第25話 甘口?中辛?

 俺と千歳ちとせさんは声がした方を向いたけど、そこには水色リボンをした女子生徒が立っていた。

姫川ひめかわ先輩!」

「姫川先輩?たしか兄さんの中学の先輩の・・・」

「あなたが留辺蘂るべしべ君の妹さんの千歳ちとせさんですかあ?」

「そうですけど、どうして私の名前を御存知なのですか?」

「いやー、正直に言いますけど2年生、3年生の間でもあなたの事を知らない人はいないですよー。しかも双子だって聞きましたけど、ホントですか?」

「「え、ええ、そうですけど・・・」」

「あらあらー、ホントに情報が駆け巡るのは早いですねー」

「「た、たしかにねー」」

「あー、そう言えば名乗ってなかったけどけど、初めまして、2年1組の姫川美園みそのです」

「1組?という事はスーパー特進科なんですかあ?」

「そうですよー。まあ、スーパー特進科所属でも下から数えた方が早いですから、主席入学のあなたには敵わないですよ」

「そんな事ないですよ、先輩こそ謙遜しないで下さい」

 それだけ言うと千歳さんもニコッとしたから先輩もニコッと返した。でも、これを見ていた周囲の2年生、3年生が一斉に騒ぎ出した。俺は「何の事だあ?」と思って周囲を見たけど

「おー、2年生ナンバー1と1年生ナンバー1の豪華ツーショットだ」

「どっちが上だ?」

「当然、姫川さんだろ?高2とは思えない魔性の魅力だからな」

「そんな事ないぞ、あの1年生は誰が見ても理想の妹系だ」

「さすがに胸の大きさは姫川さんだろ?」

「あー、それは否定できないなあ」

「ちょっとー、あんたたち、そんな事で女の子をあーだこーだ言ってると罰が当たるわよ」

「そうよそうよ、この変態!」

「うるさい!彼氏がいない女の嫉妬は見苦しいぞ」

「そんな事を言ってるから男が寄り付かないんだぞー」

「「あんたたちに比べればマシよ!」」

「「なんだとお!」」

 あのー、先輩方が言い争うのは結構ですけど、千歳さんは2日目にして先輩たちの間でも知らない人はいないという程の有名人になっていたんですかあ?それに、姫川先輩が「2年生ナンバー1」というのはマジなんですか?俺、中学の時の先輩しか知らなかったけど、たしかに今の先輩は中学の時と比べると一回りも二回りも綺麗に見えるし、それに・・・それに・・・胸の話をすると千歳さんに失礼だからやめておこう。ただ、天北てんぽく先生を上回るとだけ言っておく。

 それにしても・・・さっきの先輩の発言は一体どういう意味なんだあ?

「あのー・・・姫川先輩」

「ん?」

「さっき、俺に『やめた方がいいよ』と言ってましたけど、先輩は答えを知ってるんですかあ?」

 俺は先輩に思いっきり疑問をぶつけたけど、先輩はニコッとした後に

「あのね、この学校のカレーは中辛なのよねー」

「はへ?」

「だから、悪いけど妹さんの勝ちねー」

「マジかよ!?でも、以前新札幌しんさっぽろ中学の文化祭に来ていた清風山せいふうざん高校の先輩が『超がつく程甘い』って言ってましたよ!?」

「うーん、それは事実なのよねー。カレーのパッケージには『中辛』と書いてあるのは食堂のおばちゃん達が言ってるし、実際にその段ボールを私も見た事があるけど、生徒だけでなく先生も『うちの学校のカレーは中辛に思えない』と言ってるのは事実よ」

「マジ!?」

「だから『清風山高校七不思議』の1つになってるのよ」

 それだけ言うと先輩は財布を取り出し、カレーライスのチケットを買った。

「あれ?先輩はこれからなんですか?」

「そうよー。だって今まで食堂前で勧誘をやってたからね」

「あー、そう言えば先輩もいましたねー」

「私たち先発組の時間はここまで。後半の講堂前は別の二人がやる事になってるから、ここでお役御免なのよねー」

 そう言って先輩はニコッとしたけど、カレーライスを受け取ろうと2、3歩進んだところで

「そうだ、どうせなら一緒に食べない?」

「「へ?」」

「大丈夫よ、ここで同好会の勧誘活動をやったら風紀委員会に指導されるから純粋にお昼ご飯を食べるだけよ」

 そう言って俺に視線を合わせたから『ドキッ』としたけど、中学の時は先輩と一緒に食事をした事など一度もない!こんな事があってもいいのかあ!?


“ムンズッ”


 いきなり俺は左足を踏まれたから思わず『イテッ』と言いそうになったけど、俺の斜め後ろにいた筈の千歳さんが前に踏み出した時に右足を俺の左足を誤って踏んだ(と俺は思っている)からだが、その千歳さんはニコッとしながら先輩に向かって歩み出して

「そうですね、折角だから兄さんの中学時代のエピソードの1つや2つ、是非聞かせて下さい」

「いいわよー。とっておきのネタも教えてあげるわよ」

「わおーっ!兄さんの迷惑顔が目に浮かびますねえ」

 そう言ったかと思うと千歳さんは俺の方を振り向いてニコッとしたけど、お前さあ、明らかに千歳スマイルじゃあないぞ、コメカミのあたりがピクピクしてるのが丸わかりだぞ。

 でも、先輩も千歳さんも「早くしなさいよ」と俺を催促したから、俺は仕方なく千歳さんに続いてカレーライスを受け取り、ついでにセルフサービスのポテトサラダを適当に皿に盛ると先輩を先頭にして歩き出した。

