第37話 留辺蘂京極14歳 中学2年⑤~これくらい言っても平気よ~

 俺と姫川ひめかわ先輩が『めでたい焼き』に入った時には店内に誰もいなかった。まあ、あと10分もすれば閉店の時間なのだから仕方ないのかもしれないけど、店で俺たちに声を掛けてきたのは俺たちと年齢がさほど違わない女の子だった。アルバイト?い、いや、たしかこの人は以前に何度か店で見たような気がする・・・

「あらー、その制服は新札幌しんさっぽろ中学よね。もしかして部活帰りに来てくれたのー?」

 その女の子は俺と先輩にニコッと微笑むと声を掛けてきたが、店の奥ではもう1人、これまた俺たちとさほど年齢が違わない男性がたい焼きを焼いていた。

「いえいえ、部活ではなくて文化祭の準備を色々とやっていて、それで学校帰りにここへ来ただけですよー」

 先輩はそう言うと店の中にいた女の子にニコッと微笑んだ。どっちも相当可愛いけど、甲乙つけろと言われたら俺も困るなあ。

「そうかあ、中学の文化祭はどこも秋だからねー。新札幌中学はいつなの?」

「9月の最終週ですよ」

「あれ?ここの中学より1週間早いのね」

「そうですよ」

「わざわざ隣の校区から来てもらって有難う。それで、何にするの?」

「私はモチ『粒あん』よ!キョーゴ君は?」

「うーん・・・」

 俺はメニュー表を見て考え込んだ。先輩と同じ『粒あん』にしてもいいのだけど、この『季節限定』というのが妙に気になる・・・味によっては『季節限定』でいいかも。

「・・・あのー、『季節限定』って何ですかあ?」

「カレー味よ」

「マジですかあ!カレーとたい焼きの組み合わせなんて有り得るんですか?」

 俺は驚いて女の子に聞いたけど、その女の子はニコッとして

「それがね、結構売れてるのよー。夏だからスパイス効かせて夏バテ防止!てな事で作ってみたんだけどね」

「うーん、どうしようかなあ・・・」

 うーん、ゲテモノ食いではないけどカレー味を食べてみたい気もするけど、折角だから先輩と同じ粒あんにしたい気もある。どっちにしよう・・・


“ツンツン”


 あれ?俺の袖を引っ張る人がいる・・・俺が右を見たら先輩がニコッとしながら

「キョーゴ君、もしかしてカレー味にしようか、それとも自分がいつも食べてるのにしようか迷ってるんでしょ?」

「うん、その通り・・・」

「それじゃあさあ、カレー味を1個買って、二人で一緒に食べない?」

「えー!支払いは俺持ちなんでしょ?3個はさすがにキツイですよお」

「ノーノー、カレー味は私が出します。これなら文句ないでしょ?」

「それならいいですけど・・・」

「じゃあ、決まりね。早く注文しなさいね」

「はいはい、カレー味と粒あんを1個ずつ」

「りょーかいです」

 俺はそう伝えたけど、その女の子は後ろを振りむくと

「たいせー、カレー味を焼いてくれる?粒あんは今焼いてるのを2枚いいわよねー」

「ちょ、ちょっとまってくれよお。こっちだって結構手一杯なんだぞー」

「だってさあ、もう閉店の時間だから、融通利かせてもいいでしょ?」

「だいたいさあ、お前がゴッソリ失敗作を作ったから俺が材料の仕込みから全部やり直してるってのを忘れてるだろ!」

「えー、私だってほぼ1年ぶりくらいに店に出たから失敗作になったけど、急な法事が出来てお母さんもお爺ちゃんもお婆ちゃんもいないから代理で店に出てるってのを考慮してよー」

「毎週のように冷凍たい焼きを作っていながら毎週のように焦がしている青葉あおばに言われてくないぞ」

「そ、それはナイショの話ね」

「お前が大量の失敗作を作らなければ予約注文の分だってとっくに焼き終えてる筈なんだぞ!しかも俺を無理矢理呼び出して材料の仕込みからやらせてるんだから、かえでみどりも呆れてたぞ!」

「ま、まあ、だからお小遣いを今回は全額払うって約束したでしょ?」

「そのバイト代だって楓と緑が分捕り宣言してるんだから結局は俺はタダ働きなんだぞ!せめて時間外手当をくれよお」

「わーかったわよー。そこはお母さんに言っておくからさあ、とにかく、は言わないであげてね」

「ハイハイ、それじゃあ今焼き上がった粒あんのうち2枚を渡してくれ。今からカレー味をやるから」

「はいはい、頼んだわよー」

 おいおい、俺は思わずドキッとして先輩の方を見てしまったけど先輩はニコニコ顔のまま全然表情を変えなかったぞ。聞いてなかったのか、それともわざと表情を変えなかったのか、それは分からないけど。

 その店員さん・・・さっきの会話から青葉さんというみたいだけど、焼きあがったばかりのたい焼きを2個紙袋に入れたけど、それとは別に、籠の中にあった表面が黒っぽくなっているたい焼きを2個手に取って

