第32話 おはよー、キョーちゃん

 それだけ言うと先輩は立ち止まってマジマジと俺を見たから俺も慌てて立ち止まって先輩を見た。俺は正直先輩の気迫に負けそうになったけど、先輩が事実を教えて欲しいと目で訴えてるのだけは分かったから俺も正直に言う事にした。

「・・・さすがに順位までは知りませんけど、俺も残り19人の一人ですよ」

「マジ!?」

「嘘じゃあないですよ。入学式の時の受付をやってたのが駒里こまさとみどり先輩ですから、俺は駒里先輩に入学許可証と一緒に成績優秀特待生通知書を渡しています。駒里先輩に聞けば俺の言ってる事が嘘ではないと証明できますよ」

「・・・そっかあ、そういう事かあ」

 それだけ言うと先輩はニコッとして再び歩き始めた。でも、先輩の表情は何か吹っ切れたというか、さっきまでのニコニコ顔とは別のニコニコ顔のように思えた。ある意味、先輩の言葉ではないが『腹を括った』というか『覚悟を決めた』というか・・・。

 そのまま俺と先輩は並んだまま信号を2つ渡ったけど、3つめの信号の手前で先輩は立ち止まった。

「それじゃあ、私はここを右だから、ここでお別れね」

「あれ?先輩は俺の家を知ってるかのような口ぶりですけど・・・」

「あれあれー?以前、『めでたい焼き』の店に行った時に家の場所を教えてくれたでしょ?」

「あー、そう言えばそうでしたね。俺もスッカリ忘れてました」

「そういう事ですから、ここでお別れという事で」

「分かりました。先輩こそ気を付けてお帰り下さい」

「それじゃあ、

 俺と先輩は互いに右手を軽く上げて別れた。俺は信号を渡り、先輩は信号を渡らず交差点を右に行った。


 俺が家に帰ったら父さんも母さんも帰ってきていて、千歳ちとせさんと夕飯を食べている最中だったから俺は途中から合流する形で夕飯を食べた。

 夕飯後は昨日と同じで俺が一番先にシャワーを浴びたけど、今日は念のため脱衣所から出る時にあちこち点検して出たから、幸いにして(?)二日連続で千歳さんが悲鳴を上げる事はなかった。

 俺は明日の予習を軽く済ませ、明日の授業内容に合わて教科書やノートを鞄に入れ、同時に明日は体育があるからジャージや運動靴、体操服などを別の鞄に入れた。これで準備は終わったのだが、時計を見たら10時を少し回っていた。ちょっと早いかなあと思ったけど、明日からは本格的な授業が始まるのだから英気を養っておこうと思って早めに寝た。


 次の朝、俺は目覚まし時計の音でキッチリ目が覚めたから、昨日のように千歳さんが保冷剤を持って2階に上がってくるよりも早く扉を開けて1階に降りていった。千歳さんは紅茶を飲みながらテレビを見ていたけど、俺の姿を見るなり「あらー、今日も起きてきたのは残念だなあ」とか言って笑ってたけど、決して悪意があった訳ではなかった。

 そのまま朝食を四人そろって食べたけど、今日は父さんと母さんは俺たちより先に家を出た。けど、俺と千歳さんはまだ家の中にいた。さすがに昨日の時間では相当早い。あと15分遅く出ても余裕で間に合うというのが分かっていたからだ。だから俺も千歳さんもまだ着替えてなかった。


 だが、結論を先に言えば俺も千歳さんもだったのだ!


♪ピンポーン♪


 朝だというのに俺の家の玄関のチャイムがなった。

「あれ?お客さん?」

「誰だろう?まさか父さんか母さんが忘れ物をしたとか?」

「まさかあ。それなら堂々と家の中に入るでしょ?」

「たしかに・・・」

「それより兄さん、モニターで確認してくださいよお」

「えー、千歳さんの方がモニターに近いだろ?」

「私はテレビの占いを見たいから、ここは兄さんが出て下さい!」

「はいはい、分かりましたよ」

 そう言って俺は立ち上がり、モニターのスイッチを押した。

「はーい」

『おはようございまーす』

 いきなりインターホン超しに聞こえた声で俺は腰を抜かしそうになった!!しかも、このモニターに映っているのは・・・

「兄さーん、何か女の人の声が聞こえたようだけど、もしかして回覧板?」

 千歳さんは呑気な事を言ってるけど、これが回覧板だったら俺も苦労しないぞ!このモニターに映ってるのは・・・それに、この声は・・・


“ガチャリ”


 何の前触れもなく玄関の扉が開いた音がした。

 俺はハッとなって千歳さんの方を見たけど、俺を見ていた千歳さんは俺の表情がおかしいという事に気付いたのか立ち上がった。

「・・・兄さん、今、玄関が開いたわよねー」

「う、うん・・・」

「誰かしら?」

「だーーーーー!」

「はあ?」

「俺が行くから、千歳さんはここにいてくれ!」

「ちょ、ちょっと待って下さい!逆に怪しいから私が出ます!」

「とにかく、俺が行く!」

「ぜーったいに兄さんは何かを知っていて隠していますね!」

「わーかったってー。それなら一緒に行こう」

「分かりました。それじゃあ二人で行きましょう」

 千歳さんは俺のジャージの裾を引っ張るようにして廊下を歩き始めたけど、俺は一歩進むごとに冷や汗が出てくるのが分かった。だが、廊下は10歩も進めば終わりで角を右に曲がれば玄関だ。その時に全てが分かってしまう。

 俺は千歳さんに引っ張られるようにして進んだが、その千歳さんが廊下の角を曲がった時に、玄関にいた人物が声を上げた。


「おはようございまーす」


 その人物が誰なのか分かった瞬間、千歳さんはヘナヘナと腰を抜かしたかのように座り込んでしまった。俺も恐る恐るといった感じで廊下の角から顔だけ出して玄関を覗き込んだけど、そこには俺の想像通りの人物がニコニコ顔で立っていた。

 春物のコートは着ているけどボタンは閉めてないから、いわゆる黄土色のブレザー、紺と赤色系のチェック柄のスカート、それと学校指定のブラウスと学年指定色である水色のリボンをしているのが分かる。鞄は両手で持ち、ニーソックスを履き、背中まであるストレートの黒髪とブレザーがはち切れんばかりの巨乳・・・

 ここまで言えば分かるだろう。そう、清風山せいふうざん高校2年1組の女子生徒にして、元・新札幌しんさっぽろ中学校の生徒会長、先輩たちが2年生の女子ナンバー1と言って憚らない人物、姫川ひめかわ美園みその先輩だ。

 その先輩は俺の顔を見るとニコッとしながら口を開いた。


「おはよー、キョーちゃん」


 その声を聞いた途端、俺もヘナヘナと座り込んでしまったのは言うまでもない。

 そして・・・「おはよー、キョーちゃん」の言葉を聞いて俺は思い出した!2年前の夏、先輩との間でした会話の内容を・・・。

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