 この様子を見ていた2年生の中にはスマホで写真を取り出す人までいたけど、そんなに先輩と千歳さんのツーショットが貴重なんですかねえ。俺には中学の時の先輩のイメージが強いからイマイチ、ピンと来ないし、千歳さんが可愛いのは認めるけど、俺にとって妹は千歳だから、この程度の事で騒ぐ人の気持ちが全然分からないや。

「・・・折角だから『ビッグ・ベン』の前で食べましょう」

 そう言うと先輩は食堂の中心にある大時計、通称『ビッグ・ベン』の前に行って俺と千歳さんに座るよう促した。

 俺と千歳さんは『ビッグ・ベン』に背中を向ける形で並んで座ったけど、先輩は最初は千歳さんの前の席にカレーライスを置いたいたけど千歳さんが先輩の前に席に座った途端、自分は俺の正面の席に座ってからカレーライスを自分の前に移した。せんぱーい、何か意図する事でもあるんですかあ!?


“バシッ”


 俺はカレーライスを食べようとしていたけど、いきなり俺の左の脹脛ふくらはぎに蹴りが入った。この場所に蹴りを入れられる人は一人しかいない!でも、当の本人は澄ました顔で優雅にサラダを口にしている。おいおい、この差は一体なんだあ?それに俺の足に蹴りを入れる理由は何ですかあ?俺にはサッパリ分からないんですけどお。

「・・・さっき兄さんから、兄さんが中学2年の時の生徒会長だと伺いましたけど・・・」

 カレーを食べる手を中断して千歳さんは先輩に話し掛けたけど、先輩もカレーを食べる手を中断してニコッと微笑みながら

「そうですよー。まあ、正しくは後期生徒会長ですけど」

「なるほどなるほど・・・」

「あれー、その様子だと、彼がその時に書記だったというのも・・・」

「マジですかあ!?」

「あー、やっぱり・・・」

 俺は千歳さんが大声を上げた時に思わず千歳さんの方を向いてしまったけど、千歳さんが俺の中学時代の事を知らないのは当たり前だ。何しろ俺と同居し始めたのが先週の土曜日からなのだから。

 だが、このままでは明らかに怪しまれる!何とかしないと・・・

「す、すみません。あの頃の兄さんと私はちょっと冷戦状態というか何というか・・・」

「あ、ああ・・・俺もその点については認めるよ。学校の話どころか普段の会話も殆どしてなかったし・・・」

「まあ、たしかに中学生の頃はよくある話よね。、そこはあなた方を責められませんよ」

「「そうですね」」

 ふーーーーー、俺は正直、頭が真っ白になって何を言えばいいのか分からなくなったけど、千歳さんが上手く誤魔化してくれたから俺も話を合わせられた。マジで助かったあ。でも、先輩の言う通りで、中学の頃は異性のきょうだいで会話をするのはあまりないというのは俺も聞いた事がある。実際、先輩は校内ではお兄さんと会話をしないどころかのだから、あながち千歳さんの嘘も見抜けなかったのかもしれない。

「・・・まあ、ある意味、彼は仕事はバカ丁寧だけど、なーんとなく生徒会の間でも浮いた存在というか、中二病というか夢遊病というか、天体の話とか宇宙の話をさせたら明日の朝まで話させても終わらないくらい熱心だったけど、他の事には興味がなかったなあ」

「せんぱーい、それは言い過ぎですよー」

「あらー、だってそうだったでしょ?だいたい、テスト前日に勉強もしないで図書室に居残りしてかたら先生に注意されたわよねえ」

「うわっ、まだ覚えていたんだ」

「しかもさあ、中学2年の1学期の期末テストの順位が初めてベスト10に入ったから、生徒会室で『俺はアインシュタインの再来だあ!』などと豪語してたわよねえ」

「勘弁して下さいよお、もう封印したいくらいの黒歴史なんですからあ」

「ま、その鼻っ柱を真っ二つにされたから、その後は人が変わったようにをやるようになったし、暇さえあれば有名進学校のテスト問題集ばかりやるようになったけど、逆に面白みがなくなったからなあ」

「うわー、ストップストップ!それ以上話されたら、ホントにヤバい事まで言われそうだからマジで勘弁して下さい」

「まあ、たしかにこれ以上言うのは彼に対するイジメとも捉えられなくもないから、このくらいにしておくわ。後は妹さんがお兄さんを問い詰めて自白させてね」

 俺は冷や汗タラタラだったけど、先輩は涼しい顔をしてそれだけ言うと止めていた右手を再び動かしてカレーライスを食べ始めたけど、時々「ウフフフッ」と含み笑いをしてるから、俺の封印したい黒歴史を思い出して笑ってたんだろうなあ。

 千歳さんはというと「あーあ、どうせならここで全部暴露してくれた方が面白かったのになあ」とか言って笑ってたけど、こちらも止めていた右手を再び動かした。俺も気を取り直して食べ始めたけど、正直、針の筵で『美味しい』とかそんな事を考える余裕は全然なかった。

 ただ・・・このカレーは目茶苦茶甘い・・・これは絶対に甘口だあ!千歳さーん!!お願いだからカレーライスの代金を払ってくださーい!!!

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