあ。お金が溜まったら、色々歩いてみたいな」
この生活は心地良く不満があるわけでもないし、これはきっと贅沢なんだろう。
それだけの余裕がオレの中にあるのだと言うことの裏返し。
生きることの目的をまだ持っていないオレの道標。
「いつか。未だ見ぬ景色を、見に行こう」
ルニミィアが少しだけ寂しそうな顔をしている事、オレはそれに気づけなかった。
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