「あのー、焼き上がるのにまだ時間がかかるから、この失敗作でよければタダで差し上げますから食べていいですよ」

 そう言って青葉さんはニコッとしながら俺と先輩に手渡した。俺と先輩は失敗作とはいえタダで貰えるのだから店のイートインのスペースに座って有難く頂いた。味の方はというと・・・表面が黒っぽいから皮はパサパサし過ぎているけど餡は焦げてないから決して不味い訳ではない。でも、やっぱり皮が焼け過ぎなのは間違いない。確かにこれでは売り物にならないなあ。


「はーい、お待ちどうさま。待たせちゃったから失敗作をもう2枚サービスしておいたわよー」

 俺と先輩は青葉さんから品物が入った紙袋を受け取ると代金を払って店を後にしたが、俺たちが店を出ると『営業中』の札が外されて店の扉には鍵が掛けられたが明かりはついたままだ。どうやら残りのたい焼きが焼きあがるまでは明かりを消せないのだろう。

 先輩は歩きながらカレー味を取り出すと手で適当に二つに割った。そのうちの1つを「はーい、どうぞ」と言って渡すと自分の分を口に入れた。俺も先輩から渡されたたい焼きを口に入れたが、餡のスパイスと皮の甘みの絶妙のバランスのカレー味に思わず感動した。

「・・・せんぱーい、これ、結構いけますね」

「まあね。でも、やっぱり私は粒あんの方がいいなあ」

「あー、俺も個人的な嗜好でいえば粒あんですねー」

 そう言いつつ、俺は残ったたい焼きを全部口に入れた。先輩も残ったたい焼きを全部口に入れたから、手元には紙袋に入った4つの粒あんしかない。

 俺たちは粒あん2個と失敗作2個が入った小袋の中身を、粒あんと失敗作の1個ずつに分け、俺は小袋を鞄に入れ、先輩が紙袋のまま持った。

 そのまま俺と先輩は歩き出したけど、先輩は俺の右側に並んだままで、『めでたい焼き』に来る時とこれは変わってない。

「・・・キョーゴくん、今日は君の奢りだけど、もし君が本当に清風山せいふうざん高校に入ったら私が奢ってあげるねー」

「せんぱいー、既に合格した気でいるけど、先輩が合格しなかった時でも奢ってくれるんですかあ?」

「うーん・・・そこは私の気分次第という事で」

「あー、きったねえ!」

「まあ、それは冗談よ。私が不合格だったらこの話は無かった事にして欲しいなあ」

「いいですよ。俺もトキコーの赤いブレザーを着ている先輩なんて想像できないから、黄土色のブレザーを着ている先輩から奢ってもらえるのを励みにして死ぬ気で頑張りますよ」

「おー、言ってくれるわね。それじゃあ、私も全力で頑張って黄土色のブレザーを着て君を出迎えれるよう頑張るわよ」

「そうして下さい」

「まあ、私は本気でスーパー特進科を目指すけど、君はせいぜい普通科が御の字だから、君が特進科やスーパー特進科に入るようなら何か私の方がキョーゴ君にご褒美をあげるわね」

「あー、大きく出ましたね。もし俺が特進科に入ったら何をしてくれんですか?」

「うーん、そうねえ・・・」

 先輩はそう言ったかと思うと暫し考えてたけど、やがてニコッとしたかと思ったら俺の方を向いて

「・・・それじゃあ、もし君が特進科に入れたら、さっきの約束に加えてキョーゴ君には私の事を『美園みその先輩』と名前で呼ぶ事を許可してあげる」

「はあ?」

「まあ、今の君は普通科でさえも厳しいのだから、こーんな約束をしてもぜーったいにあり得ないって自信あるからね」

「はー・・・さすがに反論できないですね。それこそ毎日死に物狂いで頑張って普通科に入れるかどうかですから・・・」

「ま、せいぜい頑張る事ね。もし君が特待生として入学したら、それこそ君の家へ『おはよー、キョーちゃん』とか言って迎えに行ってあげるわよ」

「うわっ、先輩、強気に出ましたねえ」

「まあね。どうせキョーゴ君には無理だろうから、これくらい言っても平気よ」

「それじゃあ、俺は今の先輩の言葉を実行させるべく、マジで頑張りますよ」

「その代わり、私がスーパー特進科で君が普通科だったら、私が顎で君をこき使うわよ」

「俺は先輩の下僕確定ですかあ!?」

「それが嫌だったら本気で特進科かスーパー特進科を目指しなさい」

「ええ、ぜーったいに先輩に『おはよー、キョーちゃん』と言わせて見せます!」

「期待してるわよー」

「その期待に応えて見せます!」

「はいはい。それじゃあ、ここで君とはお別れね」

 そう、俺はこの道を曲がって、さっきのルートを逆に行けば家に帰れる。でも、先輩の家は中学校を挟んだ反対側だというのは以前教えてもらってるから、この道を真っ直ぐ行った方が早いというのは俺にも分かる。

「それじゃあ先輩、おやすみなさい」

「また明日頑張ろうね」

「はいはい」

 そう言って俺と先輩は分かれた。

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